第26話 ハイヒール

 休日なので電車は空いていて、二人で並んで座る。

 すると、揃えた脚の膝小僧を杉山さんが見ている、

「もう、どこを見ているんですか。えっちぃ」

 ちょっと恥ずかしい。

「いや、なんだか大人に見えるなと思って」

「だって、もう大人ですから」

 今日は杉山さんと一緒に歩いても、子供に見られないように、服も大人っぽいものにしている。

 やっぱり、杉山さんがおじさんに見られるのは、ちょっと可哀そうだし。


 二人で神宮のイチョウ並木のところに来ると、まるで黄色いアーケードのようになってとてもきれい。

 前に来たときは人も少なかったけど、今日はお祭りじゃないだろうかという程に人が多い。

 もしかして、屋台とか出ていたりして。

 歩いている人はカップルが多い。小さい子供を連れた家族連れも居る。

 小さい子は、お父さんが手を繋いでいる。

 私は小さい頃に、お父さんと手を繋いだ記憶がないので、家族で手を繋いで散策している姿が羨ましい。

 私も杉山さんと腕を組んで、イチョウ並木の端の方まで歩いてみる。

 前は杉山さんも腕を組んでくれなかったけど、最近はこんな時に腕を組んでくれるようになった。


 前に行った、お洒落なカフェがある。

「どこか、カフェに入りますか?」

 でも、そのカフェは既に人が並んでいる。

「疲れてなければ、もうひとつ行こうか?」

「えっ、どこに行くんですか?」

 杉山さんに連れて来られたのは、本郷にある有名な大学だ。

 そこの正面口から中に入り、ちょっと行くと、たくさんのイチョウの木がある。

「ええっ、こんなにたくさんイチョウがある。すごいきれい」

 イチョウの木からは、黄色くなったイチョウの葉が雪のように舞って落ちている。


 私は思わず、その中の一番大きなイチョウの木の下に行ってみた。

 上を見上げると、イチョウの葉が紙吹雪のように落ちてくるのは私を祝福してくれているように思える。

 こんな場所を知っているなんて、杉山さんってこの大学出身なのかな。

「杉山さんってここの出身だったんですか?」

 杉山さんはちょっと困った顔をして

「いや、前にこの大学の先生に、ご挨拶に伺う事があって、その時が丁度この時期だったんだ。

 さて、コーヒーでも飲んで帰ろう」

 なんだ、そうだったのか。杉山さんって頭がいいから、もしかしたらと思ったんだけどね。

 その後に、杉山さんは大学の中にあるコーヒーショップに連れて来てくれた。

「大学の中にコーヒーショップがあるんですね。やっぱり有名大学は違います」

 私の大学にも欲しいけど、無理かなあ。

「彩ちゃんの学校には無いのかい?」

「無いですよ。私学ですし」


 コーヒーショップでコーヒーを飲んでいると、外が暗くなってきた。

「もう4時を回ったか。やっぱり秋の陽は吊るべ落としというだけあって、陽が落ちるのが早いな」

「表参道の方に行ってみませんか?」

「表参道?」

「そうです。11月からイルミネーションが始まったらしいので、どうかなと思って」

 今はイルミネーションが始まっていてロマンチックなので、雰囲気に飲まれて杉山さんがプロポーズしてくれたらどうしよう。

 もう、妄想は膨らむばかり。

「そうか、行ってみようか」


 表参道の方では、ロマンチックなイルミネーションの下に恋人たちがいっぱいで、見ていても微笑ましい。

 私たちもその中の一組だと思うと、なんだか恥ずかしくなる。

 恋人たちは、腕を組んでいて、本当に幸せそう。

 杉山さんを見ると、思わず微笑んでしまう。

 杉山さんも私を見て、微笑んでくれた。

「すごく、きれいですね」

「こういう時は『君の方が綺麗だよ』って言った方がいいのかな?」

「ホホホ、そんな無理しなくてもいいです」

 それはあまりにも、恥ずかしいな。

 でも、言ってくれたら、天にも登ってしまうかもしれない。


「あのう、ちょっとよろしいですか?」

「はい?」

「えっと、お父さまにも聞いて貰いたんですが、お嬢さまを芸能事務所に入れてみませんか?あっ、私、こういう者です」

 お父さんと呼ばれた杉山さんが、名刺を受け取って見ている。

 杉山さんをお父さんなんて、失礼しちゃうわ。

「あっ、お断りします。そういうのに興味ありませんから」

 それには、私が答える。大体、私の彼氏をお父さんと言った時点で却下だわ。

「えっ、いや、お話だけでも」

「いえ、お話もいいです。さっ、智さん行きましょう」

 私はさっさと、杉山さんの手を引いて歩き出した。


 地下鉄の改札口まで来て、追って来ないのを確認した。

「もう、いい加減にしてほしいわ。それに私の大事な人をお父さんだなんて、失礼しちゃうわ」

「いいのかい。もしかしてモデルデビューできたかもしれないぞ」

「芸能界なんて興味ないし、それより人生大事な事があります」

「大事な事って?」

「大事な人の横に居る事かな」

「その大事な人が、羨ましいな」

「またそうやって、意地悪を言う」

「ははは、俺も彩ちゃんが隣に居るのが、一番大事な事だな」

「えっー、もう許します」

「簡単だな」

「女は寛大じゃなくちゃ」

「よしよし、いい子だ」

「直ぐそうやって、子ども扱いする」

「年齢的には、娘みたいなもんだ」

「ちゃんと、彼女として扱ってくれれば許します」

「ちゃんと、彼女として扱っています」

「では、許します。フフフ」

 彼女か。やっと、彼も認めてくれたんだ。

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