第30話 あなた

 杉山さんの家に来たけど、お風呂に入るくらいしかする事もない。

「お風呂、入れますね」

 この後の事を考えると、何んだか緊張する。

 もしかして、一緒にお風呂に入ろうと言われたらどうしよう。

 彩、落ち着くのよ。私は自分自身に言い聞かせる。


「♪お風呂が沸きました」

 とうとうお風呂が沸いた。どうすればいいだろう。

「お風呂、沸いたみたいです。杉山さんからどうぞ」

「では、そうさせて貰うかな」

 私も行った方が、いいかしら?


 でも、そんな勇気もなくて、杉山さんがお風呂に入っている間に、部屋着に着替えただけ。

「お先に失礼した」

「はい、では使わせて貰います」

 今度は私がお風呂を使う。


 私がお風呂から出ると、杉山さんはリビングのカウチの上で眠っていた。

 その顔を見ていると、この人が私の伴侶となるんだと思う。

 私は、そっと毛布を掛けたけど、杉山さんは目を覚ましてしまう。

「今日は疲れましたか?」

「ああ、いや、眠ってしまったか」

「良く寝てましたよ」

「それじゃ、ベッドは彩ちゃんが使ってくれ。俺はこっちで寝るから」

「それじゃ、私もこっちで寝ます」

「まだ、婚約した訳じゃないから、そこはちゃんとしよう」

「杉山さんは、まじめですね」

「そうでもないさ。もしかしたら、キャンセルなんて事もあるかもしれないからね」

「キャンセルなんてしません」

 毛布を掛けたまま、カウチに座っている杉山さんの中の潜り込んでいく。

 こうやっていると、身体も心も温まる。

 毛布の中で杉山さんが私の身体を抱きしめてきた。

 私の唇に杉山さんの唇が触れる。

 口付けが終わっても、私は杉山さんの胸の中で目を閉じている。

「杉山さんの心臓の音がする」

「彩ちゃんとこうしているから、心臓の音も速いだろう」

「私の心臓だってドキドキしてます」

 私は部屋着の下に何もつけていない。

 その胸の膨らみを杉山さんに当てているので、杉山さんだって、どういう状況か分かっているはず。


「俺のベッドはシングルサイズだし、どうせ二人で寝れない。だから彩ちゃんはベッドで寝てくれ。俺はここに来客用の布団を敷くから」

「寝室に布団を敷きましょう。それでどうですか?」

 今日は杉山さんと別の部屋に寝るのは嫌だ。


 杉山さんが、ベッドの横に敷いた布団に入ったので、私もそっちに入る。

「彩ちゃんはベッドの方で……」

「私もこっちがいい」

「狭いと思うが」

「いいの、その分接近していられるから」

 杉山さんが腕枕してくれる。

 杉山さんが照明を落とすと、おやすみの口付けをする。


「『彩』って呼んで下さい」

「彩ちゃん」は嫌、娘じゃない。ちゃんとした婚約者として扱ってほしい。

 杉山さんは、黙っている。

「『彩ちゃん』の方が良くないか」

「杉山さんの子供みたいで嫌。夫婦となるのです『彩』と呼んで下さい」

「分かった。『彩』」

「はい、『あなた』」

「まだ、『あなた』は早いだろう」

「えー、何と呼ぼうかな」

「ご自由に」

「じゃ、『智さん』」

「ok」

「智さん」

「グーグー」

「あっ、やぱり意地悪だ。この意地悪『智』めー、えいえい」

 もう、折角いい雰囲気だったのに。

 私が智さんの上に乗ると智さんは下から抱きしめてきた。

 そして、また口付けをする。


 誰かが私の髪を触っている。

 それを感じて、目が覚める。

 顔の前にあったのは智さんの顔だ。

「あ、おはようございます」

「おはよう」

 私は智さんに抱きついて、おはようの口付けをする。


 リビングで朝食を食べ始めると、クリスマスの話になった。

「もうすぐ、クリスマスですね」

「ああ、そうだな。再来週か」

「どうします?」

 初めてのクリスマス。智さんとどっかに行きたいな。

「どこか行きたいところがあるのかい?」

「えっと、テーマパーク」

 やっぱり、定番は千葉にあるテーマパークよね。

 また、二人ロマンチックに過ごせるかしら。

「そうだな。24日に行こうか」

 24日だと学校も冬休みだし、丁度いいかも。

 だけど、早紀ちゃんと真利子ちゃんにも誘われていたっけ。でも、ここは女友だちより、彼氏よ。

 早紀ちゃん、真利子ちゃん、裏切者の私をお許し下さい。

「智さんは行ったことがありますか?」

「20年ぐらい前に」

「えっー、では私が案内しますね」

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