第2話 就活

「ああ、もしもし、杉山ですが、事情があって事務所に顔を出すのが遅れます。

 ええ、ええ、はい、はい。

 あっ、会社の中には居ますので、連絡くれれば直ぐに行けますから。

 ああ、はい、ではよろしくお願いします。

 さてと、では行こうか」

「えっ、どこへ行くんですか?」

「『どこへ』って会社だろう。君の面接をする所だ」

 えっ、このおじさまが面接官?

「ええっ、面接官の方ですか?」

「いや、違う。だが、面接の時間までまだあるし、君もどうやって過ごしていいか分からないだろう。ここはうちの会社をPRしようと思ってね」

 面接官じゃなかった。

 そう言って連れて来られたのは、会社の中にある喫茶ルームだ。

 会社の中に喫茶ルームがあるって、やっぱり一流と言われる会社は違うわ。


「コーヒーでいいかい?朝食も食べれるが、どうする?」

 へー、朝食も食べれるんだ。でも、お母さんの手作り朝食を食べて来たので、そんなに食べたら太ってしまう。

「朝食は済ましてきたので、コーヒーだけでいいです」

「じゃ、コーヒー2つ」


 店のおばさんも、こういう事は多いのかしら?

 直ぐにコーヒーカップが2つ出てきた。

 おじさまはコーヒーにミルクとシュガーを入れ、かき混ぜている。

「『聖アンドリュース大学院』から、どうしてうちの会社を受けようと思ったの?」

 やっぱり、面接官かな?こういうのは想定内の質問だわ。

「それって、志望動機を聞いているんですよね。そこはちゃんと練習してきました。聞いて下さい」

 ようし、揚教授から褒められた志望動機をお披露目しちゃおう。

 揚教授って、中国の方で国際企業学専門だけど、こういう場合も大丈夫よね。

「えっと、『御社は建設業の大手として、貢献されており、その一員として私も微力ながら加わる事が出来れば、これに越した喜びはありません』ってどうでしょうか?」

「……」

 えっ、何、その沈黙。

「え、えっと…」

「それって、誰かに聞いて貰った?」

「ええ、教授に…」

「それで、教授は何と?」

「『まー、立派よ。これで間違いなしだわ』って、褒めて貰いました」

 だって、揚教授はちゃんと褒めてくれたわ。

「はぁー」

 ため息つかなくてもいいじゃない。折角、「う」を入れて「おじさま」から「おうじさま」に格上げしようと思ったのに。

「えっと、駄目でしょうか?」

「えっと、彩ちゃんでいいかな。君はうちの会社のどの部門を希望するんだい?」

 私は国際経営学だったから、英語を生かした部署が希望だわ。

「私は経営学部だったので、総務か企画を希望します」

「さっきの口上って、総務か企画を希望する人の言葉じゃないよね」

 うっ、ズバッと言われちゃった。困った、どうしよう。

「そうですか?どうしよう、他の志望動機って考えて来てない」

「そういう時は正直に言えばいいんだよ。例えば人に奨められたから入社しようと思ったのだろう?」

「ええ、でもそんな事言ったら駄目ですよね」

「そんなことないさ。『正直、人に奨められ、入社しようと思いましたが、その後いろいろ調べさせて頂いたところ、世界中に貢献している会社だという事が分かり、入社してみたいと強く考えるようになりました』とかどうだろう」

 何、それ。どうしてそんな事、スラスラと出てくるの?

「…すごいです。すごいです、すごいです。どうしてそんなスラスラと言えるんですか。それを使ってもいいですか」

 もう、パクリと言われてもいいわ。

「あ、ああ、もちろん」

「ちょっと、ノートを取らせて下さい」

 私は持っていたノートに、おじさまから聞いた口上を記載して、何度も復唱した。


 コーヒーが冷たくなってきた頃、喫茶ルームに入って来た男の人が声をかけてきた。

「おい、彩じゃないか、それにこっちは杉山じゃないか」

 えっ、この声は…。

「お父さん」

「高橋」

「「えっ」」

「なんだ、お前たち知り合いだったのか?」

「い、いや、通勤電車の中で偶然知り合ったんだ。聞いてみるとうちの会社を受けるというので、ここまで案内してやって、面接の予行をしていたところだ」

「お父さんこそ、どうして…」

「俺は、朝のこの時間にいつもコーヒーを飲みに来るんだ。喫茶ルームも空いているしな。

 しかし、お前たちが知り合いだったとはな。

 杉山、俺の娘に手を出すなよ。彩、こいつはいい歳して独身だからな、気をつけるんだぞ」

 えっ、杉山さんって独身だったんだ。「おじさま」から「おうじさま」に格上げしちゃおうかな。

「もう、お父さんはいいから、あっち行ってよ」

 お父さんはカウンターに行ったけど、絶対、私たちの話を聞いている。


「どうも父がすみません」

「いや、構わないよ。しかし、君が高橋の娘さんだったとは…」

 高橋、杉山と呼び捨てにしていたという事は、おじさまとお父さんは同期かしら?

「そう言えば、まだお名前を伺っていませんでしたが、杉山さんとおっしゃるんですね」

「ああ、『杉山 智久』と言うんだ。年齢はお父さんと同じだな」

「うふふ、そうですね。父と同い年とは思えませんけど」

 本当だ。お父さんより若く見える。

「それは褒められたと受け取っておこうかな」

 カウンターのお父さんは、今の話を聞いてどう思っているのだろう。


「では、面接会場まで案内しよう。会場はどこだっけ?」

 私はバッグの中から、案内の書かれたA4サイズの用紙を取り出す。

「本社1階大会議室となっています」

「そうか、では、エレベータで行こう。それじゃな、高橋」

 お父さんは私たちをチラっと見たけど、右手を挙げただけで、何も言ってこなかった。

 エレベータを降りたら、すぐ目の前に会議室がある。

「それでは、ここで失礼するよ。面接、平常心でいけば大丈夫だから」

「今日はありがとうございました」

「それでは…」

 杉山さんは最後、私に何を言いたかったのだろう。何か言葉を飲み込んだ感じだけど、それは父のことなのかしら?

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