第15話 食事

 吉祥寺の駅前ってやっぱり違う。大きなお店があって、人も多くて賑やかだ。

 どんなお店があるのだろうか。あちこちの店に寄ってみたい。

 でも、杉山さんは、つまらないだろうな。

 男の人ってこんな時、どうするの?

 あっ、この服いい。えっと、財布はと…。そう言えば、財布は置いてきたんだった。

 ポケットの中には、電車のICカードだけあった。

「彩ちゃん、何か買うんじゃないのか?」

「えっと、財布を忘れてしまって」

「……」

「で、でもスイカは持って来ました」

 もう、またドジだと思われてしまう。

「なんでカードだけ?」

「コンビニぐらいだと、これ一枚で都合がつくので」

 たしかにそうだけど、たまたまポケットに入っていたに過ぎない。

 仕方ないので、吉祥寺では何も買わず、電車に乗って隣の三鷹駅まで移動した。

 マンションに向かう途中にあるスーパーでハンバーグの材料を買うけど、私は財布がないので、支払いは杉山さんにして貰う。

 お金まで出して貰って悪いとは思ったけど、荷物も持って貰った。


 マンションに帰ると、早速、調理に取り掛かる。

「ちょっと多めに作って冷凍しておきますから、食べる時は解凍して下さいね」

 ハンバーグは良く捏ねないと、焼いた時に形が崩れてしまう。

「ジュー」

 うん、いい匂いがしてきた。

 この匂いは、きっと杉山さんの胃袋を掴むのに十分かもしれない。

 よし、出来た。さっき教えて貰った棚から出した皿に盛って、テーブルの上に並べていく。

「味噌汁もある」

「ええ、お味噌汁も作りました」

 やっぱり、お味噌汁は必需品よね。だって、日本の家庭だもの。

 どうかな、杉山さんの口に合うかな?

「ハンバーグも美味いな」

「本当ですか、良かった」

 わぁ、良かった。杉山さんなら不味いとは言わないと思うけど、褒められるのはやっぱり嬉しい。

 一息ついたら、テーブルに向き合ってお茶を飲む。脂っこいものの後はお茶が、とてもいい。

 杉山さんが部屋に掛けてある、壁時計を見る。

 針は8時前を差している。


「そろそろ帰った方がいいんじゃないか。駅まで送るよ」

「はい、そうします」

 さすがに、また泊りますとは言えないし、泊る準備もしていない。

 それに今日も泊ると言えば、杉山さんも本当に怒るだろう。

 マンションを出て、駅に向かうけど、私は別れるのが嫌で、何も話せない。


 でも、それは直ぐに来た。駅の改札に着いてしまう。

「それじゃ、ここで」

「お世話になりました」

「いや、お世話になったのはこっちだ。今日はありがとう」

「いえ、いきなり来て申し訳ありませんでした。それでは失礼します」

 私は、杉山さんに何も言えず、頭を下げただけで、改札の中に入って行った。


 電車に乗って、SNSで杉山さんにお礼のメッセージを送った。

「今日はありがとうございました。ハートマーク」

 この「ハートマーク」をどう受け取ってくれるだろう。

 電車の中で、スマホを握りしめていたけど、「既読」になっただけで、杉山さんからは何のメッセージも入らなかった。

 どうしようか、もう一度、送ろうか。

 でも、しつこいと思われるのも嫌だ。

 それに何と送ればいいの?

 私は、握リ占めているスマホの画面に向かって、メッセージを書いた。

「9時に豊田の駅まで迎えに来て」

 送った相手は母だ。


 日曜の朝の早い時間、私は杉山さんのマンションに来た。

 エントランスのところから杉山さんの部屋番号を入れる。

「ピンポーン」

 杉山さん、早く出て、そして私を迎えて下さい。

「はい、どちら様でしょうか」

「彩です。開けて貰っていいですか?」

 マンション入り口の自動ドアが開いた。

 杉山さんが開錠ボタンを押してくれたんだ。

 エレベータに乗って杉山さんの部屋の前まで行くと、今度は玄関横のインターホンのボタン押す。

 玄関が開くと、そこにはまだ部屋着の杉山さんが居た。うん、まだ髪が乱れているって事は寝起きってことね。


「おはようございます」

 ここはスマイル、スマイル。

「ああ、おはよう。随分早いんだな」

「ええ、昨日、早く帰ったので、今日は早く出て来れました」

 それは嘘、全然早くない。お母さんにも文句言われたけど、もう早く会いたくて仕方なかったのが本音。


「えっと、それで今日は何の用だい?」

「えっ、用ですか…?特にないですけど、用がないと来てはいけませんか?」

「いや、そんな事はないが……」

「では、今日も私が何か作ります。朝食は済みましたか?」

「いや、今、作ろうとしていたところだ」

「では、丁度良かったです」


 良かった。「朝食はもう済んだ」って言われたら、家に入る口実がひとつ減ってしまうとこだった。

 ここはさっさと部屋に入ってしまおう。

 こう言う事もあろうかと思って、ちゃんとエプロンを持ってきた。

 前の経験から、食器や調理器具がある場所は分かっている。

 30分ぐらいで、ハムエッグとトースト、サラダが出来た。


 出来た朝食をテーブルに並べ、杉山さんに勧める。

「どうぞ」

「うちの食材なんだが…」

「あっ、そうですよね。なんか自分の家のようになっちゃった。てへへ」

 そうだった。でも、作ったのは私だから。

 あっ、杉山さんも笑った。どうやら怒っては、ないみたい。

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