第31話 家族の事情31


「息子の事情31」


 やっぱり俺の考えていた通り、和泉ちゃんの抱えていた思いは「自分の小説を誰かに読んで感想をもらいたい」という、小説を書く人なら誰でも抱くものだった。


 雫が「和泉ちゃんは、作家のお父さんが見てくれる」って言ってた時、俺はおかしいなぁと思っていたんだ。俺は編集をしていた時に、雫から「これが和泉ちゃんの小説」とスマホを渡されたことがあった。


 その時始めて和泉ちゃんの小説を読んだんだけど、確かにそれは面白かった。でも、プロの作家が見ていると言われると、ちょっと違和感を感じたんだ。面白いのは面白いけど、話の展開とか、会話とか所々、おかしい箇所があったりしたからだ。


 ただ文章自体はとても上手かったので、それらはあまり気にはならなかった。現に雫は気にならないようだったし。おかしいと思ったのは、俺の方が書籍をたくさん読んでいたからだろう。


 だから、もしかしたら本当は和泉ちゃんは誰にも相談できてないんじゃないかなって思ったんだよ。特にコンビニで話しかけた時に、それは間違いないと思った。


 あの時、和泉ちゃんは俺に「どうでしたか?」と聞いてきた。あの時は、ただ感想を求めていただけと思ってたけど、後から考えると、あれは誰にも相談できずに、自分の小説が面白いのかどうか分からなくなって、困っている感じだった。


 俺は和泉ちゃんに「雫と話した方が良い。段取りは俺がするから、家においで」と誘った。和泉ちゃんは「考えておきます」と言っていたが、あんな不審者まがいの方法をするとは思わなかった。


 あとから聞いた話だが、始めは普通に家にきていたらしい。でも、いざ目の前になって、やっぱり怖くなって、どうしようかと思って隠れてしまっていたらしい。まったく。通報されてたらどうするんだよ……。


 ともあれ、これで和泉ちゃんの問題はほぼ解決したと言えるかな。後は、雫自身の問題も含めて解決できる案を、俺が華麗に提案すればいいだけだ。


 ただ、その前に、この姿勢(正座)はいつまでやればいいのか……。もういいかな? って言うか、俺が誤解されているのは、まだ解決出来ていないだっけ?




「父の事情31」


 全く状況が理解できないまま話が進んでいき、お母さんが仲裁に入ったと思ったら、雫までそれに加わって、今は友達同士で泣きながら抱き合っている。これは解決したと思ってよいのだろうか?


 この和泉さんという子は、どうやら雫と同じ問題を抱えていたということだけは分かった。創った作品が、他の人にどう受け取られているのか、という気持ち、私にもよく分かるぞ。


 ただ和泉さんや雫の状況と、私のそれを比べた場合、彼女たちはすでにたくさんの感想をもらっているのにも関わらず「本当に良いものなのだろうか? もっと改善すべき点があるのではないか?」という悩みを持っているのに対して、私は「ひとりでも良いから、感想をくれ!」というものなので、レベルの差はあるのだが……。


 いずれにしても和泉さんが自身で語っていた、誰にも見てもらえない――この場合は読んでもらえないのではなく、率直な感想をもらえないということだが――そういうものは解決してあげたい気がする。


 ふーむ、どうしたものか? なんとか父親を説得して、見てもらえるようにするのがベストだと思うが、そもそもヨメカケのコンテストの締め切りまでは、もう1ヶ月を切っている。今後の課題として考えていくのは悪くはないが、コンテストに焦点を当てるとなると、そんな悠長なことは言っていられないだろう。


 和泉さんと雫がお互いに評価し合うというのはどうだろう? 一見良いアイディアに思えたが、これも現実的ではない。そもそも、和泉さんも雫もコンテストでは1位を獲りたいと思っている。力を注ぐのは、自分の小説を書くことに集中すべきだろう。


 ここまで考えて、私はあることに思い至った。なぜ始めからこのことが思いつかなかったのか不思議なほど簡単な話だ。


 私はリビングへと足を踏み入れると、3人の前に立った。和泉さんと雫も少し落ち着いたようで、お母さんが「よしよし」とふたりの頭を撫でてやっているお陰もあって、既に泣き止んでいた。


 皆の前に立つと、一瞬「本当にそれで良いのか?」と躊躇しそうになった。しかしこういうのは勢いが大切だ。迷い出すと実行に移すのが難しくなってしまう。だから、少し咳払いをして注目を集めた後、すぐにこう言った。


「それならば、家で一緒にやればいいじゃないか?」


 つまり私たちが雫にしてやっていることを、和泉さんにもしてあげればいいだけだ。ひとりを手伝うのもふたりを手伝うのも、労力的にはそんなに変わらないはずだ。そもそも私も暇を持て余しているくらいだから。


 それに言いながら気がついたことだが、これを口実に例の「ラノベの件」をいい感じに有耶無耶にできるのではないかと思った。実際に書いてみて、そんなに悪いものじゃないということは分かったが、やはりこれで良いのかという疑問は払拭しきれていない。


 もう少し時間が必要だと思った。


 問題は、皆がどう思うかだ。


 啓太が土下座の姿勢から顔を持ち上げて「そうだよ、一緒にやろうぜ」と賛同の意を示した。お母さんはニコニコ笑いながらも、うんうんと頷いている。一番反応が心配だった雫は、一瞬呆気にとられていたが、すぐに「うん、一緒にやろう。和泉ちゃん」と和泉さんの手を取っている。


 私はホッとした。どうやら家族の中に反対者はいないようだ。


 肝心の和泉さんは少し目を伏せて、考え込んでいる。そして「でも、そんなご迷惑をかけるわけには」と小さく呟くように言った。最近の子にしては、珍しいくらいの謙虚さだ。こういう子には「気にするな」と言っても、どうしても気にするのだろう。


 だから多少ショック療法が必要だと思った。


「何を今更。不審者まがいのことをして、散々迷惑をかけてきたじゃないか。この期に及んで『迷惑はかけられない』とか言われても、少しも説得力がないぞ」


 そう言うと流石に和泉さんは悲しそうな顔をした。それはそうだろう。雫も珍しく私を睨んでいる。まぁ、待て。ここからが肝心なのだ。


「しかし『迷惑』というのは、かける方が思うことではなく、かけられる方が思うことだ。だからいくら君が『迷惑でしょう』と言っても構わないが、私たちが『迷惑だ』と思わなければ、それは迷惑ではない」


 雫の表情がパッと明るくなった。




「娘の事情31」


 お父さんが突然「散々迷惑をかけておいて」って和泉ちゃんに言った時、私は「なんてことを言うのよ!」って思ったの。折角、和泉ちゃんと分かり合えそうになっていたのに、そんなこと言わなくてもいいじゃない?


 でもお父さんが続けて言った言葉で、それは誤解だと分かった。そうだよ、そもそも私は迷惑だなんて、全然思ってない。不審者がいるって聞いた時は、ちょっと怖かったけど、それだって今ではどうでもいい話だよ。


 お母さんも同じように思ってくれているみたいで「宣伝は任せてね」と張り切っている。すでにお母さんのツブヤイッターにはたくさんのフォロワーさんが付いてくれているので、宣伝効果は抜群じゃないかな。


 きっと任せておいて大丈夫だよ。ただ、和泉ちゃんの個人情報がちょっと心配だけど……。


 お兄ちゃんはどさくさに紛れて立ち上がろうとしてたけど、どうやら足が痺れていたらしくって、フラッとした後、また座り込んじゃった。かっこ悪いよね。


 でも「和泉ちゃん、一緒にやろうぜ」って言ってくれたのは、ちょっと嬉しかったかな。一番大変になるのはお兄ちゃんな気がするんだけど、大丈夫かな? でも、きっとなんとかしてくれるよね。というか、なんとかしてもらうしかない。


 ただ、お兄ちゃんにはまだ聞きたいことがあるから、しばらくはそのままの姿勢でいてくれた方がいいかも。


 お父さんも珍しくノリノリな様子で「君も家族編集部の一員だ!」とか言ってる。和泉ちゃんは一瞬「家族……編集部?」と訳がわからない様子だったので、私は簡単に説明してあげた。


 和泉ちゃんは驚いたようで「凄いね。なんか楽しそう」と喜んでいた。そして、ソファーから立ち上がると「よろしくお願いします」ペコリとお辞儀をした。


 お父さんは「あとで原稿を送るように」と早速メールアドレスを手渡していた。お母さんは早くも、スマホを手に何かを打っている。意外とこのふたりの行動は早い。


 さて、最後に残った問題がある。


「お兄ちゃん、ちょっといい?」


 足を崩して痺れた箇所をさすっていたお兄ちゃんは、ビクッとしてゆっくり私の方を向く。


「なんでしょうか? 雫さん……」


 なんで敬語なのよ。余程やましいことがあるように見えるじゃない。これは少し問い正さないといけないかも。




「母の事情31」


 一時はどうしたものかと思ったけど、やっぱりなんとかなるものね。「一緒に頑張ろうね」と雫と和泉ちゃんが励ましあっているのを見て、なんだか微笑ましくなってきたわ。


 でも、和泉ちゃんが家族編集部に加わったことは報告しておかなきゃ。細かい経緯は、流石に書いちゃ駄目だと思うけど、これは逆に書いておかないと、後で誤解されても困るしね。


 それにしても義弘さんはカッコ良かったわ。「流石編集長!」と言いたくなったけど、義弘さん「校正係」だもんね。あれ、そう言えば編集長っていないんだっけ? まぁ、編集長という肩書って何をしていいのか分からないし、別にいいかな。


 これで全て解決、と喜んでいたんだけど、何か忘れている気がするのよね? なんだったっけなぁ……そう思いながら、リビングを眺めていたら、そうそう思い出したわ。


 正座をしていたせいで、足が痺れてさすっている啓太。


 啓太は必死で「頑張っていこうぜ」と言ってくれてる。でも、あれって「なんとか話を逸したい」っていうのがバレバレじゃない? どうやら雫も思い出したみたいで「ちょっといい?」と言ってる。


 あらあら、啓太。「頑張れ、頑張ろう」ってさっき言ってたけど「お前がな」っていう展開になっているわよ。雫はちょっと怖い顔になっているし、和泉ちゃんもその話題になった途端に、またうつ向いちゃって……でも、これは恥ずかしがっているのかもしれないな。義弘さんは、ドーンと構えているように振る舞っているけど、ちょっとオロオロしているのが分かるわ。


 今度は啓太が頑張らなきゃいけない場面よね。お母さん、応援しているからね。ツブヤイッターの準備も万端だから。

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