第14話 散歩

 杉山さんとの間に沈黙が流れた。

 窓から入ってくる風で、カーテンが揺れて、その陰がリビングの床に黒い残像を残していく。

 風に乗って、電車の音が聞こえて来た。あの電車に乗れば、また来る事ができる。

 折角、天気もいいので、杉山さんとどこか歩きたい。

 そう、この辺りの散策なんかでもいいかな。まだ、腕を組むには早いけど、一緒に並んで歩きたい。


「えっと、どこか行きます?」

「ああ、ジムに」

「会社ですか?」

「それって3回目だよね。今のは分かっていて聞いた?」

「えへへ、そうです。また突っ込まれるかなと思って」


 やっぱり、同じ突っ込みされちゃった。

 杉山さんも僅かに笑ってくれている。ちょっとは機嫌が直ったかな。

 杉山さん、何を考えているんだろう。

 また、帰れって言われるのかな。そう言われると泣いちゃうかも。

 もう、私はどうすればいいのだろう。

 でも、歳の差ってそんなに大事?「愛があれば歳の差なんて」って聞いた事があるけど、それじゃだめなのかしら?

 私には、杉山さんが居れば、どんな事でもやっていけそうな気がする。


「昼食も済んだし、そろそろ帰ってもいいんじゃないか?」

 やっぱり、言ってきた。

「いえ、これからスーパーに夕食の買い出しに行かないと」

「えっ、スーパーに行くのか」

「そうですよ、男性はもちろん荷物持ちですからね、フフフ」

 よし、どうにか彼の攻撃をかわしたぞ。


「カレーの食材の残りがあるので、夕食はハンバーグにしようかと思いますが、いいですか?」

「ああ、勿論だとも」

「では、買い物に行って、夕食の準備に取り掛かりましょう」

「まだ、夕食には早いだろう、さっき、昼飯が終わったばかりだし」

「えっと、この近所を見てみたいです。それに食べた分、動いてダイエットしないと」

 二人で、散歩したいというミッションをクリア出来そうだ。


 私たちがエレベータに乗ろうとした時、同じ階の奥さんらしい人が一緒に乗ってきた。

「あら、杉山さん、こちらは娘さん?」

 ここは、彼に発言させてはいけない。先に仕掛けなきゃ。

「『彩』といいます。よろしくお願いします」

 うん、「娘」とは言ってないぞ。どう受け取るかは相手次第だわ。

「あら、『彩』さんって言うの、よろしくね。杉山さんも単身赴任大変ね」

「え、ええ、まあ」


 エレベータの中で、私は杉山さんの娘ということになった。

 ちゃんと、彼女として見てほしかったけど、そこは妥協しよう。

 エレベータが1階に着くと 奥さんはさっさとエレベータを降りて行った。


「『娘さん』って言われちゃった」

「まあ、歳を見ればそう見えるだろうな」

「『奥さん』って言われた方が、新婚さんみたいで良かったな」

 自分で言っても、「奥さん」は早いかなと思うけど、杉山さんの困った顔も見てみたい。


「いや、どう見ても夫婦には見えないだろう」

「ですよね。パパ」

「パパは止めてくれ。別の意味のパパに取られ兼ねない」

「ホホホ、そうですね。でも杉山さんがパパだった方が良かったな。遊園地とか連れて行って貰えただろうし」

 うん、ちゃんとした家庭で、杉山さんのようなパパだったら、私たち親子はもっと幸せに暮らせていただろう。


「この辺りに公園ってありますか?」

「小さいのなら、そこの角を曲がって、ちょっと行くとあるけど」

 私は、彼に言われた通りを歩く。

 杉山さんは私の後ろを歩いて来る。

 後ろから彼に見守られている感じがする。これだったら、迷子になっても、彼がどうにかしてくれるんじゃないかな。


 しばらく歩くと公園があった。

 ここが、彼の言っていた公園なのだろう。

 私が公園に入ると、杉山さんも私について入って来た。

 公園の中には子供たちが遊んでいる。最近、子供の姿を見なくなったけど、この公園は子供たちでいっぱい。

「子供たちが多いですね」

「この近くに団地があるし、会社の社宅なんかも多いからね」

 この辺りって団地や社宅が多いんだ。だから、子供が多かったのね。


「この辺りって、井之頭公園って遠いんですか?」

「ちょっと遠いな。歩くとかなりあるかな」

「でも、行ってみましょう。私、行った事がないですし」

 また、杉山さんと散歩ができると思うと、うきうきしてくる。

 今日は天気も良いし、暑くもない。こうやって、二人で散歩するには丁度良い。


 でも、昼間はまだ日差しが強くて、歩いていると薄っすらと汗が出てきた。

 どこか木陰で休みたいなと思った頃、井之頭公園に到着した。


 公園の看板を見ると小動物園があるみたいなので、まずはそちらの方に行くことにする。

 小さな動物園なので、飼われている動物も小さなものばかりだ。

 こうやってみると動物って可愛い。

 うちにも猫ぐらい飼いたかったな。


「彩ちゃんは、もしかして動物園に来るのも初めてかい?」

「いくら何でも、動物園ぐらい来た事があります。遠足ですけど」

 杉山さん、いくら何でも、動物園くらいはありますって。

「あっ、ボートがありますよ。乗りましょう」

 ボートで、二人の距離が急接近ってあるよね。

「井之頭公園のボートにカップルで乗ると別れる、というジンクスがあるけど…」

 それじゃ、ダメじゃん。

「えっ、そうなんですか?じゃ、止めます」

「でもまだ、付き合っている訳じゃないから、別れるって事はないと思うけど」

「でも、嫌なんです。折角、お友だちになれたのに。だから、乗りません」


「このまま歩いて帰る?それとも、電車で帰る?」

「電車で帰れるんですか?」

「ああ、吉祥寺の駅が直ぐそこだから」

「では、電車で。でも吉祥寺の駅前も探索したいです」

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