海の彼方
東風 吹葉
第1話 痴漢
えっ、誰か、お尻を触っている。
い、いや、助けを呼ばないと。だけど、声が出ない。
いやー、誰か、誰か助けて。
怖い、怖い。もう、嫌。
「ちょっと、君、痴漢に会っているのか?こっちに来なさい」
えっ、この声は?
私は、そのまま頷いて、言われるがままに、声を掛けてくれた男の人の前に来た。
男の人は、ドアのコーナーのところに囲うと、自分の身体で痴漢の手からブロックしてくれている。
「いいかい?次の駅で降りられるか?」
ええ、どうにか大丈夫。
首で頷いた後、私は、私を守ってくれている男の人を見た。
もしかしたら、「おうじさま」かもしれない。
でも、「おうじさま」じゃなかった。
「う」が無い、「おじさま」だった。
年はお父さんと同じくらいだろうか?左右のこめかみの辺りに多少の白髪がある。
ああ、でも、私を助けてくれたことに違いないわ。
この際、「う」があろうがなかろうが、構わない。
「東京~、東京~」
電車が到着すると、乗客が一斉に動き出し、私はおじさまと一緒にホームに出た。
「大丈夫か?」
おじさまが聞いてくれた。
「は、はい。どうもありがとうございました」
「いや、そんな大した事はしていない。見れば就活のようだが、本当に大丈夫か?」
「ええ、ちょうど、ここで降りる予定だったので、良かったです」
「そうか、それでは気を付けて、それから就職の方も受かるといいね。では、これで」
えっと、どっちに行けばいいんだっけ?
取り敢えず、おじさまに付いて行こうかな。
「えっと、こっちの方向なの?」
「実は面接の会場が分からないんです。それで人の行く方に行けば会社があるのかなと思って…」
えっ、おじさまが、呆れた顔で見ている。
何か変な事、言ったかしら?
「スマホとかで調べれば、直ぐに分かるんじゃないか?」
そうだ、おじさまの言う通りだわ。
「えっ、は、はい。そうですね。駅を出たら調べてみます」
「ちなみに何という会社に行くんだい?」
「カーネル佐藤建設ですが…」
「……カーネル佐藤建設」
「ええ、ご存じですか?」
「俺の会社だ」
「ええっ、社長さんですか?」
「いや、違う。勤務している会社という事だ」
「ああ、そうなんだ。びっくりした。社長さんかと思っちゃった」
あー、もう私のドジ。なんて言う早とちり。
あっ、おじさまが何か考えている。もしかしたら連れて行ってくれるかもしれない。これはラッキーだわ。
こうなれば、お願いしゃおうかな。
「えっと、一緒に行ってもいいですか?」
「ああ、一緒に行こうか」
やったね。これで迷わなくてもいいわ。
自慢じゃないけど、地理はちょっと苦手な私。迷って遅れたら困ると思って、早めに出たのだけど、これなら余裕で着けるわ。
でも、このおじさまと一緒に歩いていると、なんだかお父さんと歩いているみたいな安心感がある。
「そういえば、名前を聞いてなかったな」
「名前ですか?『高橋 彩』といいます。今は聖アンドリュース大学院の3回生です」
そうだわ、まだ名乗ってなかったな。おじさまは何という方なんだろう。
それに、学校を知っているみたいだわ。私の事、「お嬢さま」とか思っているかしら?
「『聖アンドリュース大学院』って女子大じゃないか。そんなところの卒業生が建設会社に来るのかい?」
やっぱり、知っていたんだ。
それに、この言い様だと、わたしの事を「お嬢さま」って思っているかもしれない。
私が、建築会社に就職希望するのって、変なんだろうな。
「ええと、人に奨められて…、大学にも案内が来ていたし、それに外資系で就活も早いと聞いたので…」
そう、人に奨められたって事にしているけど、実は本当のお父さんが「うちに来ないか」って、お母さんに言ってくれたから。
それに外資系って事になっていて、多少の英語が話せる私は、英語力を生かせるかもしれないし、何といっても外資系は就活が他社より早いっていうのも魅力だわ。
4回生まで、就職先が決まらないっていうのは気持ち的にも焦るものがあるから。
「それで、面接の開始は何時からだい?」
「えっと、10時からです」
「えっ、10時…」
えっ?何で面接って分かったのだろう?そっか、会社内で通知されているのかな。
おじさまが時計を見る。そういえば、まだ8時だ。
「かなり時間があるようだが…」
「ええ、遅れてはいけないと思って早く出てきたんですけど、ちょっと早すぎたかなーと…」
まさか、道に迷うかもしれないから、早めに出て来たとは言えない。
「しょうがないな、ちょっと待ってよ」
おじさまは歩きながら、電話を取り出した。
どこに電話を掛けるのだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます