第10話 着替え

 台所で、杉山さんが何かしている音が聞こえる。

 私が洗濯機を動かしてリビングに帰ってきたら、杉山さんが聞いてきた。

「コーヒーでいいかな」

 見ると既に手にはコーヒーが握られている。コーヒーしかないのに変な人。

「はい、いいです」


 杉山さんとテーブルを挟んでコーヒーを飲むけど、言葉が出てこない。きっと、怒っているだろうな。

「あ、あのー、やっぱりご迷惑ですよね」

「ああ、そうだな」

 やっぱり、怒っている。

「で、でも、服が乾かないから、今日は帰れません」

「では、この近くのホテルを手配しよう」


 ホテルか。泊めてくれてもいいのに。でも、私から「泊めて下さい」とは言えない。

 彼はPCを操作して、ホテルの空室状況を調べている。

 どうか、満室でありますように。

 直接ホテルに電話もしているけど、どうやらどこも満室みたい。


「どうですか?」

「どこのホテルも満室だ」

 既に10時は回っているので、今から空室を探しても空いてないんじゃないかな。

 この時間では、濡れた服を着て帰れないし。


「あのー、今日は泊ってもいいですか?」

 勇気を出して言ってみる。

 彼は何か考えているよう。

「仕方ない。でも、家の人には連絡を入れる事」


「は、はい」

 家に電話をかけるために、私は隣の部屋に行く。

「あ、お母さん、うん、ちょっと雨に降られて濡れてしまって…。うん、友だちの家に泊るね。うん、明日はちゃんと帰るから」

 お母さんは、私のこの電話を信じてくれるだろうか。それとも、帰ったら、怒られるだろうか。

 話の口調では「仕方ない」みたいな感じだったけど。

 電話を終えた私は、バスローブ姿のまま、杉山さんの前に座る。


「ちょっと、コンビニに行こうと思うけど、買って来る物はあるかい?」

「いえ、特に必要な物はありませんが…」

「えっと、下着とかは…?」

 そうだ、今、私は何も付けていない。狼の前に佇んでいる子羊ちゃんだ。

 もう恥ずかしい。でも、勇気を出して言わないといけない。

「あ、あのー、パ、パンツを……」

「ああ、分かった」

 きっと、彼だって、私が下着を付けていない事を知って、コンビニに行くと言ったんだ。それで、下着を買ってこようとしたのだろうな。


 コンビニで女性用の下着を杉山さんに買わせるのは、すごい抵抗があるけど、ここは彼の優しさに甘えようかな。


「ピーピー」

 洗濯が終わった音がした。

 それと同時に、玄関の扉を開けて入って来る音もする。

 洗濯が終わると同時に帰ってきたみたいだ。

「すみません、干す物を貸して貰えませんか?」

 洗濯機の前から、杉山さんに声を掛けた。

 杉山さんは、ハンガーと洗濯鋏を持って来て私に手渡してくれた。


「えっと、どこに干せば……」

「とりあえず、寝室に干してくれないか」


 寝室の壁に衣装が掛けられるようになっているので、そこに掛けて干していく。

 洗濯物を干し終えると杉山さんが居るリビングに向かう。


 杉山さんはスナック菓子とジュースを取り出した後の、下着が入ったままの白いコンビニ袋を私に手渡してくれる。

 下着だけ手渡されると私も恥ずかしいので、袋で渡してくれる彼の心使いが嬉しい。

「あ、ありがとうございます」

 顔が赤くなっているのが分かる。


 袋を貰うと、私は寝室に入り、下着を穿いた。

 再び、リビングに戻った私は、また無言になった。

 下着まで買いに行かせた私は恥ずかしくて、彼に話しかける事が出来ない。

 二人で黙ってジュースを飲んでいたけど、つい欠伸をしてしまう。


「それじゃ、寝ようか」

 えっ、もしかして、一緒のベッドで…。

 どうしよう。そうだよね、私は今日、本当の意味で大人になるかもしれない。

「そ、そうですね。もう遅いですし」

「風呂はどうする。シャワーだけでいいなら、直ぐに使えるが…」

「で、ではシャワーだけでいいです。あっ、杉山さんからお先にどうぞ」

「いや、彩ちゃんから先に入ってくれ。その間に片付けをして、着替えるから。それから、洗面所に、予備の歯ブラシがあるから使って貰っていい。タオルとかも同じく、洗面所にあるから」

 がんばれ、私。ちゃんと、気持ちの整理をつけてこなくちゃ。

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