第36話 家族の事情36


「息子の事情36」


 コンテスト締切日。


 自分から希望していたわけではなかったんだけど、この日はたまたまバイトが休みだった。今日、投稿する小説は既に目を通しておいたし、昨日「俺が見てやれるのはここまでだ」と雫には直接、和泉ちゃんにはメールで伝えておいた。


 というわけで、久々に何もすることがない休日を俺は満喫していた。


 思い返せばここ1ヶ月くらいは、空いている時間は全て自分のこと以外に使っていた。自分の小説も書かず、本を読むこともせず、アニメだって我慢して雫と和泉ちゃんのために頑張ってきたつもりだ。


 あっという間の1ヶ月という気もするし、長かった1ヶ月という気もする。その間、こういう日が来ることは段々実感していたし、その時にどういうふうに思うんだろうかとか、その後どうしたいのかとか、色々考えてきた。


 で、何も結論が出ないまま今日に至る、だ。


 午前中、PCに向かって久々にネットをぶらぶらしてみたり、動画サイトを見て回ったりしていた。しばらくは新鮮味があって、夢中でそれらを見ていたんだけど、段々虚しくなってお昼前には飽きてしまった。


 そういうわけで、今はベッドの上に寝転がって、ボケっとしているわけだ。


 もうしばらくは小説やヨメカケのことは考えないと決めていたんだけど、気がつくとそのことで頭がいっぱいになる。今日は平日なので、雫は学校へ行っている。ちょうどお昼休みの時間だったから、きっと一緒にお昼ごはんを食べながら、コンテストのことをあれこれ話しているのだろう。




「父の事情36」


 今日、コンテストの最終日に投稿される小説については、既に校閲作業を終えて二人に戻して既に投稿済みだ。明日からはどうするかと思っていたのだが、雫と和泉さんの両方から「これからもしばらくは見て欲しい」と言われたので快諾した。


 啓太のやつは「もう俺に頼るな」とか格好いいことを言っていたそうだが、私からすればそれは無責任というものではないという気がする。一度乗りかかった舟だ。「必要ない」と言われるまでは、やり切るのが男と言うものだろう。


 とは言え、啓太は啓太で思う所があるようなので、これ以上は何も言わない。私はほぼ毎日を自由に使える時間を持っているからこそ、好き勝手に言えるというのもあるから。


 私は校閲作業をしながら、例のラノベを書いていた。1日1万字を目標にして、実際それ以上書いてきたので、1週間ほどで10万字ほど書き上げることができた。軽く目を通しただけで、そのまま田中のやつにメールで送っておいた。


 はっきり言って自信はある。多分。


 しかし、それを決めるのは田中の仕事だ。もし、使い物にならないということであれば、それはそれで、それだけの話だ。私が決めることではないし、お願いするようなことでもない。


 それにしても、コンテストだ。まだ終わってはいないが、ほぼ大勢は決したと言って良いのだろう。雫も和泉さんも、そして我々も皆よく頑張ったと思う。「大切なのは結果ではなく、その過程だ」という言葉は個人的には好きではないのだが、今回はそう言っても良いと思う。




「娘の事情36」


 はぁ……。


 お昼ごはんを和泉ちゃんと一緒に食べているけど、思わずため息が漏れてくる。


 今日はヨメカケのコンテストの最終日。朝、学校に行く前に、最終的な見直しをして1話投稿してきた。家に帰って、もう一度投稿しようかと考えたんだけど、見直しも終わってないし中途半端なものを投稿するよりも、ここまでのペースを守った方が良いと思ったんだ。


 それにここまで来たら、ジタバタしても始まらないもんね。


 和泉ちゃんは既にお弁当箱をしまって、ぼーっと雲を眺めている。私はほとんど手を付けていない、自分のお弁当を見つめた。昨日までは、お母さんがヨメカケや小説をモチーフにした、いわゆる「デコ弁」を作ってくれていたんだけど(結構恥ずかしかった)、今日は普通のお弁当だ。


 玉子焼きに箸を伸ばそうとすると、和泉ちゃんもお弁当をチラッと見て「あれ? 今日普通のだ」と言う。


「そうなんだよね。これがお母さん流の気の使い方かもしれないけど」

「あはは、雫のお母さんらしくないなぁ」

「だよね」


 和泉ちゃんが「ツブヤイッターの方でもその気の使い方があれば」と言っていたのを聞き逃さなかった。最近知ったのだけど、お母さんは相当和泉ちゃんとツブヤイッターで交流していたらしい。


 それを聞いて自分でツブヤイッターを見てみたら、和泉ちゃんのアカウントにお母さんがちょくちょく、と言うかかなり頻繁に話しかけているのを知って「交流というか、お母さんが和泉ちゃんにちょっかいを出しているだけじゃない」と思ったんだ。


 それで和泉ちゃんに謝ったんだけど「ううん、そうじゃないのよ」と言われてしまった。それに「お母さんには感謝しているんだよ」とまで言うから、余計に訳が分からなくなってしまった。


 コンテストはまだ終わってはいないけど、和泉ちゃんは晴れ晴れとした顔をしている。私はちょっと複雑な気分なんだよね。お兄ちゃんに「見てやれるのはここまでだ」と言われてしまってのも原因かもしれない。


 お父さんはまだ手伝ってくれるって言ってるし、お母さんはきっと勝手にやるんだろうけど、それだったらお兄ちゃんだって手伝ってくれたら良いと思うんだけどな。


 そんなことを和泉ちゃんに言ったら「うん」とだけ頷いてそのまま黙っちゃった。




「友達の事情3」


 雫のお母さん(長いから『雫ママ』と呼ぶことにする)から初めてツブヤイッターでメッセージをもらってから、やり取りをしている内に、その間隔はどんどん短くなっていって、夜も送られてきたりしていた。


 正直な所、初めは「困ったなぁ」と思っていたんだよね。学校に行っている時間、小説を書いている時間、寝ている時間は遠慮してくれているようだったけど、それ以外の時間は容赦なく送られて来るメッセージを見ていると、そんな気持ちにもなってくるのよね。


 でも前にも言ったけど、小説のPVも増えてきていたし良いこともあったから、しょうがないかなって思ってたの。


 その時も雫ママからの怒涛のメッセージに必死で返事を返していたんだけど、ふと「あら? 最近、雫ママ以外からメッセージ来なくなったな」っていうことに気がついた。私は雫の家族と一緒にやる前から、自分でツブヤイッターをやってて、プロフィールに「女子高生です」って書いていたからかもしれないけど、時々変なメッセージも来てたりしてたんだ。


 それがここ数日全く来てない。たまたまかな? そう思っていたけど、ある時知らない人からちょっと怖いメッセージが来ていたの。「どうしよう……」ちょっと困ってしまった。小説を応援してくれる人だったら、下手に対応すると色々大変なことにもなる。


 SNSの怖いところだよね。それで相談しようと思って、雫ママのアカウントページを開いて驚いたの。雫ママが、その人に「ちょっと、うちの和月ちゃんとお話ししたいのでしたら、私を通して貰わないと困ります」ってメッセージ送っていたのよ。


 あんまりにもおかしくって、声を出して笑っちゃった。


「なんか、マネージャーさんみたい……」


 でも、きっとそういうことをずっとやってくれてたんだよね。私が余計なことに煩わされないようにしてくれていたんだもんね。本当に雫ママには頭が上がらないと思った。


 まぁその分、雫ママからのメッセージは大量に届いていたんだけど。




「母の事情36」


 今日でコンテストが終わりだなんて、なんだかちょっと寂しいわよね。啓太に聞いたら、この後ヨメカケ編集部さんの選考っていうのがあるらしいから、結果が出るのは1ヶ月後ってことらしいんだけどね。


 雫と和泉ちゃんとお話ししたら、どちらも「コンテストが終わっても、小説が完結するまでは書く」って言ってたわ。そういうことなら、ぜひお手伝いしたいよね。ふたりとも了承してくれたから、しばらくは今の調子で続けていこうかな。


 そうは言っても、今後はどうしよう……。ツブヤイッターでの活動は、雫と和泉ちゃんを応援するのが目的だったからね。いきなり止めるわけにはいかないし、何より面白いからね。


 そうなると、義弘さんや啓太のこと……かな? でも、本当はもう決めてあるの。雫たちのお手伝いをしているうちに、次はこうしようと思っていたことがあるのよ。だけど、ちょっとみんなのやっていることを見てると、段々自信がなくなってしまってきているのよね。


 誰かに背中を押して欲しいと思ってたのかもしれないわ。本当は雫や和泉ちゃんのように、自分から動かないと何も変わらないのは分かっていたのにね。そういうことって頭で分かっていても、なかなか行動に移すのは難しいものよ。


 今まではあんまり後先考えずに動けたんだけど、ここ数週間で色々考えたりしている内に変なクセがついちゃったのかもしれないわね。


 でも、ついさっき義弘さんとふたりきりになった時「お母さんは、もう小説を書かないのか?」って訊かれたのよ。思わず「ありがとう!」って義弘さんの手を握ってしまったわ。


 義弘さんは意味が分からないという顔をしていたけれど、私にとっては、それが何より背中を押してくれる言葉だったのよね。

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