第9話 別れ

「それじゃ、これを2本下さい」

「あっ、1本でいいです。1本下さい」

 1本でいいわ。勿体ないし、それに杉山さんと相合傘したい。

「えっ、彩ちゃんの分は?」

「私は駅まで、母に迎えに来て貰えばいいし、地下街だと濡れませんから。それにまた杉山さんは2本分払うつもりだったんでしょう?」

 うん、完璧な理由だわ。

「勿体ないですからね」

 彼は1本だけ傘を買った。

「じゃ、食事に行こうか?何か食べたい物は?」

「私、『ミラカン』が食べたいです」

「ミラカンか、渋谷で食べられるところは知らないな」

「じゃ、東京まで移動しましょう。前に連れて行って貰った店は今日もやっているんですよね」

 あの店はたしか、外に出るから、どうしても傘を差さないといけない。二人で、相合傘できるチャンス。

「やっているハズだが、ここからだと遠くないか?」

「地下鉄だと、半蔵門線で行けば、直ぐですよ」

 ここで折れたら、相合傘ができないわ。


 大手町の駅に着いて、一番近い出口を出ると、やはり雨が降っている。

 杉山さんが、買ったばかりの傘を差すので、一緒に入る。

「杉山さんと相合傘だー」

「オッサンと相合傘でもいいのかい?」

「雨に濡れるよりは…」

「それは酷いな、俺は雨よりましって事か」

「いえ、そんなつもりではなく……」

「いや、いいさ、間違っていない。ははは」

 本当の事を言いたいけど、それはあまりにも恥ずかしい。でも、相合傘だから、腕を組んでもいいよね。

 でも、相合傘は直ぐに終わって、レストランに着いてしまう。

 今日のレストランはかなり空いていて、私と杉山さんのためにあるみたい。


「ミラカンセット2つ」

 杉山さんがウェイトレスさんに注文する。こんな日は、ウェイトレスさんも暇なんだろうな。

「ミラカンって癖になりますよね。絶対また行こうって思ってました」

 出て来たミラカンを食べながら、今日の遊園地の話を杉山さんは真剣に聞いてくれるけど、今は私の方が、一方的に話しているだけみたい。


 外に出ると、街灯に照らされた雨が銀の糸のように見える。

 杉山さんが差し出した傘に二人で入り、来た時と同じように腕を組んだ。

 それを杉山さんはチラッと見ただけで、何も言わない。私から話しかける雰囲気ではない。

 東京駅から中央線に乗ったけど、乗客が少なくて座席に二人で並んで座れた。

 相変わらず、杉山さんは何も話してくれない。

 杉山さんが何も言わないと、悲しくなってしまう。


「三鷹~、三鷹~」

「今日は楽しかったよ。それじゃ、おやすみ」

 そう言って、杉山さんが席を立った。

 私も続いて席を立った。また、次の約束をしないと…。

 ドアが開いて杉山さんがホームに降りたので、私も一緒に出る。

「このまま、乗っていた方が良かったんじゃないか?」

「いえ、明日、そう明日は時間はありますか?」

「……」

「どうですか?」

「彩ちゃん、俺たちは、もう会わない方がいいと思う。正直、君は可愛いし、一緒に居て楽しい。でも歳が違うからこののままだと、俺は怖い」

 えっ、今、何て?どうして、そんな事を言うの?私じゃダメなの。


「それは私がダメって事ですか」

「いや、そんな事じゃない。君は綺麗だし、性格もいい。それこそ、非の打ちどころがないくらいだ。反対にダメなのは俺の方だ」

「杉山さんの言ってる事が分かりません。ダメじゃないのにどうしてですか?」

 杉山さんは何でそんな事を言うの。私の目から涙が出てくる。


「泣かないでくれないか。みんなが見ているし。君は次の電車で帰るといい。親御さんも心配するだろう。それまではここに居るから」

 そんな事言っても、泣かしたのはあなたです。

 次から次へと涙は溢れてくる。

 そんな私を置いて、杉山さんが歩き出した。きっと、自分が帰れば、私も帰ると思っているのね。

 でも、私もここで引く訳にいかない。

 私の初恋をそう簡単に終わらせたくない。

 改札を出て彼の後を追って行く。

 もう、雨に濡れてもかまわない。


「雨に濡れるぞ」

 杉山さんは傘を差し出してくれたけど、今さらその傘に入れない。

 私は、そのまま杉山さんに付いて歩いて行く。

 15分ほどで、彼のマンションのエントランスに着いた。


 でも、15分という時間は私の身体をずぶ濡れにするには十分の時間だった。

「仕方ないから、着替えて帰りなさい」

 杉山さんがそう言ってくれたので、私は彼の部屋に入っていく。


「買って来た服に着替えるといい」

「…買って来た服も濡れてます」

「……」

「ハンガーを貸して下さい。部屋で乾かします」

「そうすると彩ちゃんの着る服がないが…」

「すいません、何か着る物も貸して下さい」

 彼はかなり古いと思われるバスローブを出してくれた。

「これでいいかい?」

 彼からバスローブとバスタオルを受け取る。

 バスルームの場所を聞いたので、着替えてくることにする。


「あのう、洗濯しても良いでしょうか?」

「えっ、洗濯?」

「下着まで濡れてしまったので、洗濯したいのです」

「あ、ああ、いいとも」

 つい、言ってしまった。彼に私がバスロープの下は全裸だという事が、ばれてしまったかもしれない。

 そう思いながら、洗濯機のスイッチを入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る