第3話 ミラカン
面接会場となっている大会議室の前で待っていると、受付の女性の方が声をかけて来てくれた。
「面接者の方ですか?」
「はい、そうです」
「お名前は?」
「『高橋 彩』といいます」
「高橋、高橋…っと、ああ、はい。それでは、隣部屋でお待ち下さい」
私は、面接会場の隣にある部屋に連れていかれた。
そこには、いくつかのテーブルと椅子があり、既に5人ほどが来ている。
私と同じように、方向オンチのため、早めに出て来た人たちだろうか?
だけど、女性はいない。ここに居る人全員が男性ばかりなのは、やはり建設会社だからで、男性の職場だからなのだろう。
待機部屋に入った私を男性5人の目が注目する。
今のところ、女性は私だけなので、部屋の隅にある椅子にかけて面接時間を待つ事にした。
杉山さんからレクチャーされた、志望動機をしっかり暗唱できるまでにしなきゃ。
「あのー、面接の方ですよねー」
近くに居た、就活スーツを着た大学生が話しかけてきた。
「ええ、そうですが…」
「技術系の方ですか?」
今では、技術系にも女性は多くなったとはいえ、その数は全体からすれば少ない。
私もその技術系の人に見えたのだろうか。
「いえ、私は事務系志望です」
「ああ、そうなんですか。事務系の人も一緒に面接するんですね」
彼が納得した顔で頷く。
「あっ、僕、『吉田』って言います。一緒に受かるといいですね」
「私は『高橋』っていいます。一緒に受かったら、お友だちになって下さいね」
私はこういう時の女子特有の営業スマイルで、彼に笑顔を返した。
すると、彼は顔をちょっと赤くしている。
こういうところは、さっきの「杉山さん」と違って、子供っぽい。
「それでは、次、『高橋さん』会場へお入り下さい」
応対者の女性が、面接会場に入るように指示してくれた。
面接会場の扉を開けると、前方に偉そうな人たちが並び、その前に証人喚問のように椅子がひとつだけ置いてある。
私は、椅子の横に行くと、頭を下げた。
「それでは掛けたまえ」
私の面接が始まった。
面接が終わった私は、学校に行って、楊教授に無事面接が終わった事を話した。
だけど、志望動機については、楊教授に褒めて貰ったものではない。杉山さんから教わった事の話はしなかった。
杉山さんか、今頃、仕事しているのかな。もう一度会って、お礼をしたいな。
何?何でどきどきするの。
あの人は「おうじさま」じゃなくて、ただの「おじさま」なのに。
そう「う」がないのよ。
ああ、でも、もう一度会いたい。
ちょうど、片付ける事もあったし、このまま学校に居て、その後、行ってみよう。
そうよ、これはお礼。お礼をしに行くの。別に会いたいって訳じゃない。
ううん、やっぱり、会いたいな。
夕方6時、カーネル佐藤建設の正面玄関に来た。
もっと早く来る予定だったけど、東京駅からの道を間違って、着いたのがこの時間だった。
仕事を終えた社員の人がどんどん帰宅していく。
その人たちは、私を怪訝な顔で見て行く。
30分ぐらい経過しただろうか。玄関から杉山さんが出て来た。
「あれ?どうしたの?」
私の事を覚えていてくれたんだ。
「あっ、いえ、朝のお礼にと思いまして…」
「ははは、律儀だな。そんな事、別に気にしなくてもいいのに」
「私の気が済まなかったので」
ううん、嘘。会いたかったんです。
「そうか、お父さんも待っているか?」
「いえ、父はいいです。多分そんなに早く帰らないと思いますので」
父は私と母の家に帰って来ない。それは分かっている。
「それで、どうする?飯でも食いに行くか?奢ってやろうか」
「ええ、本当ですか、ヤッター」
「相手がオジサンで今一だろうけど」
「杉山さんはオジサンじゃありません」
そう、「う」を入れれば、「おうじさま」だけど。
「いや、君の父親と同い年だからな、オジサンでも否定しないよ。もし、小さいときに会っていたら、『オジサン』と呼ばれていただろうしね」
「そんな事はありませんよ」
杉山さんに連れて来られたのは、オフィス街のはずれにあるイタリアンレストランだ。
レストランは仕事帰りの若いカップルが目立ってるけど、私たちもそう見えるのかしら。
ウェイトレスさんがメニューを持ってきた。
「私はミートソースで」
ミートソースは飛び散るかな?紺のスーツだから、飛び散っても大丈夫だと思うけど。
「では俺はミラカンかな」
えっ、何それ?今「ミラカン」って言ったの?
「ミラカンって何ですか?」
杉山さんはミラカンが名古屋のあんかけスパであり、杉山さんが名古屋出身であることを説明してくれた。
「えっー、私も『ミラカン』にすれば良かった」
「じゃ、変更しようか?」
「ええ、『ミラカン』でお願いします」
「では、『ミラカン』のセットを2つで」
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