第12話 天然

 彼に私の事を興味を持って貰うようするには、どうしたらいいんだろう。

 彼が私を見ているけど、心を見透かされているようで、なんだか恥ずかしい。


「あのう、怒っています?」

「ああ」

「杉山さんは私の事、どう思っています?」

「彩ちゃんは美人で、すごく女性らしいと思っている」

「いや、そうじゃなくて、別の意味で…、です」


 お願い「嫌い」って言わないで。「好き」と言ってほしい。

「それ以外の意味って何がある?君はとっても素敵な女性だ」

「分かりました」

 彼は「好き」とも「嫌い」とも言ってくれなかった。自然とテーブルの上に、涙が落ちた。


「それでは、失礼します」

「まだ、乾いていないだろう。乾いてから行っても…」

「いえ、完全に乾かなくても問題ありません」

 私はベランダに干した服を取り込み、着替えるために寝室に行った。

 借りていたバスローブを畳み、寝室を出てリビングに行く。

「これ、お借りしたバスローブです。ご迷惑をお掛けしました」

 私はバスローブを杉山さんに差し出すと、彼はバスローブを受け取った。


「駅まで送ろう」

 杉山さんも外出用の服に着替えてきたので、二人で部屋を出て、エレベータに乗り、1階まで降りる。

 そして昨日、私が雨に濡れて歩いてきた道を駅に向かう。

 二人共会話をしない。駅に着けば別れると分かっていれば、何も話したくない。

 もう直ぐ、駅に着く。駅に着いたら、杉山さんと二度と会う事はないかもしれないと思うと、涙が出そうになる。

 改札のところで、杉山さんが見送ってくれる。

 私は改札を通って、何度か杉山さんを見るけど、いつまでもこうしていても仕方ないので、電車に乗るためにホームへ向かった。


 電車の中は、比較的空いていたので、シートに座ると、自然と涙がこぼれてきて、膝の上に組んだ手に涙が一粒落ちる。

 家に帰ると母がいつものように出迎えてくれた。

 でも、泣きはらした私の目を見て、母はどう思ったのだろう。

 私が自分の部屋に行こうとした時、母が訊ねてきた。

「彩、あなた、好きな人が居るの?」

「……うん」

「そう、素敵な人なのね」

 好きな人なのか、それとも好きだった人なのか。本当に好きなのか、ただの憧れなのか自分でも分からない。

 でも改めて聞かれたら、私の中では杉山さんはやっぱり「好きな人」だ。

 今なら自信を持って、そう言える。


 でも、これからどうしよう?

 私も自分なりに考えてみよう。そして、やっぱり、彼の事を諦められないなら、もう一度、彼のところに行こう。

 次の日の土曜日、私は決めた。やっぱり、彼と一緒に居たい。彼の隣に居たい。彼と一緒の人生を歩きたい。

 そう、彼のところに行こう。


 いつもなら迷子になるのに、不思議と迷わずに彼のマンションまで着けた。これも恋の力なのだわ。

 マンションの自動ドアの前まで来ると、緊張してなかなか彼の部屋番号が押せない。

 でも、勇気を持って、部屋番号を押す。

「ピンポーン」

「はい、どなたですか?」

「高橋です。おじゃましてもよろしいでしょうか?」

 インターホンから彼の声が一瞬、止まる。

「今から出かける用があるから悪いが、またの機会にしてくれないか」

 ここで、帰ったら私の決心は何だったの?こちらも、もう引き返せない。

「えっと、私もついて行っていいでしょうか」

「いや、だめだ」

「では、ここで待ってます」


 前も杉山さんの会社の前で待った事がある。

 今度は2,3時間もすれば帰ってくるだろうから、それぐらいなら待つ事はできる。

 杉山さんは何か考えているようだったけど、結局は、部屋に入れてくれるみたいだ。

 玄関の自動ドアを通って、エレベーターで上がっていると、心臓がドキドキするのが分かる。

 杉山さんの部屋の鍵を開けて貰って中に入ると、私が持って来たバッグを見ている。


「そのバッグは?」

「今日はカレーを作ろうと思って、食材を持って来ました」

 そう、暗い顔をしてはいけない。ここは営業スマイルでもいいから、笑わないと。

 杉山さん、まだ怒っているかな?

「あ、ああ」

「あっ、どうぞ、出掛けて下さい。帰るまでには作っておきますから」

「いや、君一人を残して行く訳には行かない」

「えー、デートじゃないんですか?」

「相手がいないからね」

「どこへ行く予定だったんですか?」

「ジムに行こうと思ってた」

「会社ですか?」

「いや、事務仕事じゃなくて、トレーニングのジムだ。そのボケ2度目だな」

「えっ、そうでしたっけ」

 うん、それは分かっているけど、ここはボケて,ちょっとでも距離を縮めないと。

 杉山さんは私の事、天然と思ってくれたかしら?


 私は持参のエプロンをして、料理の支度を始める。

「あの、彩ちゃん?」

「あっ、杉山さんは、どうぞジムに行って下さい。お昼には戻ってきますよね」

「ああ、お昼には戻る予定だけど、君にそんな事をさせる訳にもいかないから」

「私は大丈夫です」

「いや、そうじゃなくて、もう来ないんじゃなかったのかい」

「誰もそんな約束はしていません」

 そう、私だってここが、岐路だって分かっている。女の子には、引くに引けない時があるんだ。

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