第27話 ご挨拶

「三鷹~、三鷹~」

 電車を出ると脚が痛い。

「彩ちゃん、どうした?」

「ええ、ちょっと脚が」

「ヒールを履いていたのに、歩き過ぎたからじゃないか」

「そうかもしれません」

「大丈夫か、歩けるか」

「ええ、どうにか」

 杉山さんは私の事を気遣って、駅前からタクシーで帰るようにしてくれた。

 そんなに遠くでもないので、ちょっとなら大丈夫と思ったけど、杉山さんのこういう優しさが嬉しい。

 マンションの玄関に着くと、タクシーから私を抱きかかえるようにして、部屋まで連れて来てくれた。

 玄関で靴を脱ぐと、踵のところに靴擦れができている。

「いつから痛かった?」

「イルミネーションの辺りから」

 でも、あの雰囲気の中で、脚が痛いとは言えなかった。

「何故、早く言わなかった」

 杉山さんが、怒った。

「だって、せっかく来たのに、直ぐに帰ろうと言われたら……、悪くて」

「馬鹿、何言ってるんだ。俺の事より彩の身体の方が大事だろう」

「私の身体の事を心配してくれるんですか?」

「そんなの当たり前だ。それより、ちょっと待って、消毒液と絆創膏を持って来る」

 杉山さんが消毒液と絆創膏を持って来てくれて、踵のところにテッシュと消毒液で消毒し、その後に絆創膏を貼る。

 だけど、今日はもう歩きたくない。

「どうだ、帰れそうか」

「今日は、脚も痛いので無理そうです」

「それは困ったな」

「泊めて下さい」

「いや、親御さんに何と言えばいい。それは無理だ」

「前も泊まりました。それに母には、私に好きな人がいるのは、薄々分かっているみたいです」

 杉山さんが、困った顔をしている。

「それじゃ、ちゃんと連絡して、お母さんの了承が得られたらいいとしよう」

 私はお母さんに連絡すべく、携帯を持って寝室に行った。


「あっ、お母さん、私。うん、ちょっと、ヒール履いて行ったら靴擦れして、その上脚が痛くなって、今日はもう帰れそうにないから、友だちのところに泊まるね。

 う、うん、実はそうだけど、彼はそんな事しないから。うん、そこは信用できる人だから。

 うん、うん、分かった。彼に相談してみる」

 きっと、寝室の電話は、杉山さんにも聞こえているだろうな。


「母に連絡しました。泊まってもいいそうです。ですが、一度家に連れて来なさいって言われました」

 やっぱり、お母さんに紹介するべきよね。

 杉山さんは、何と言うだろう。

「そうか、俺も彩ちゃんのご両親には、断りを入れておいた方がいいだろうと思っていた。いい機会だから一緒に行こう」

「えっと、いつ行きますか?」

「明日でもいいが…」


 杉山さんと二人で、お母さんに会う事になっている。杉山さんは、緊張しているだろうな。

「どうぞ、入って下さい。お母さん!」

 玄関の鍵を開けて、杉山さんを招き入れ、母を呼ぶと、奥から母が姿を現した。

 私たち二人を見て、母がちょっとびっくりした顔をしている。

「どうぞ、お上がり下さい」

 母は杉山さんを客間に通すみたい。


「初めまして、私『杉山 智久』といい、カーネル佐藤建設に勤めています」

 杉山さんは、なんだか緊張しているみたい。

「私、彩の母で『陽子』といいます。失礼ですが、年齢をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「はい、47歳になります」

「47歳、彩の父親と同い年、しかも勤め先も一緒ということは、高橋をご存じでしょうか?」

「はい、高橋とは同期になります」

「そうですか……」

 私は、母から言われて、コーヒーを出すためにキッチンへ向かう。


「コンコン」

 扉をノックして、部屋に入ると、なんと表現していいかわからない空気が流れている。

「それで、彩とは、どのように知り合ったのでしょうか?」

 そこについては、私が説明した。


「彩、あなたはいいの?」

 母の言った「いいの」は、「こんなに年上でいいのか?」という意味でしょう。

 父親と同い年の男性と付き合うという事は、将来負担になってくると思っているのかもしれない。


「私も最初、自分でもびっくりするくらいだったけど、自分に正直になろうと思ったら意外とすっきりしてきて。

 杉山さんは誠実な人だし、今では良かったと思っている」

「杉山さん、失礼ですが、お独りですか、それと、もし離婚とかありましたら、お話して貰えませんか?」

「結婚はした事がありません。従って、独り者です」

「分かりました。失礼な事をお聞きしました。ですので、私も秘密を申したいと思います。

 彩は、高橋の子ではありません」

「えっ?!」

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