第34話 家族の事情34


「息子の事情34」


 和泉ちゃんが家を訪ねてきてから、そろそろ1週間が過ぎようとしていた。俺達は協力して毎日懸命に作業を続けた。雫と和泉ちゃんは日中学校があるので、夕方帰宅後執筆を開始し、出来上がった話と次の話のプロット(箇条書きのものだ)を一緒にメールで俺に送る。


 俺は午後からのバイトシフトに変わっていたので、それを夜中の内に目を通して返信しておく。出来上がっていた話の方はほとんど手を入れる必要もなかったので、事前に打ち合わせしておいた内容との違いを確認するだけ。


 プロットの方はできるだけ先の方まで創っておいてもらって、それを見てアドバイスというか、感想を書き込んでこれも返信。雫たちには朝、少し早起きをしてもらって、一応もう一度チェックしてから、今度は親父に送ってもらう。


 親父は日中にそれらを確認し、ミスがある箇所があればチェックして、返信しておく。雫たちが帰宅後、それらを修正してから投稿、そのまま次の話の執筆に取り掛かるという流れになった。


 これだと1日ごとに1話の投稿が可能となるので、学生の身分としてはほぼ最速じゃないのかな? 始めはクラウドのストレージ(ネット上に共有ファイルを置けるやつ)を使おうかと思ったけど、雫が「使い方が難しい」と言って、和泉ちゃんもそれに同意したので、このようなやり方になった。


 見事なまでに意見の一致しているふたりだったけど、唯一違ったこともあった。それが「執筆スピード」だ。


 俺達は「ちゃんと見るから、書く時は自己チェックの時間をなくして、その分先を書くように」と言っておいたんだ。でも雫は相変わらず完璧主義者なのか、俺のところにメールを送って来る時間が遅い。


 風呂から上がって22時くらいからチェックしたいと思っているんだけど、日付を跨いでも届かないことがあって、雫の部屋に行ってみたら「もうちょっと」って言うんだ。


 プロットは完全に出来ていたのに、一体何を悩むことがあるんだ? そう思って部屋に入って確認したら、すっかり原稿は出来上がっているのに、何度も読み返していたらしい。本人曰く「だって、見てもらう前に確認しておきたいし」ということらしい。


 それだと俺たちの意味がないと思うのだけど。


 一方、和泉ちゃんの割り切りっぷりは凄い。まず、夕食前にメールが届く日も多いし、そういう日はたいてい風呂上がりにはもう1通届いている。プロット案もいくつかのパターンを書いており(雫のやつは、練りに練ったひとつだけ)俺に「選んで下さい」と書いてきている。


 俺は文章表現などは親父の仕事だと思っているので、あまり詳しく見ていないんだけど、時々「あれ?」と思ってしまう文章でも、そのまま送ってくる。この辺りは割り切って「投稿数を稼ぎたい」ということなのだろう。


 今、ヨメカケのコンテストの順位は、雫が2位で和泉ちゃんが4位。俺からすればどちらも充分過ぎるくらい凄いと思うんだけど、ふたりにとってはまだまだ不満らしい。


 コンテスト終了まで、あと2週間。




「父の事情34」


 朝食後に新聞を読んで自分の部屋に戻ると、パソコンを開く。雫と和泉さんからメールが届いていた。


 小説自体の構成は、既にふたりと啓太の間で行われているので、私はひたすら校閲作業を行う。校閲と言っても、誤字脱字を探すことだけじゃない。これまでに投稿された作品を事前に確認しておいて、それらで使われていた漢字や名前、地名などが、作品内で変わったりしていないかのチェックも行わなければならない。


 特に注意しなければならないのが「数字の表記」だ。「10」と「十」などの違いもそうだが、アラビア数字の場合、全角と半角の違いもある。また、結構見落としがちなのが「人名の呼び方」。


 主要な登場人物は、当然作品の中にもよく登場するので、あまり間違えることがないのだが、久々に出てきたキャラクターの場合は注意しなければならない。


 以前は「◯◯さん」と呼んでいたのに、次の登場時には「◯◯ちゃん」となっていたりすることもあるからだ。そこに明確な理由があれば問題ないのだが、そうではない場合は直すべき箇所になる。


 「そんな細かいことを」と思われる方もいるかもしれない。しかし、そんな細かいことに気がついてしまう読者もいるのだ。そういう読者にとって、そういうミスを見つけた時点で、今度は作品が間違い探しの対象となってしまう。


 つまりは物語に没頭しなくなってしまうこともあるのだ。


 既に投稿されている話の中にも、そのような箇所は所々あった。それらは真っ先に彼女たちに伝えておいたので、既に修正済みになっている。


 校閲作業は通常、始めに渡された原稿に対して行われる。修正箇所に手が入れられたものが再び帰ってきて、指摘した箇所が直っているかどうかの確認が校正と呼ばれる作業だ。まぁ今回は一発作業でやってしまうので、どちらもまとめてやっている。


 最終的には投稿後でも修正できる。印刷された書籍だとこれができない。こういう部分ではネットの小説というのは素晴らしいのかもしれない。


 それにしても、雫と和泉さん。ふたりは友達同士ということもあって、性格もよく似ていると思っていたが、送られてくる小説を見ると、意外と違うのだなということが理解できる。


 雫は本当にミスが少ない。その分、多少文体にリズムがなく、平坦になってしまっている気がするが、物語としては面白いので、構成力があるのだろう。


 和泉さんは、はっきり言って直す箇所が多い。これはうっかりと言うよりは「そこを見るのは自分の仕事ではない」とある程度割り切っているフシがある。現に、私たちが見る前に投稿されたものは、ほとんどそういう部分がなかったのだ。


 本を出版物として書く場合、そういう姿勢はあまり褒められたものではないのかもしれない。しかし、今回和泉さんは「できるだけ多くの話を投稿したい」と言っていた。


 和泉さんが我が家を訪ねて来た時、コンテスト終了まで3週間ほどしか残っていなかった。毎日1話投稿しても20話くらいしか投稿できない。和泉さんが言うには「今の小説の一番盛り上がる箇所が30話先」なのだそうだ。


 コンテスト中に盛り上がる箇所を投稿したい、そうなると投稿スピードを上げて行くしか無いということだ。そして、それを実行するために、和泉さんはとにかく書いて書いて、次々と送ってくる。


 今では1日に2話送ってくることもザラだ。


 私としては、まだまだ余裕があるので全く問題ない。なにせ、それを口実にラノベの件を先延ばしに、そしてその内有耶無耶にすることだって出来ると思ったからだ。




「娘の事情34」


 和泉ちゃんの様子が最近おかしい。


 和泉ちゃんは学校でも真面目な生徒として通っているんだけど、この前は授業中に居眠りをしていて、先生に怒られていた。周りの生徒たちも「大丈夫?」と、普通じゃない様子に、思わず心配していたくらいだ。


 和泉ちゃんは「大丈夫、大丈夫。ちょっとボケーッとしてて」と笑っていた。それでも私は心配だったので、今日のお昼に「ご飯、一緒に食べよ」と誘ってみたんだ。


 ふたりで中庭に出て、木陰に座った。和泉ちゃんは、相変わらずテンポよく、パクパクとお弁当を平らげていく。私はその様子をちょっと観察してたんだけど、なんとなく和泉ちゃんの表情がおかしい気がしてきた。


 もしかして、目の下のそれってクマ?


 私がそう訊くと、和泉ちゃんは「あはは、ちょっと寝不足でねぇ」と苦笑いした。もしかして、まだお兄ちゃんとのことを引きずっているのかもしれない、と私は思ったの。


 あの件は、とりあえずコンテスト終了までは考えないようにしとうと、和泉ちゃんと話して決まったはず。でも、そういうのは簡単にはいかないものだよね。もし、そのことが引っかかっていて、夜も寝られないほどになっているんだとしたら、なんとかしてあげたい。


 そうは言っても、この話を蒸し返して良いのだろうかとも思うんだ。和泉ちゃんが寝られない理由が、お兄ちゃんとのことではなくて……例えば小説のことだったりしたら、藪蛇になってしまうかもしれないからね。


 うーん、どうしたものかなぁ……。少し困ってしまった。和泉ちゃんは既にお弁当を食べ終わって、中庭に植えられている木にもたれかかって、半分ほどまぶたが閉じかかっている。


 よほど眠いんだね。少し寝かせておいてあげよう。でも、さっきから和泉ちゃんのスマホから、定期的に聞こえてくる音は一体何なんだろう? メールかSNSの着信音? どこかで聞いたことがある音なんだけど……。


「和泉ちゃん、なんかさっきから鳴ってるけど?」

 

 私がそう訊くと、和泉ちゃんは薄っすらとまぶたを開けて「あぁ……それ、ツブヤイッターの通知音なの」と、雲を眺めながら言う。あぁ、そうか。和泉ちゃん、元々ツブヤイッターやってたもんね。交流が盛んなのかな?


 それにしても結構な頻度で鳴ってるよね。


 「返事、しなくてもいいの?」と訊くと、和泉ちゃんは渋々、という感じでスマホを取り出し、それに目を通した。再び渋々という雰囲気を醸し出しながら、何か文字を入力している。


 ふぅっとため息をついてスマホをスカートのポケットにしまう。するとまた例の音が鳴る。和泉ちゃんはスマホを取り出す。それの繰り返しが、何度も行われている。


 ツブヤイッターで、読者さん交流するのも結構、大変なんだね。




「友達の事情1」


 雫の家に行ってからそろそろ1週間。


 色々あったけど、私は本当に嬉しかったんだ。私のお父さんは、前にも言ったけど、一応作家さん。最近は小説だけではなくって、エッセイとか雑誌のコラムとか色々なものを書いているけど、それでも年に数冊は小説を出版しているんだ。


 小さい頃からそんなお父さんを見て育ってきたから、物心ついた時には「私も将来は小説家になる」と自然に思っていたのね。


 小学校の頃は、自分で創った小説を見せたら、お父さんは褒めてくれてた。でも中学生になった頃から段々読んでくれないこともあったりして、高校受験の頃になると「和泉、今は勉強を優先しなさい」って言われたの。


 私はその言いつけを守って、無事希望の高校へ進学できたので、さぁいよいよ本格的に小説を書いていこう、って燃えてたのよ。でもお父さんは、はっきりと「それには反対だ」って言った。「小説家なんて止めておきなさい。和泉はちゃんとした仕事をすべきだ」って。


 だけど私はずっとそう思って頑張ってきたのに。今更そんなことを言われても簡単に諦められるわけないじゃない?


 だから隠れてこっそり小説を書いたりしていた。ある時、ヨメカケのことをネットで知って「これだ」と思ったの。コンテストで1位を獲れば、お父さんだって、認めざるを得ないんじゃないかって。


 ちょっと不安だったから、友達の雫に相談して、意を決して投稿してみたの。始めは結構「面白いものだ」と思ってた。でも、やっている内にちょっと不安になっちゃったりもしたんだよね。


 だから、雫のお兄さんが話しかけて来てくれて、その後、雫の家族の皆さんが手伝ってくれるって言ってくれた時は、さっき言ったように、本当に嬉しかった。誰かと一緒に創っていけるっていうのが、こんなに楽しいことだとは思わなかった。


 もちろん、最終的には自分の作品は、自分の責任で創るものだとは思っているけど、その過程で色々な交流があるっていうのが、こんなにも支えになってくれるっていうのを知っただけでも収穫があったと思うの。


 そんな感じですっかり浮かれていたから、雫のお母さんからツブヤイッターで「和月ちゃんと色々やり取りしたいなぁ」と言われた時も「ぜひ! やりましょう!!」って感じでウッキウキだったの。


 始めは「好きな食べ物は何ですか?」とか「休日はどんな感じで過ごしているの?」とか聞かれていて「なんだか、インタビューみたいだな」と思いながらも悪い気はしてなかったのね。


 そう言った質問以外にも、小説を書く時の悩み事とか、最近読んだ小説のこととか、色々やり取りがあったりして、日を追うごとにペースが早くなってきた。


 一応、学校から帰ってきて、しばらくは小説を書いてるって言ったから、それは考慮してくれてるみたいなんだけど、それ以外の時間は、かなりの頻度で雫のお母さんからのメッセージが届いている。


 今、目の前で雫が「大丈夫?」って聞いてくれているけど「あなたのお母さんからのツブヤイッターのせいで寝不足なの」とは、口が裂けても言えない。


 それに実際のところ、私は迷惑だとは思ってないのよ。だって、お母さんが私のことを色々宣伝してくれているみたいで、あれから小説やツブヤイッターのフォロワー数は凄い勢いで増えてきているんだよね。


 小説の方はそれだけじゃなくって、レビューもハートマークも確実に増えてるし、間違いなく効果が出ている。


 それにしても、雫のお母さん、一体いつ寝てるんだろう……? 私が見る限り、24時間ずっとツブヤイているように見えるんだけど……。




「母の事情34」


 和泉ちゃんが「家族編集部」に加わってから、そろそろ1週間。早いものよねぇ。


 あの日、和泉ちゃんが我が家に来てくれてから、色々やり取りをしたんだけど、考えれば考えるほど責任重大だと思うのよ。


 雫は我が娘だから、責任と言うより違う感情かな? でも和泉ちゃんはそうじゃないよね。あ、家族的な感じでやってはいるのよ。だけど、やっぱり雫よりも和泉ちゃんの方が、なんとかしてあげたいって思っちゃうのよね。


 だから極力、雫のことは後回しにして、和泉ちゃんとツブヤイッターで交流することにしたの。もちろん、他のフォロワーさんとの交流も大切だから、やってみて分かったんだけど、結構大変だったのよね。


 それでも和泉ちゃんの小説は4位だし、もうちょっと頑張ってなんとかしてあげたいって気持ちになってくるのよ。だって、小説自体はあんなに面白いんだもの。読んで貰えれば人気になるのは間違いないのよ。


 なんとしても、まずは3位になって欲しいとあれこれ考えて、思わず恭子ちゃんに「レビューしてあげて」ってお願いしちゃったのよね。恭子ちゃんは、ヨメカケでは有名なレビューする人(れびゅあー? れびゅわー? だっけ?)って聞いたから。


 でも恭子ちゃんは「それ、別に良いけど。でも、本当に良いの?」って訊いてきたの。なんだか難しいこと訊かれてるなぁと思って、意味が分からなかったんだけど、どうやら恭子ちゃんは意図的に、雫の小説も和泉ちゃんの小説も読んでないらしいのよ。


 もし恭子ちゃん(まいたけちゃん)と雫(ぴょこたん)と和泉ちゃん(和月ちゃん)が知り合いだってバレたら、問題になるもしれないって。そんな風に思ってたみたいなのね。


 私も必死になりすぎて、そこまで気が回らなかったなぁ。流石は恭子ちゃんだ。


 私は「ごめんね」って謝っておいたわ。でも、そうなると私が、もっと頑張らないと……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る