第13話 カレー

「でも若い女性が男ヤモメの所帯に来るのは、世間がどう思うか…」

「世間なんて何とも思いませんよ、ところで、男カモメって何ですか?」

 彼が博学なのか、それとも私が浅学なのか、彼は時々、意味が分からない事を言う。

 これも学校へ行ったときに、早紀ちゃんたちに聞いてみよう。


「『男ヤモメ』だ。独身で一人暮らしの男の人を差す言葉だ」

「へー。そうなんですか。初めて知りました」

 早紀ちゃんたちに聞くまでもなかった。

 それにしても、年齢を重ねるということは、それだけ知識も増えるということなのかもしれない。

 料理をしながら、そんな事を考える。

 えーと、鍋はどこだろうか?

 上の扉を開けてみると、鍋があったけど、私の背の高さではちょっと無理かも。

 私が鍋に手が届かないのを見た杉山さんが、代わりに鍋を取り出してくれた。

 鍋を火にかけ、食材を入れていく。


 杉山さんは、椅子に腰掛けて私の料理姿を見ているようだ。

 ここは、しっかりとアピールしなきゃ。

 どうですか、杉山さん。私、ちゃんと料理も出来ますよ。

 そうやって、アピールしているのに杉山さんはTVを点けて、番組を見だした。

 何、それ。ちゃんと私を見て。

 だけど、杉山さんはTVを見ていて、こっちを全然見てくれない。

 もう、こうなったら、絶対、美味しいと言わせてやるわ。

 しばらく煮込んでいるとカレーのいい匂いが部屋の中に漂ってくる。

 どうにか、お昼には間に合ったみたい。


「杉山さん出来ました。お皿とか、どこにありますか?」

 お皿ってどこにあるのだろう。カレー用に深皿がいいな。

 彼は食器棚から深皿を2つ取り出して、私に渡してくれる。

 私は炊飯器で炊いたご飯にカレーを盛って、テーブルの上に並べた。

 お米があるかどうか分からなかったので、バッグに入れて持って来たけど、正解だったわ。


 出来たカレーを杉山さんと向かい合って食べる。

「う、美味い!」

 やった。これはお世辞じゃないよね。

「ほんとですかー?」

「ああ、間違いない」

 小さい頃から、お母さんのお手伝いをして、料理をしていたけれど、今日ほどそれが良かったと思った事はないわ。

 料理を作る事も好きだったのが、良かったかもしれない。


「彩ちゃんはこの前といい、今日といい、どうやって料理を覚えたんだい。かなりの上級者と見たが」

「全部、母から教わりました。小さい頃から母の手伝いをしていて、それで教わって、今でも二人で台所に立ちますよ」

 杉山さんが、夢中で食べている姿を見ると、私も幸せな気分になる。


「高橋が羨ましいな」

「父は家ではあまり食事をしません。ほとんど家に居る事がないので…、それに、たまに食べても『美味しい』って言ってくれた事もありません」

 そうよね。お父さんが居れば、料理を作ってもいいけど、父は家に帰って来ないもの。


 食事が終わったら、片付けしなきゃならないけど、彼には沢山お金を使わせたので、ここは私が洗う。

「俺がやるよ、料理を作ってくれて、その上洗い物までさせたらバチが当たるからね」

「いえ、杉山さんには散財させたので、そのお礼です」

 洗い物が終わると、今度はちょっと気になった流し台も洗う。

「いや、キッチンまでしなくていいから」

「きれいにしとかないと落ち着かないじゃないですか」

 やっぱり、男世帯だけじゃだめね。


 さて、掃除が終わったので、コーヒーにしようかな。

「コーヒーでいいですか」

 なんか、自分の家みたいになってきた。

「えっと、俺の家なんだが…」

「あっ、そうですね。なんだか寛いじゃって、フフフ」


「それで、何で来たんだい?もう来ないんじゃなかったのか?」

「さっきも言ったように、そんな約束はしていません」

「たしかに約束はしていないが、こんな男の所に出入りしていれば、君にも変な嫌疑がかかるだろうし、第一親御さんに何と言うんだ」

「人の口なんて言わせておけばいいのです。どうせ、3流ゴジップくらいしかの扱いでしようから。それに父は私には無関心ですし、母は私を信じてくれています」

 杉山さんが黙った。反論の余地がなくなって来たのかもしれない。


「まさか、今日も泊って行くなんて事はないだろうね」

「泊っていった方がいいですか?」

「いや、逆だ。泊っていかれては困る」

「杉山さんの都合もあるでしょうから、私も泊りません」

「では、今日はちゃんと帰るように」

「それで、明日はどうですか?」

「明日も来るつもりなのか?」

「ええ、ダメでしょうか?」

「若い子が毎日、男ヤモメの部屋に来るもんじゃない」

「毎日じゃありません。土日だけです」

「同じだ」

「じゃ、毎日来ます」

 毎日、来てもいいなら、毎日会いたい。


「彩ちゃんは、どうして俺のところに来る?」

「どうしてって……、一緒に居ると楽しいからです」

 そう、杉山さんと一緒だとなんだか、心が落ち着く。横に居させて下さい。

 その一言が言えない。


「彩ちゃんは、きっと勘違いをしている。俺は彩ちゃんの父親じゃないし、それに代わる事はできない」

「杉山さんは父ではありません。友だちです。友だちの家で一緒に料理を作って楽しく過ごすって事です。友だちなんかとも良くやってますよ」

 この前は、真利子ちゃんの家でホームパーティをやった。

 それとはちょっと違うけど、男の人と女の人の違いよね。

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