第33話 シングルベル

 朝、目が覚めると智さんはまだ寝ていた。私も、再び目を閉じ、智さんが起こしてくれるのを待つ。

 智さんが起きたのだろうか、なんだかごそごそしている。

 すると、智さんの手が布団から出てきて、指が私の唇に触れている。お願い、今日は口付けで起こして。

 ちょっと、口付けし易いように身体を動かす。

 唇を触れていた手が、もう一度布団の中に戻る時に、今度は私の胸に触ってきた。

 もう、このまま私をあなたのものにして。


 私は身体を動かして、胸を智さんのの腕に押し付けた。

「おはよう」

 それに答えず、さらに胸を押し付ける。

「おはよう、起きてるんだろう」

「……」

 智さんは私を抱きしめる。

「おはよう」

 もう知らない。私は寝返りを打って、背中を向けた。

 智さんは上半身を起こすと、私の耳を甘噛みしてきた。

「きゃっ」

「ほら、やっぱり、起きてた」

「もう、意地悪してやろうと思ってたのに」

 私は智さんの方に向き直って、そう言った。

「俺は、素直な彩が好きだな」

「じゃ、素直になります」

「簡単だな」

「うふふ、智さん、さっき胸を触ったでしょう」

「ごめん」

「旦那さんだもの…、でも、普通の人で良かった。私に興味ないのかと思った」

「いや、今でも抱きたいと思っている。だけど、まだ婚約もしていないし、彩は学生だ。

 妊娠とかすると、学業や就職にも影響するだろう。彩の立場が悪くなる事はできない」

「でも、その時は智さんのお嫁さんになります」

「世間体があるからね」

「また、そういう事を言う」

「歳の差があるから、どうしても後ろ指を差されないようにしなきゃ」

「結婚したら、ちゃんと奥さんとして扱ってくださいね」

「もちろんだとも、かわいい奥さん」

 智さんはやっぱり大人だ。私はただ好きなら抱いてくれればと思っていたけど、智さんは私の事を考えてくれていたんだ。

 何だか、自分勝手な事を思っていた私が、恥ずかしくなってきた。


 折角の高級ホテルだったので、10時のチェックアウトまでゆっくり過ごして、再び電車で帰路についた。

 なんだか、帰りの電車は寂しい。何を話せばいいのか、考えつかない。

「智さん、東京駅の地下街で、散策して帰りませんか?」

 やっと出た言葉が、お買い物に誘う事だった。

 東京駅の地下街は、TVにも取り上げられている有名スポットになっている。

「ああ、行こうか。どこか目的はあるかい?」

「デパートとかもあるので、夕食のお惣菜とか買っていこうかなと。それとケーキを」

「ケーキなら東京駅で買わなくても、地元の洋菓子店では、どこでも売っているだろう」

「ここだからいいんです。有名なお店もあるので」

 美味しいケーキのお店が、ここの地下街にある。

 それは買っていくしかないよね。

「えっと、どうする?どこかでお昼を食べて行こうか?」

「では、ミラカン」

「ああ、あそこなら近いからいいか」


 ミラカンのお店に二人で行く。

 休みだから空いていると思ったけど、かなり人が多かった。

 雰囲気もいいし、クリスマスなのも影響しているかもしれない。

 丁度、昼食時だったので、10分ほど待って席に案内された。

「お母さんも連れて来れば良かった」

「お母さんも一緒にホテルに泊まるのかい?」

「うーん、やっぱり、二人だけの方が良かった」

 ミラカンセットが運ばれてきた。

「うん、やっぱりおいしい。名古屋でも連れて行って下さいね」

「でもね、名古屋ではどこでもあるかというと、そうでもないんだ。ミラカンを出している店って一部なんだ」

「そうなんだ。名古屋のパスタ店ってどこにでもあるかと思った」

「名古屋ではサラリーマンのランチだからね。そういった場所のお店にあって、逆に郊外のシャレた店にはないんだよ」

「ええっー、目から鱗です。

 名古屋に行ったら、ミラカンの他にも、味噌カツ、味噌煮込みうどん、台湾ラーメンを食べようと思っていたのに」

「B級グルメばっかりだな」

「そうです。主婦となるからには、家計は大事ですから。智さんには、いつか私を一流ホテルのディナーに、連れて行ってくれるようになって貰わないと」

 ほんとは、そんな偉くならなくてもいい。

 家族全員で食卓を囲めれば、レストランのディナーなんていらない。


「偉くなると忙しくて、家に帰れなくなるな」

「えっー、それはダメ。偉くならなくてもいいですから、毎日家に帰って来ること」

「なんだか、GPSを付けられそうだな」

「でも、今のスマホなら相手の居所が分かるんですよ」

「えっ、そうなの?」

「私のスマホを智さんのスマホに登録して貰おうかな。そうすると直ぐに迎えに来て貰えそうだし」

「連絡くれれば、ちゃんと迎えに行くよ」

「ほんとですね、約束です」

「これでいくつ目の約束だっけ?」

「もう」

 私だって、智さんをGPSで監視しようと思っていない。

 でも約束があると、頑張れるのも女の子なの。

 

 なんだか、智さんのマンションが、だんだんと自分の家のようになってきた。

「ケーキのドライアイスが、ぎりぎりでした。ケーキは冷蔵庫に入れておきますね」

 買った物を冷蔵庫とかに入れたけど、まだ昼の3時だ。夕食までには時間がある。

「クリスマスというのに何もする事が、なくなっちゃいました」

「駅前に行って、クリスマスツリーの置物でも買ってこようか」

「あっ、いいですね。なら、母を呼んでもいいですか?今日はシングルベルだと思うので」

「ああ、いいとも。一人で過ごすのも寂しいだろうから、呼ぶといい」

 私はスマホをバッグから取り出すと、寝室に入っていく。

「もしもし、お母さん。三鷹の智さんの所に来ない?そう、クリスマスだから、三鷹の駅に着いたら連絡して。私たちも買い物しているから」

 智さんが「どうだった?」という顔をしている。

「今から出るそうです。2時間もあれば来れると思います」

「では、ささやかなパーティの準備をするか」

 私たちはメモ用紙に買ってくる物を書いていく。

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