第28話 秘密

「私は短大を卒業し、カーネル佐藤建設に入社しました。もう30年程前の事です。そして、会社の受付になりました。当時はまだ受付が会社の社員が行っていた時代ですから」

「はい」

「私の上司は当時課長だった加藤でした。加藤は課長クラスでもかっこよくて、私たち若い女性の間では、今で言う、『ちょいワル』的な感じで人気がありました」

「加藤さん」は現在の会長になる。

「私も憧れでしたので、そう月日はたたずに加藤に抱かれ、やがて彩を身ごもりました。

 当然、加藤には妻と子供が居るのは分かっていましたが、妻と別れて結婚すると言われ、その言葉を信じました。

 ですが、加藤は妻とは別れず、代わりに後輩の高橋に私との結婚を勧めました」

 この話を聞いたのは、高校に入って直ぐだった。

 私がお父さんと思っていた人は実は違っていて、本当のお父さんは別の人だと言われた。

 聞いたその日は眠れなくて、一人ベッドで泣いた。

 母の気持ち、父の気持ちが分からなかった。

 昔から父と母は喧嘩こそしなかったが、二人の間に距離があるように感じていたし、喧嘩をしないのも仲がいいと思っていた。

 でも、家族間の違和感みたいなものは、ずっと持っていた。


「高橋もその事を知って、私と結婚しました。私も悩みましたが、彩を殺す訳にはいかないと、高橋と結婚することにしました。

 その内心では、このまま高橋の妻で居る事で、加藤にもプレッシャーを与えたかったのです」

「この事は彩さんは……」

「もちろん知っています。カーネル佐藤建設への就職を勧めてくれたのも加藤です。他人に渡した女でも、自分の子はやはり可愛いのでしょう」

 既に知っていることだけど、何度聞いても、やり切れなさがある。


「話を続けましょう。高橋は、加藤のおかけで同期より出世していると思います。そして、高橋には給料とは別に彩の養育費も出ています」

「それは、法的に問題があるのでは?」

「いえ、高橋から聞いた話では、査定の上限とする事で、法的にも問題とならないそうです」

「ところで、高橋は?」

「高橋は、外に女が居ます」

「えっ?!」

「ですから、この家へは戻ってきません。高橋だって、加藤から押し付けられた女を愛せる訳がありません。

 ですが、離婚すると、高橋の出世の妨げになります。私たちは仮面夫婦なのです」

 もうお父さんは私たちの家には帰って来ない。

 お父さんはお母さんを愛していたの?


「私もあの頃は若かったですが、彩が居た事でどれだけ救われたかも分かりません。彩は私の大事な娘です。

 ですから、しっかりとした男性に嫁いで貰いたいと思っています。杉山さんはそれが出来ますか?」

「彩さんは同期の娘であり、私の娘と言っていい年齢です。

 慕われているのは嬉しかったですが、一時の迷いだろうと思っていました。

 ですから、諦めようとしていました。

 既にこの歳で恋愛はないと思っていましたし、いつかは他の男性に取られるだろうと思っていました」

「そんな事ない」

 私は杉山さんの事を愛している。今なら、自信を持って言える。

「ですが、彩さんは真っすぐに私に向かって来てくれました。私も彩さんを受け入れようと思いました」


「彩の思いを受け入れて貰った事は、母としてお礼を言わなきゃなりませんね」

 彩が大学を卒業して、就職したら私は高橋と別れようと思っています。

 その方が、お互いのためだと思っています」

「その方がいいかもしれませんね」

「でも、彩が自分の将来を決めたのであれば、直ぐにでも別れる事にします」

「えっ、お母さん、そんな急に」

「いいのよ。私も既に仕事を持っているし、どうにか生きていけるわ」

「そんな……」

「杉山さん、娘をお願いします」

「はい、必ず幸せにします」

「えっ?」

「それって、結婚すると……」

「えっ、いや、あの、ええ、まあ出来れば」

 それって、プロポーズだよね。どうしよう、返事は「よろしくお願いします」でいいのかな。

「娘をよろしくお願いします」

 私より先に、母が言った。


「彩、あなた就職はどうするの、一応内定しているんでしょう。断って、杉山さんのところに永久就職しちゃう?」

「うーん、折角内定貰っているし、世間を何も知らないというのも、今の時代の主婦としては失格だと思うので、一応就職はします」

「じゃ、結婚は就職してからね」

「いえ、もうしちゃおうかな。会社に入ってから名前が変わるといろいろ疑われるし、なら最初から『杉山』って名前だと不審に思われないから」

「いや、彩ちゃん、それはどうかと、まだ学生だろう」

「学生結婚でもいいけど、さすがにそれだと退学になりそうなので、卒業と同時に結婚するというのはどうですか?

 同級生の中にも既に婚約者が居る人もいるので同じです」

「いや、そんなに急でなくても」

「もう、彩がそう思うならそうしなさい。杉山さん、彩をよろしくお願いします。

 さてと、そうすると、高橋と加藤に連絡しなきゃ。媒酌人は加藤にさせましょう。結納は来年中にした方がいいわね」


 私のお母さんって、言い出したら聞かないタイプだもんね。

「と、すると離婚の方は?」

「そうね、彩の結婚後ということで、彩も一応両親が揃って結婚した方がいいでしょうから」

 お母さんが、お父さんに電話をするみたい。

「あー、もしもし、私、あのね、彩が結婚する事になったから。

 一応、式は再来年の3月の予定だから。

 結納とかもあるので、あなたもよろしくね。一応は父親ですから」

 今度は加藤さんに電話をするみたい。

「もしもし、私です。そう陽子です。娘の彩が結婚することになったので、連絡を入れておこうと思って。

 それで、媒酌人をお願いしたいのだけど。

 書類上は父親ではないけど、血はあなたの血が流れているのだから、それぐらいはして下さいね。それじゃ、詳細が決まったら、また連絡します」

「どうでしたか」

「二人ともokです。というか、断れないでしょうけど、ウフフ」

 電話を受けた二人は今頃、頭を抱えているかもしれない。

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