第56話 猫空

 私は、普段から思っていた事を智さんにぶつけた。

 智さんはそれを聞いて泣いている。

「何んでそんな事を言う。彩にそんな事を言う訳がない。反対に言われるとしたら、俺の方だ」

「信じて下さい。私はあなたの妻です」

 智さんの涙を見て、私も涙を流す。

「彩、俺の大事なお嫁さん、そして可愛いお嫁さん、彩以外の妻は要らない」

「私も、あなた以外の夫は要りません。愛して下さい」

 私が智さんの方へ行く。

 智さんは私の身体を両手で包み込み、唇を合わせてくれる。

 そして、着ているバスローブの紐を解くと、朝焼けになった空の下に下着を着けていない身体が浮かび上がるけど、昨日のように恥ずかしさはない。

 智さんも着ているものを脱ぎ、裸同士になった私は、智さんにお姫さま抱っこされて、ベッドに運ばれる。

 私たちは台北の高級ホテルの朝焼けの中で、再び幸せの中にいる。


 朝の事があってから、私の中に居たお父さんが居なくなった感じがする。

 何か、心の奥にあった物が、取れてすっきりした気分になった。

 今なら、本当のお父さんも元お父さんも、受け入れられるような気がする。


「彩、朝食はどうする?」

 高級ホテルを予約したけど、朝食を追加すると2,000円ぐらい余計にかかるというので、朝食を付けないプランにしたから、朝食がない。

「ちゃんとネットで調べました。この近くには美味しい朝食のお店がたくさんあるそうです」

 私は普段使っているタブレットで検索して、人気のブログにある地図を示した。

 智さんに地図を見せたら、歩いて行けると言う。

「私が案内しましょうか?」

「彩が案内すると、朝食抜きになる恐れがあるからな」

「それは、方向オンチだから、道に迷って昼まで経ってもたどり着けないって事?」

「単刀直入に言うとそうだ」

「えーい、このこの」

 地図を出したのは私だから、もう。

「ははは、ほら行くぞ」


 大通りからちょっと入った、狭い路地にその店はあった。

 店というより屋台みたい。

 メニューは全て漢字で書いてあるけど、日本人には読めない事はなく、大体どいうものかは分かる。

 智さんは「高菜」と書かれたものを買った。私は「鮮肉包」にする。

 それに飲み物も一緒に買う。

 近くで食べれるような場所がないので、そのままホテルに持って帰って、部屋で食事にする。

 高級ホテルに泊まって、屋台の朝食もどうかと思うけど、なかなか美味しい。


「それで奥さま、今日のご予定は」

 予定は全て私が立てている。私はこの日のために、ネットで人のブログを検索しまくっていた。

「まず、午前中は『猫空』に行って、そこで昼食、それから『中正記念堂』へ行って、それから『忠烈祠』に行きます」

 私は、ちゃんと一筆書きになるように計画を立てた。

「ok、では準備ができたら行こうか」

 朝9時頃ホテルを出て、地下鉄の駅に向かう。


「えっとですね、地下鉄やバスに乗れるカードを買うと、いいらしいです」

「スイカみたいなものか?」

「そうです。『悠遊カード』とか言うらしいです」

 どこで売っているかまでは、ブログでは分からなかった。

「どこで買えるんだろう」

「さあ、そこまでは……」


 旅行案内所を探すけど、そこも分からない。

「あなた、あそこ」

 私が見つけて指差すところに、「悠遊」って、書いてある看板と人が居る。

 そこに行って、私が英語で「悠遊カードがほしい」って言うけど、「悠遊カード?」と日本語で聞かれて、思わず「イエス」と言ってしまう。


 受付のお姉さんは笑って、カードを2枚出してくれた。

「1枚500元デス」

 ちゃんと日本語で応対してくれる。

 二人合わせて1,000元支払う。


 カードを購入した私たちは、地下鉄でまずは台北市動物園という駅に向かう。

 そこから、ロープウェイに乗り換えて、「猫空」に行く。

「猫空って山の上にあるんですよ。猫ちゃんが、いっぱい居るかなぁ」


 ロープウェイは、日本のスキー場にあるようなゴンドラみたいなものだ。

 それで、30分ぐらいかかって山の上まで行く。

 この時期は山の上は寒いので、観光客も少なかった。

 山頂の駅に着くと、屋台らしきものが少しあるだけで、九フンみたいなお店はない。

「ここからちょっと歩きます」

 私はタブレットを出す。

「あれっ、おかしい、更新されない」

 智さんが私のタブレットを覗き込む。

「彩、ここでは電波がないから、タブレットは使えないぞ」

「あっ、ほんとだ」

 よく見るとWifiの電波がない。


 タブレットが使えないので、山を登る方に歩いて行ってみると、お店があった。

 お客さんはいないみたいだけど、閉まっているということはなさそう。

「ごめんください」

 智さんが日本語で言うけど、ここは台湾よ。

 すると中から店員さんが出てきて、席に案内してくれる。

 店員さんは日本語は話せないみたいだけど、持って来たメニューは日本語のものだ。


 メニューを見るけど、正しい日本語になっていないので、良く分からない。

 仕方ないので、「焼飯」と書かれたものを注文する。恐らくこれはチャーハンに違いない。

 それとお茶を頼む。お茶もいろいろな種類があるみたい。

 窓際のテーブルで食事をすると、窓の先に台北市が見える。

 一番高いビルが有名な台北101なのかもしれない。

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