第35話 家族の事情35
「息子の事情35」
俺は人生で初めて、プレッシャーというものを感じていた。
自分で言うのもあれだけど、俺は普段あまりそういうものを感じたりしない。小さいプレッシャーみたいなのを感じることは時々あるけど、だいたいほとんどは一晩寝れば忘れてしまう。
そんな俺でも、ここ数日プレッシャーのせいで胃が痛い。
考えてみれば、今まで責任を感じるのは自分のことだけだった。他の誰かの分を背負い込むことなんて、二十歳のフリーターにはあまりないことだから。
今はふたり分の責任を負っている。もちろん、雫と和泉ちゃんのだ。出来上がった小説を読んで「面白い」とか「ここはちょっと」と言っているうちは良かった。でも、段々プロット段階にまで口を出すようになってきて、その時点で「ここは直した方が良い」と言うこともあったりした。
そして、ふたりがその通りに直して小説を書き上げてきたのを見た時から、少しずつプレッシャーを感じるようになってきたんだ。自分の意見が小説に反映されるということは、自分の責任も重くなるということだ。
時々「こんなもんかな?」と思ってしまうこともあった。でもそれは「中途半端にすることで、自分に責任がないと逃げている」ことじゃないかと考えたりしたんだ。余計に自分を追い込んでどうするよ? でも責任の重さは、面白さと比例しているとも思った。だって、俺の意見が反映されてるんだぜ?
そのやり取りが繰り返される度に、俺が小説やプロットを確認する時間は、どんどん長くなっていった。始めは1時間ほどで終わっていたものが、今では数時間かけても、本当にこれで良いのか分からなくなっている。
そういうわけで、すっかり寝不足になって、胃痛に悩まされて、ここ数日はボロボロな状態になってきていた。
でも、悪いことばかりじゃない。コンテスト終了まであと1週間という時期に来て、和泉ちゃんの小説がコンテストのランキングで3位にまで上がってきた。雫は相変わらず2位をキープしている。
コンテストのランキングは、基本的にどのように集計されているのは公開されていない。でも、PVやレビュー数などが関連していることは間違いないだろう。俺が手伝い始めてからしばらくは、それらを集計してみたりしてんだけど、段々意味がないことに気がついたんだ。
だって、それが分かった所で、どうしようもないから。「PVはこのくらいあれば良い」とか「1位を獲るのに必要なレビュー数は」とか知ったとして、雫たちに伝えたって仕方がない。
俺たちに出来るのは、面白い作品をたくさんの人に読んでもらえるようにすることだけだ。
「父の事情35」
校閲の仕事は、もちろん大変な作業だ。これは前に言った。しかし、1話辺り4千字くらいの小説がふたり分で8千字。和泉さんが2話上げてきても1万字ちょっとだ。
これくらいの文量ならば、一日中机にかじりつく必要もない。しかも、近頃は作業にも慣れてきて、午前中には全て終えてしまうようになっていた。
そういうわけで、ここ数日午後からは比較的のんびりと過ごしていた。しかし、あまりにも退屈だったのと、雫たちの小説を読んでいるうちに、なんとなく火が付いたような気がして、もう一度自分の小説を書くことにしてみた。
当初は田中やお母さんの言いなりになっているのが癪だったので、自分の書きたいものを書くのだ、とPCに向かったのだが、どうも調子が出ない。
どうやらあまりにもラノベに接する時間が長かったせいか、自分の中でリズムがずれてきている気がする。それをリセットしようと書棚を眺めてみたら、未読のものは例の通販で買ったラノベばかりだった。
どうもラノベから逃げる事はできないらしい。
一時期書き始めていた自分のラノベをPC画面に映し出してみる。改めて読み返してみると、我ながらこれは酷い。あの時はそこそこの出来だと思っていたが、時間を置いてみると、アラが見えてくる。
話の流れも、文体も、全てが割り切れていないと感じる。どこかでまだ「真夏の残照」を引きずっている。文学作品を書こうとしている。田中の言う「60歳のラノベ作家」というキーワードは、確かに(色々な意味で)キャッチーだとは思うのだが、今の作品はただ「痛い」ものになっている。
私は書棚から2冊ほどラノベを引く抜くと、それに目を通した。頭をラノベに切り替えてから、再びPCに向かって小説の頭から書き直してみる。途中で読み返しては「まだ固い」と消す。ひたすら書く。読み返す。消す。書く。
設定も駄目だ。異世界にする。30歳くらいの男が異世界に転生して無双するのだ。色々な女の子が近づいてきてハーレムになるのだ。くだらない? くだらなくなどない! テンプレ? それがどうした!
60歳のラノベ作家という時点で、既にテンプレ通りではないのだ!
「娘の事情35」
コンテストの締め切りまで1週間になった。
家族や和泉ちゃんのお陰で、今は前みたいに悩んだりすることはない。プロットもお兄ちゃんが意外なほど的確なアドバイスをくれるようになったので、それほど迷うこともなくなったんだ。
和泉ちゃんの希望で、両方のプロットを送り合ったりしているので、それも参考にしたりして、今は書くことだけに集中できている。
それでもヨメカケのホームページを見ると、はぁ、とため息が出ちゃう。かなり頑張って考えて書いているつもりだし、お母さんのお陰もあって、PVもレビューもハートマークも順調に増えてきている。
なのに、まだ1位にはなれない! 今までできるだけしなかったんだけど、こっそり1位の小説を読んでみた。途中からだったので、あらすじは分からなかったんだけど、それを差し引いてもかなり面白くって、気がついたら数話夢中で読んでた。
なかなか敵は手強い。
それに1位の小説だけじゃないんだ。
和泉ちゃんの小説もいつの間にか3位に上がってきてた。「凄いね!」と喜んだ後「……大丈夫かな」と心配になった。和泉ちゃんとは、前よりもすっかり仲良くなったけど、ヨメカケ上ではライバルなのだ。
ここ最近守り通してきた2位の座は明け渡したくはない。それにできれば1位になりたいし!
和泉ちゃんは最近1日2話も更新してる。「このペースなら締め切り前に山場ができそう」って言ってた。一方私の小説は1週間ほど前に山場を越えて、今は次の話が始まってきたところだ。
盛り上がりということを考えると、分が悪い気がする。ただ、今更プロットを変える気はないんだ。この次の話も構想自体は出来上がっているから、そこを変えちゃうと毎日更新が出来なくなっちゃう。それの方が駄目だろうと思ったの。
そんな話をお兄ちゃんにしてたら「本筋に影響ない範囲で、面白い話を挿れてみたら?」と言ってた。キャラクターの過去のエピソードとか、お笑い回みたいなのってお兄ちゃんは言ってた。
そっか、そういうのって、今までやったことなかったなぁ。
「友達の事情2」
朝、目が覚めた瞬間、布団から飛び出してパソコンの電源を入れた。まだ頭は上手く働いていないけど、これはここ数週間の日課のようなものなので、ほとんど反射神経だけで出来るようになった。
パソコンが完全に立ち上がるまでに、ひとまずトイレに行って、ついでに顔を洗って目を覚ますんだ。部屋に戻ってくる頃には、ちょうど起動が完了。すぐにブラウザを立ち上げて、ヨメカケのサイトをチェックする。
「やった! 3位になってる!!」
思わず声が出て、慌てて口をつぐむ。こんな時間だとまだ誰も起きてきていないけど、万が一お父さんに聞かれたら、説明が難しいからね。
それにしてもやっと3位だ。喜んでばかりはいられない。だって、私は本気で1位を獲るつもりで小説を書いているんだから。そう言えば雫も1位を獲りたいって言ってた。かなり目が本気だったなぁ。
なんでも「将来の武田家を支えないといけないから」らしい。ちょっと生生しい話だったから、あんまり深くは聞けなかったけど、雫は雫で苦労しているんだね。
だからと言って、1位を獲りたいのは私も同じ。手加減はするつもりはないからね。というか、そんな余裕はない。
ヨメカケのコンテストの順位が、どのように集計されているのかは公表されていないっていうのは知ってるけど、PVやレビュー数などを見る限り、1位はまだまだ先を走っていて、それを雫が追いかけている。やっと3位になった私と雫の間も、まだまだ差が開いているんだよね。
コンテスト終了までにそんなに時間はない。今はなんとか1日2話を投稿しているし、このペースなら一番の山場がなんとかコンテスト期間中に投稿できそうだ。
でも、その山場に少し自信がないんだ。雫のお兄さんにそのことを相談したら「悪くないと思うけど」って返事が来た。私は「悪くないじゃなくて、凄いものにしたいと思っているんです」「ひとつでも順位を上げたい。雫にも勝ちたいし、できれば1位になりたい」と胸の内を明かしたの。
そうしたら、お兄さんは「分かった。ちょっと待って」とメールをくれたの。気持ちが通じた気がして、少し嬉しかったかなぁ……。
1時間くらい待ってから、メールの返事が届いた。
お兄さんは、山場の前にもうひとつ山場を持ってくるプロット案を書いて送ってくれたのよ。初めは「ちょっと安易かな」と思ってたんだけど、何回か読み直していると「ちょっと待って」となって「あっ! そうか!」って気がついて、そこからは無我夢中で小説の続きを書いてた。
気がついたら、深夜になってしまってたんだけど、パソコンへのメールだしいいかな、と思ってお兄さんに送信。その後スマホを見たら、やっぱりびっくりするくらい、雫のお母さんからメッセージが届いてた。
ごめんなさい! でも、今日はちょっとお返事できませんでした。
さて、もう寝ないと、と思ってパソコンを見たら、お兄さんから返事が届いていたの。もうとっくに寝てると思ってたのに、ちゃんと起きてくれてたんだ……。
「母の事情35」
「お母さん、お母さん」
そう呼ぶ声でうっすら目を開けたら、義弘さんが心配そうに覗き込んでいたの。どうやらソファーで寝ちゃってたみたい。あら、もうこんな時間なのね。
手に持ってたスマホを見てみたら、たくさんの通知が届いていたわ。早速それを読んで、お返事したり、小説を読みにいったり、フォローをお返ししたりしてたんだけど、義弘さんは相変わらず心配そうにしているのよ。
「あんまり根を詰めすぎないように」って言ってくれるのよ。やっぱり、優しいわよね。でも、コンテストが終わるまで、あと1週間ですもの。たくさんの人とのやり取りも面白いし、それが少しでも雫と和泉ちゃんのお役に立てているのなら、ちょっと無理してでも頑張らないとね。
それにしても、本当にたくさんの人たちと交流できるようになったものね。
「まーちゃん、この前言ってた小説読んでみたよ! 面白かった!!」
「新しい小説書いたから、読みにきてね〜 ^^/」
「ちょっと聞いてくれる? この前、彼にこんなこと言われたんだけど」
「まーちゃん、レビューありがとう!」
「前に書いてたって言ってたけど、自分で小説は書かないの?」
「し、雫さんは、まだ彼氏できてないですよね(切実)」
うふふ。みんな面白い人たちよねぇ。大丈夫よ、雫は今、小説に掛かりきりだから、彼氏なんて余裕はなさそうです!
そんなやり取りをしてたんだけど、流石に眠くなってきたの。今日は早めに寝ようかなって、みんなにお休みしてからお布団に入ったのね。
目を瞑って横になって、みんなとのやり取りを思いだしながら「あと、1週間。頑張ろう」って思ったの。でも、ふとあることに気がついたの。
(あれ? 1週間後。コンステストが終わったら、ツブヤイッターはどうなるのかな?)
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