第54話 九フン
「さて、どうしようか」
自由行動って言っても、特に目的がある訳ではない。
「まずは、このまま行ってみましょう」
智さんと手を繋いで、九フンの狭い道を歩いて行くと、何か書いているお店があった。
「これは花文字だな。彩も書いて貰おうか」
「花文字ですか?どうせなら二人の名前を描いて貰いましょう」
日本語は通じないみたいだけど、そこにはちゃんと日本語のメニューがあって、その中から二人の名前を書く事を指定すると、メモ用紙に文字を書けとゼスチャーしてくるので、日本語で名前を書く。
店のおばさんは、その文字を虹色にして書いていく。
出来上がったものは、巻いて持って帰れるようだ。
出来上がった花文字を見ると二人の名前が書いてあって、なんだか子供の頃に書いた相合傘のようになっている。
それを見て智さんも笑っている。
花文字を書いて貰った後は、先端まで行ってみるけど、展望台になっている。
そこからは、来た道を引き返しながら、お土産店を見ていくと、来るときは気が付かなかったけど、良く見ればいろんなお店があった。
食品の店、雑貨屋、お茶屋、食べ物を売る店、飲み物を売る店、ほんとに雑多だ。
その中から、豆菓子と豆の入った牛軋糖というものをお土産に買う。
ちょっと早めに夕食会場の店の前に行くと、既に卒業旅行と思われる女子大生の二人組が居た。
「それって、花文字ですよね」
私が持っている花文字の巻物を見て、声をかけて来た。
「ええ、そうです」
「私たちもどうしようかって悩んだんですけど、お値段が結構な額だっので、結局買わなかったんです」
「私たちも、そうは思ったんですけど、記念なので買いました」
「何の記念ですか?」
「新婚旅行なんです」
二人がびっくりした顔をしている。
「えっー」
「卒業旅行ですか?」
智さんが彼女たちに聞く。
「ええ、そうです」
「うちの妻も今年で、大学を卒業なので同じですね」
「えっ、そうなんですか。失礼ですが、どちらの学校でしょうか?」
「『聖アンドリュース大学院』です」
「えっ、あの有名な…」
それを聞いて、智さんが二人に聞く。
「そちらの大学は?」
「平盆大学です」
私は知らない大学だ。智さんは知っているのだろうか。
東京にあるのなら、どこにあるのだろう。
「デハ会場ニ案内シマス」
添乗員さんが、夕食会場に案内してくれる。
テーブルは中華料理の回るテーブルで、そのテーブルを囲むように全員が座る。
先ほどの女子大生以外は、私たちより歳上と思われるご夫婦が一組と、30代前半と思われる夫婦が一組居る。
添乗員さんがウェイトレスさんに、中国語で注文を告げると、ウェイトレスさんが働きだした。
大皿に盛られた中華料理がテーブルに置かれ、それを回して、自分の皿に持ってくる。
一通り、全員が食べ終わった後で、智さんに聞く。
「あなた、何か食べたい物はあります?」
「おや、今『あなた』と言われましたか?」
隣の60代のご夫婦のご主人の方が聞いてきた。
「ええ、妻になります。私たちは新婚旅行なんです」
智さんが答える。
「なんと、お若いお嫁さんですなぁ」
「ええ、まあ、縁があって…」
「そう、私たちもさっきそれを聞いてびっくりしちゃって。奥さん、まだ女子大生なんですって」
さっきの女子大生の一人が言ってきた。
「ええっー」
そこに居た全員が声を上げる。
「私たちも新婚旅行なんですよ」
30代のご夫婦のご主人が言う。
「一緒ですね」
そんな会話を交わしているけど、みんなの注目を浴びて恥ずかしい。
食事が終わると、来た時と反対にホテルに帰って行く。
「それでは、お先に失礼します」
「良い、ご旅行を」
ミニバンの中から、仲良くなった人たちが、声をかけてくれた。
部屋に入ると、お風呂を準備する。
ここのホテルはお部屋からお風呂が覗けるよう、ガラス張りになっている。
「これだと、お部屋からお風呂が見えちゃう」
「最近のホテルってこんな感じだな。うちの会社で造るホテルでもこんな感じだ」
「あなた、見ないでね」
「中にカーテンがあると思うので、それを引けば見れないはずだよ」
「あー、良かった」
「そう?でも今日は、二人で入るんじゃないのか?」
「えっー、そんなぁ、あなたがどうしても言うなら…」
「じゃ、どうしても」
「うーんと、どうしようかな」
智さんは私を引き寄せて、服を脱がし始める。
「あーん、もう、まだお湯も入れてないのに」
「お湯を入れて来るか」
智さんはバスルームに行き、バスタブにお湯を入れ始めたので、その間に私は、着替えをする。
智さんが着替えを始めたので、私が手伝う。
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