第33話 家族の事情33


「息子の事情33」


 その後のことは俺自身、よく覚えていない。


 和泉ちゃんが「お兄さんの小説面白い」って言ってくれて「そういう小説を書ける人ならお付き合いしても」とも言ってくれた。


 雫は呆然していたし、和泉ちゃんも真っ赤になって黙り込んでしまった。俺は思考が完全に停止して、一体何が起こっているのか分からなかった。


 我に返ると、雫が「少し話をしてくるから」と和泉ちゃんを自分の部屋へと連れて行ってしまっていた。


 ふたりが出て行った後、母さんが「駄目じゃない、啓太。あそこはもっと押さないと」と駄目出しをしてきた。親父もウンウンと頷いている。押すって、一体何を? いや、本当は分かるけど分かりたくない。この手の話を両親に聞かれた上にアドバイスされるのは、正直勘弁して欲しい。


 そんな感じで、俺としてはなんとなく納得がいかない展開になったけど、とりあえず修羅場は脱したらしい。今後のことは、その都度考えていくとしよう。と言うか、今はあまり考えたくない。


 しばらくすると、和泉ちゃんと雫が戻ってきた。和泉ちゃんはまだ顔が赤いが、さっきよりは落ち着きを取り戻しているようだった。雫は……てっきり問い詰められると思っていたのだが、意外とあっさり「とりあえず、コンテストは和泉ちゃんと一緒に頑張るから。みんなも協力してくれると嬉しい」と言っていただけだった。


 当然俺も、他の家族もそのつもりだったから、特に反対することもない。和泉ちゃんは頭を下げて「よろしくお願いします!」と言っていた。


 その後、俺達はお互いのメールアドレスやSNSなどの情報を交換して、後で小説の原稿などを送ってもらうことを決めた。今日はもう遅くなっているから、和泉ちゃんは帰ると言う。


 母さんが「啓太、送ってきてあげたら?」と目で訴えていたけど、雫がキッと俺を睨んで「私が送ってくるから大丈夫」と言って二人で出て行ってしまった。俺達は玄関まで見送りに出た。帰り際にも和泉ちゃんはもう一度頭を下げて「ご迷惑をおかけしますけど、よろしくお願いします」と言っていた。


 そんなに言わなくても良いのに、律儀な子だ。


 とは言え、これからが大変だ。雫のやつが帰ってきたら、今度こそ問い詰められるかもしれない。何度も言うように完全な誤解なのだが、いつの間にか俺が悪いみたいな雰囲気になっていて、実際俺自身もそう思いつつあるから困ったものだ。




「父の事情33」


 色々あったが、結果的には良かった……のだと思う。


 和泉さんはその晩に、早速原稿をメールで送ってきていた。ヨメカケに既に掲載されているものと見比べてみると、随分先の方まで執筆済みのようだった。雫も相当早く送ってくるが、この調子なら私たちの仕事もはかどるので助かる。


 和泉さんはメールで啓太とのことには触れず「たくさんご迷惑をおかけします。でもがんばりますので、よろしくお願いします」と改めて書いてきていた。


 思わず「今時の若いものにしてはしっかりしている」と言いそうになるが、実際、今時の若いものの方が、今時の大人よりも余程しっかりしていると思う。


 もちろん例外もあるだろうが、それは世代の問題ではなく個人の問題だろう。田中の奴なんて、今でこそ随分マシになってきたが、入社当時など相当酷かったからな。


 いずれにしても、これほど頼りにされたら、こちらとしてもがんばらないといけない気持ちになってくる。


 私は一通り原稿をチェックしてみた。誤字・脱字は全く見つからなかった。多少表現の方法などに「どうかな?」という箇所があったので、それだけチェックしておく。


 その時点でそこそこ遅い時間になっていたので、後は明日にすることにして、息抜きの意味で久々にヨメカケをチェックしてみた。ここ最近は色々なものに振り回されて、よく考えるとろくに確認してなかったことに気がついたからだ。


 そもそも今やっていることは、ヨメカケのコンテストで雫と和泉さんに良い成績を取ってもらうためのものだ。話の内容などは、雫たちと啓太が考えることだろうが、それでも知っておく位は必要だろう。


 ヨメカケのトップページを開くと、そこには「ヨメカケ1周年記念コンテスト 途中経過!」と書かれたバナーが表示されていた。それをクリックするとジャンル別の順位が掲載されたページが表示された。


 雫の小説は「ファンタジー部門」の2位にあった。おぉ、結構凄いじゃないか。コンテストの順位の基準が何なのかは分からない仕組みになっていたが、恐らくPVやレビューなどの総合評価なのだろう。


 和泉さんはメールに「和月」というペンネームが書かれてあったので、それを元に調べてみたら、あっさり見つけることができた。なんとジャンル別で4位にいたのだ。


 雫に比べて随分後から投稿を始めたと聞いていたが、これはなかなか立派じゃないか? 色々調べてみるとPV自体は結構多いみたいだ。しかしレビューの数が雫と比べてかなり少ない。これが増えてくれば、まだまだ順位を上げていくことは可能だろう。


 それにしても、問題は1位にいる小説だ。


 この小説は雫が投稿するよりもずっと前から連載を始めていたらしく、読者もしっかり付いているらしい。PVもレビューもハートマークも、圧倒的に多い。まさに死角がないように思えてくる。


 強いて言えば、最近更新のペースが落ちてきているらしく、最新話辺りを見てみると、どうもマンネリ化してきていて、作者も相当苦労しているようだった。


 コンテストは1位作品だけが、賞金と書籍化の対象となる。2位じゃ駄目なのだ。コンテストは後3週間ほど。時間があるようで、実際にはない。この順位を覆すのは結構大変なことかもしれない。




「娘の事情33」


 和泉ちゃんは大丈夫だと言っていたけど、私も聞きたいことがあったので、やや強引に見送りと称して一緒に家を出た。


 もちろん、お兄ちゃんとのことだ。せっかく小説の方の問題は解決したと思ったら、別の問題が出てくるなんて。正直、和泉ちゃんには思い直してもらいたかった。ふたりで小説に集中したい、というのもあったけど、自分の友だちが兄妹とお付き合いするって、なんだか嫌な気がしたのよね。


 でも私は和泉ちゃんの性格を知っている。私も相当だと思うけど、和泉ちゃんもかなり頑固だ。一度言い出したことは滅多に変えない。いつもはしっかり考えて言ったりする方だから、それでも問題ないことが多い。


 ただ今回は話を聞く限り、かなり「勢いで」決めているフシがあるのよね。あまり浮いた話もなかった和泉ちゃんだから、余計に舞い上がってしまっているんじゃないかと私は思った。


 その結果、あまり深く考えずに結論を出してしまったんじゃないかな。でもその場合でも、私が「止めた方が良い」と言うのは慎重にしないといけない。頑固な人間は余計に頑なになる可能性があるからね。頑固同士だから分かる気持ちだ。


 隣を歩きながら和泉ちゃんの顔を見ると、なんとも言えない表情をしている。なんとなく気まずくなって、思わず「小説、頑張っていこうね」とありきたりなことを口にした。


 和泉ちゃんは「うん」と小さく頷いただけだった。でも、少ししてからもう一度「うん」と今度は大きく頷いて、私の方へ振り向くとこう言った。


「雫、色々ありがとうね」


 私はふたつの意味で嬉しかった。ひとつは「和泉ちゃんと和解できたことを再確認できた」ことだ。家での話し合いで、和泉ちゃんが「家族編集部」として一緒に頑張っていくとなった時点で、それは分かっていたんだけど、やっぱりこうして言葉にしてくれると、改めて実感できる。


 そしてふたつ目は「話が上手く小説の方へと逸れた」ことだ。お兄ちゃんとのことは、このままうやむやにしておいた方が良いと思う。きっとコンテストに夢中になっている内に、どうでも良くなってしまうんじゃないかな。


 そんな希望的観測をしていたんだけど、和泉ちゃんの次の言葉で、私はそれが間違いだったことを思い知らされた。


「お兄さんの件。私、結構本気なんだよ」


 想像を遥かに越えた和泉ちゃんの頑固さを、どうやら私は測り間違えていたらしい。




「母の事情33」


 雫が和泉ちゃんをお見送りに行っている間に、私はツブヤイッターにいくつか投稿をしておいたの。


 もちろん、細かい部分は書かなかったわよ。啓太とのこともね。


 和泉ちゃん……ヨメカケでは和月ちゃんね。和月ちゃんが私たちの「家族編集部」に加わったこと。雫と同じ高校のJKだということ。ふたりは友達で色々あったけど、今日ちゃんと仲直りして、前よりずっと仲良しになってくれるといいなと思ったこと。


 あ、でも、和泉ちゃんの情報ってあんまり知らないのよね。作家の広田コウスケさんの娘さんっていうことは知っているけど、もちろんこれは書いちゃ駄目。雫のことだったら色々書けるんだけどなぁ。


 いっそ雫に聞いてみようかな?


 駄目だと思ったけど、家に帰ってきた雫にあれこれ尋ねてみたの。でもやっぱり「友達を売ることはできない」って拒否するのよね。ちょっと大げさじゃない? 


 でもツブヤイッターをやってて思ったのは「どんな小説か?」というのも大切だけど「どんな人が書いているのか?」っていうのも結構大切なことなのよね。親近感が湧くっていうのかしら?


 だからぜひ和泉ちゃんのことも色々知りたいって思ったの。雫が駄目だったら、啓太は……とも思ったけど、こちらは相当疲れ果てているらしくって、今はリビングのソファーで魂を抜かれたように放心してるわ。


 どちらにしても、啓太もそこまで深いことは知らないだろうし。普段の生活のことを投稿するのも大切なんだけど、やっぱりちょっと際どい話の方が面白いのよね。


 晩ごはんの片付けをしながら、ずっとどうしたらいいのか考えていたんだけど、なかなかいい案が思いつかないの。ちょっと休憩しようと思って、もう一度ツブヤイッターを開いたら、和泉ちゃんからメッセージが届いていたのよ。


 そこには今日のお礼が書いてあったので、私はそれに返信する文をすぐに書いたの。書いている時にふと「あ、これ……」とあることに気がついたのよ。


 雫の場合はツブヤイッターをあんまり使ってないから、代わりに私が投稿してあげているけど、和泉ちゃんはマメに投稿のお知らせとかを載せてたの。


 つまり、私が直接和泉ちゃん情報を投稿しなくても、こうやってツブヤイッター上でやり取りすればいいんじゃない? と言うか、それしかないんじゃない?

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