第53話 新婚旅行

「やっぱり、我が家は落ち着くわ」

 名古屋の実家も人が多くていいけど、やっぱり我が家は落ち着く。

「なんだか、年寄りみたいだな」

「だって、旦那さんと合わせなきゃ」

「お気遣い頂いてありがとうございます」

「フフフ、さて片付け、片付けと」

 私はスーツケースを開けて、名古屋で、お義父さんたちから貰った、お土産を取り出す。

 お義母さんが、「これも持っていきなさい。あれも持って行きなさい」って言うので、なんでも貰ってきた。

 えびせんべいは、ちょっと壊れたかな。


 お風呂から出てきたら、智さんはソファに座って、TVを見ている。私は智さんに抱きついていく。

「甘えんぼだな」

「だって、実家の方だと、みんなが居るので甘えられなかったし」

「俺の嫁さんは甘えんぼ」

 智さんが意地悪っぽく言う。

「いいの、私の旦那さまだから」

 智さんはTVを消して、私をお姫さま抱っこする。

「キャッ」

 いきなりだったので、ちょっとびっくりした。

「お姫さま、それでは行きましょうか」

「はい」

 私の心臓がどきどきしてきた。私は、智さんの胸に顔を埋める。


 2月になって、学校では卒業旅行の話が、あちこちで出ている。

 早紀ちゃんや真利子ちゃんも行くようで、私にも聞いてきた。

「彩ちゃんは、卒業旅行はどうするの?」

「そういえば、彩ちゃんって、どこのグループにも入ってないよね」

「えっと、台湾がいいかなって、思っているんだけど…」

「台湾って、誰も言ってなかったよね。誰と行くの?もしかして、彼氏?」

「う-ん、えっとね、実は新婚旅行で…」

「「ええっー」」

「……」

「彩ちゃん、結婚するの?」

「実は,もう結婚してるんだ」

「「ええっー」」

「……」

「それで、2月に結婚するんだ」

「式は3月の卒業式の後だけど、その前に新婚旅行に行こうと、いう事になって…」


「杉山さん、ちょっと、教授の部屋まで、来て下さいって」

 准教授の先生が呼びに来た。

 私は教授の部屋に行って、結婚していた事を説明することになった。

 その結果、卒業まではこのままでいいという事になったけど、教授の部屋から戻ってきた頃には、学院内に結婚していた事が知られていた。

 学校から帰ったら、智さんにも話さないといけない。


「まあ、いつかはバレるだろうし、仕方ないね」

「私もそう思います。考え方によっては、丁度良かったかもしれません」

 智さんは母のところにも電話してくれて、学院に呼ばれる事になるかもしれないと、連絡してくれた。

 後から聞いた話では、母も智さんも学院に呼ばれる事はなかったそうだ。


 そして、新婚旅行の日になった。

 羽田から台湾の桃園空港まで、直行便で来て、それからメトロで台北市内に向かう。

 台北駅に着いて、地上に出るけど、ホテルがどっちにあるか分からない。


「ええっと、ホテルはこっちの方かな」

「あっちだと思いますよ」

 ここは私の感が頼りだと思い、妻の努めとして夫に教えてあげる。

「絶対に、そっちではないと思う」

 折角教えてあげたのに、智さんが失礼な事を言う。

「妻のいう事が、信じられないのですか?」

「彩の方向オンチは普通じゃないからね。これだけは信じられないな」

 それはそうかもしれないけど、異国の地で全面否定って何よ。


「ここに台北駅があるから、地図をこうしてと、するとあっちにデパートが…、あるね、とするとこっちだな」

 スーツケースを転がして、智さんが歩き出す。

 仕方ないので、私も智さんに付いて行く。

「あそこだと思うぞ。1階のところにデパートらしきのが入ってるところ」

「あっ、ほんとだ。あなた、すごーい」

 私の夫は異国の地でさえ、方向が分かるなんて、もしかしたら凄い人かもしれない。

 直ぐにホテルにチェックインすると、荷物だけ部屋に置いて、直ぐにロビーに降りてくる。

 15時に現地オプショナルツアーの送迎が来る予定になっている。


「杉山サン、デスカ?」

 中国語訛りの日本語を話す女性が声をかけてきた。

「はい、そうです。よろしくお願いします」

「奥サンハ…」

「こちらです」

 添乗員と思われる人は、私の事を奥さんと思わなかったみたい。

「若イ奥サンネ」

 迎えのミニバンに行くと、既に6人ほどが乗車している。

「よろしく、お願いします」

「こちらこそ、お願いします」

 智さんが日本語で言うと、全員が日本語で答えてくれた。どうやら、全員が日本人みたいで良かった。

 添乗員の女性が助手席から、今日の日程を説明してくれる。

「コレカラ九フンに行って、夕食マデ自由行動デス。

 夕食ガ終ワッタラ、集合シテホテルに送リマス」


 ツアー客の乗ったミニバンはエンジン音を噴かせながら、山道を登って行く。

 九フンに着いた時はもう夕方だ。

 電気が灯り、古い町並みの趣がある。

 添乗員が途中まで案内してくるれるけど、すごい人だ。道幅もそんなに広くない。

 智さんは逸れないように私の手を繋いで、人込みの中を歩く。

「ハイ、デハココカラ自由行動デス。コノ階段ヲ降リタ所の『楽々茶房』ト言ウ、オ店ガ、夕食会場とナリマス。夕食ハ18時カラデス」

 添乗員が事務的に説明する。

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