第4話 女子大生
杉山さんと二人、向かい合って座ると、自然と笑みが零れてくる。
さっきの営業スマイルでない事が、自分でも分かる。
杉山さんはやっぱり、私の事は子供だと思っているのかな。
正直、お父さんもあまり家に居なかったし、大人の男性と食事をするなんて経験もない。
この人には、私はどう見えているんだろう。
「それで、面接の方はどうだったの?」
「取り合えず、志望動機については、教えて貰ったとおりに言う事ができました。
正直過ぎたかなと思いましたが、印象としては悪くなかったと思います」
「それ以外には何を聞かれたの?」
「あとは、趣味とか、学校の事とかですね。何か就職に必要な事ってそんなに聞かれなかったけど、いいのかしら?」
「はは、そんなもんだよ。大体面接で全て決まる訳ではないから。そこの席では態度とか礼儀とかそういうのを見ているんだろう」
そういうものかしら?
しばらくすると、頼んだメニューが運ばれて来たけど、ソースがドロっとしている。
「なんか、ドロっとしたソースですね」
「名古屋では『あんかけスパ』という名前が通っているからね」
「なるほど『あんかけ』ですか、納得のネーミングですね」
「あんかけ」って、アンコじゃないんだ。
一口食べてみる。
「わぁ、なんか甘酸っぱい中にも辛さがあって、美味しいです」
うん、これは美味しい。今、名古屋飯がブームだけど、分かる気がする。
この感動を杉山さんにも伝えたい。
杉山さんが、レジで会計をしている。
「今日はごちそうさまでした」
ちゃんとお礼を言わなきゃ。朝に続いて、ご馳走までして貰ったのだから。
「帰りの電車は中央線でいいんだよね。どこで降りるんだい?」
「私は、八王子の手前の『豊田』って駅で降ります。そこから、バスに乗り換えて20分ぐらいです」
「『豊田』か、結構遠いな」
「杉山さんはどちらなんですか?」
「ああ、俺は三鷹なんだ」
「ええー、いいなー、三鷹」
「まあ、独身だからね。この歳になると、そのあたりにマンションも借りられるさ。もっとも、駅から15分ぐらいは歩くけど」
「ふふ、二人とも駅からは遠いですね」
杉山さんと二人、東京駅の中央線のホームまで歩く。
「彩ちゃんは女性専用車両に乗った方が良いだろう。朝のような事があると困るしね」
朝の痴漢の事を言ってくれているのだろう。
「いえ、大丈夫です。それに今は、心強いナイトがいますから、痴漢が出たら、また守ってくれると思っていますし」
「ははは、こんな、オジサン何の役にも立たんぞ」
「いえ、オジサンじゃなくてナイトです」
そう、「おうじさま」でもないけど。
杉山さんと二人で吊革に掴まっているけど、私は杉山さんより小さいので、手を上に伸ばさないといけない。
女性にとって吊革って結構なハードルだ。
電車が発車して直ぐに、がくんと揺れた。
「キャッ」
私は、反対の手で杉山さんのスーツを掴んだ。
「あっ、すみません」
「いや、大丈夫だ」
そう、言ってくれたのが嬉しい。
「あのー」
杉山さんの腕を突ついてみる。
「うん?何か?」
杉山さんは首を私の方に傾け、小声でも話が聞こえるようにしてくれた。
私は反対に、杉山さんの方に背伸びをして耳に話しかける。
「本当に今日はありがとうございました。面接だけでなく、食事までご馳走して貰って」
「ああ、そんな事か、気にする必要はないさ。うちの会社に就職してくれれば、それに越した事はない」
「三鷹~、三鷹~」
「それじゃ、気を付けて帰るんだよ」
「はい、今日はありがとうございました」
杉山さんは、電車を降りた後も、電車の中に居る私をホームから見てくれていた。
私も杉山さんを見る。
電車が動き出したら、手を振ったけど、直ぐに杉山さんは見えなくなった。
何だろう、この侘しさは。
でも、反対にどきどきしている私の胸がある。
何で、こんな事になるの。沈まれ私。
でも明日もこの電車に乗れば、杉山さんに会えるのかな。
そう思うと、明日もこの電車に乗りたくなった。
うん、やっぱり、明日もこの電車に乗ってみよう。
そう、偶然を装って。
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