第27話 家族の事情27


「息子の事情 27」


 俺は和泉ちゃんと話を終えて帰路についた。


 和泉ちゃんの話は、ある意味単純明快なものだった。俺としては「一度、雫とちゃんと話をしてみたら?」という提案が解決への一番手っ取り早い方法だと思ったので、そう伝えたのだけど、返事がどうも煮え切らない様子だ。


 「だって、言いにくいじゃないですか」などと、どこかで聞いたようなセリフを言う。俺は気づかれないくらいのため息をつく。この二人は実に似た者同士だ。もういっそ、結婚しちゃえよ、と言いたくなるくらい考え方が似ている。


「でも、それ以外にも不安なことはあるんです」

「え、どんなこと? よかったら聞くけど」

「えっと……。雫には内緒にしておいて下さいね」

「分かった。ここだけの話にしておくよ」

「ありがとうございます。実は、最近ちょっと自分の書いている小説に自信が持てなくなっていて……」

「あ、和泉ちゃんの小説読んだよ。面白いと思うんだけどなぁ」

「本当に!? どの辺が面白かったですか?」

「どの辺っていうか、全体的に?」

「それじゃ分かりません!」


 このやり取りもどこかでやったような気がする……。


 でも、俺は「あれ?」と不思議に思った。確か雫に話だと、和泉ちゃんはお父さんの「広田コウスケ」先生に見てもらってるんじゃなかったっけ? 小説のできの良さも、そのお陰だと思っていたんだけど。


 それを聞こうかな、と思ったんだけど、なんだかすっかりしょげてしまっている和泉ちゃんを見ていると、もしかしたら触れてはいけない話なのかもしれないと思ってしまう。困ったな。


 すっかり会話が途切れてしまって、少し気まずい。ここは和泉ちゃんを励ます方向に切り替えるべきだ。和泉ちゃんは、具体的にどこが面白かったか聞きたそうだったけど、急に言われてもとっさには出てこない。ここはふんわりとした方向で褒めるべき。


 雫のやつもそうだったけど、とにかく褒めておけば悪い気はしないはず。なにしろ、和泉ちゃんと俺は、さっき会ったばかりなのだ。ここは印象を良くしておく意味でも、褒めておこう。


「俺は……好きだけどな」


 流石にふんわりとしすぎか。俺は自分で言っててちょっと焦った。でも「自分の書いた小説が、好きと言われる」というのは、俺も書き手のひとりとして、悪い言い方ではないと思う。


 「どの辺が好きですか?」と聞かれれる可能性もなきにしもあらずだが、和泉ちゃんの反応はどうだろう?


 そう思って、隣を歩いている和泉ちゃんを見ると、顔が真っ赤に染まっていた。何か言いたげに、口を小さくパクパクさせている。あれ? 褒められたのがそんなに嬉しかったのかな? あ、もしかして、家で広田先生にダメ出しばかりされていて、あまり褒められたことがなかったとか?


 そうか、この路線で行けばいいんだ。この調子で褒めて褒めて褒めまくって、和泉ちゃんが俺に心を許してくれれば、もっと俺の言うことを聞いてくれるかもしれない。


「見た時にビビッと分かったんだ。これは運命的な出会いだって」


 『女の人は運命という言葉に弱い』というのは、どこかで見た気がする。ちょっと強引な使い方だったけもしれないけど。


 俺はもう一度和泉ちゃんの反応を確認した。ところが和泉ちゃんは下を向いてしまっていて、髪に隠れて表情がうかがえない。どうしたのだろう? もしかしてちょっと言いすぎだったか?


「かっ、考えさせて下さいっ!!」


 そう言うと、和泉ちゃんは一目散に駆け出してしまった。


 ん? 考える? 何を?




「父の事情 27」


 お母さんは満面の笑みを浮かばながら、私にスマホを手渡してきた。私はツブヤイッターなどの使い方はよく分からないが、パッと見るとそこには色々な投稿が表示されていた。


 お母さんは「これが、みんなの投稿なのよ」と教えてくれた。なるほど、大した文量ではない、ひとことでツブヤキが構成されているのか。ふむふむ、自分のツブヤキと人のツブヤキが混ざって並んでいるんだな。


 と言うか、ちょっと待て! 


「お母さん? さっき私のことを書いたと言わなかったか?」

「そうよ〜、ちょっと待ってね。ええっと、ほら、ここ」


 そう言ってスマホを指差す。そこにはこのように書かれていた。


『私の愛しの旦那様、義弘さんがラノベ作家デビュー!? 以前にも小説を書いていたんだけど、最近ラノベを書きたいと言い出したのよ。60歳のラノベ作家って面白くないです?』


 そして、その下には、それに対する返事が書かれている。


『60歳ラノベ作家ww ちょっと読んでみたいw』

『一周回って、おもしろそうじゃない? 期待してます!』

『ラノベも最近ネタが尽きかけてるからなー。アリでしょう!』

『はえ〜ワシは70歳じゃが、まだいけるかのぉw』

『まーちゃん、結婚してんの!? 娘さんの広報部長って設定だと思ってたのにTT』

『いつ出版ですか?』

『すごい! 60歳でラノベ書こうっていう気力、私も欲しいな。応援してます!』

『娘さんを僕に下さい!』


 ……娘はお前になんぞ、やらん!!


 いや、そうじゃない。問題はそこじゃなかった。


「いや、お母さん。これは一体……」

「ね? すごいでしょう?」

「いや、すごいというか、なんというか……。というか、実名で出てるんだが?」

「あ、本当だ! えへへ、ごめんなさい。でも、へっぽこなんとかよりはいいんじゃない?」


 いや、それはとっくに変えたんだが……。それはしょうがないとしても、いつの間にか、どんどん外堀が埋められていっている気がする。


 結局、私はラノベを書かなくてはならないのか!? 私が書きたいのは、そんなものじゃないのに。お母さんは、どうしてこんなことをするのだろう。そんなに田中との約束が大切だというのか? 編集者などいい加減な人種だ。適当にあしらっておけばいいのだ。


 私は少しショックを受けていた。お母さんは、私の気持ちを分かってはくれていない。おもしろがって、そんなことをやっているのだろうけど、私がそんなものを書きたいか書きたくないのか、分からないのだろうか……。


「義弘さんはラノベを書くべきよ」


 まるで私の心を見透かしたかのように、お母さんが呟く。


「義弘さん、最近ラノベ好きそうじゃない? この前も何冊か買ってきてたし」


 バレてる!? 格納庫にしまっておいたはずなのに。


「私はね、義弘さんの小説が読みたいの!」


 えっ……。


「義弘さんが本当に書きたい小説は別にあるのかもしれないけど、チャンスがあるのなら活かすべきよ」


 そうか。お母さんは、おもしろがってこんなことをやっているわけではなく、ただ純粋に「私に小説を書いて欲しい」と思っているだけなのか。


 確かに雫の小説の校閲作業は、そんなに時間のかかるものではない。私が書く時間をとれないわけはないわけだ。


 しかし、よりによってラノベを……。




「娘の事情 27」


 今日は学校がお昼で終わった。来年高校を受験する生徒たちの説明会が、午後からあるかららしい。こういう日は有効に使わないと。最近、色々あって小説を書くペースも落ちてきているし、なによりお兄ちゃんと打ち合わせたり、お父さんに見てもらったりと、今までよりも時間がかかるようになっているんだから。


 お昼ごはんを食べたら、早速机に向かう。お兄ちゃんにOKをもらったプロットを見ながら、小説を書いていった。以前は「これでいいのかな?」「この先どうしようかな」とか考えながら書いていたので、なかなかペースが上がらなかったけど、書くことが決まっていると、すごい勢いで書けることが分かった。


 すっかり没頭して書いていて、気がついたら外が薄暗くなってきていた。既に数時間、パソコンに向かい合っていたんだ。我ながら集中力ありすぎだよね。


 さすがに疲れてきたので一旦中止して、うーんと背伸びをする。それに合わせるかのように、スマホから音が鳴った。画面を見てみると、気が付かなかったけど、いくつか通知が来ていた。


 そしてそのほとんどが、お母さんのツブヤイッターの投稿のものだ。確認してみたら、早速今朝のコーヒーのことから、私の恋愛事情、そしてお昼から小説を書いていることまで書き込まれていた。


 と言うか、なんで今小説書いてるって知ってるのよ?


 なんだか、すっかり私のプライベートがインターネットに公開されてしまっている気がしてきて、ちょっとクラクラしてくる。でもよく見てみると、私のことについて書かれていることは、全部のツブヤキの半分くらいで、後の半分はお母さんが他のツブラー(ツブヤイッターに投稿している人のことを、こう呼ぶらしい)とやり取りなんだよね。


 その多くが「小説読んで」とか「フォローして」とかなんだけど、付き合いが良いのか、お母さんはその全てにちゃんと返事を返して、実際に小説を読みに行ったりしているらしい。


 私にはとても真似できないほどのマメさだ。でも、そのおかげもあってか、お母さんのアカウントのフォロー数は2日目にして、驚くくらい増えていたし、私の小説の読者さんも、それと比例して増えてきてた。


 方法はどうかと思うけど、結果としては最強の広報部長さんだね。


 スマホから目を上げて、外を見るとすっかり暗くなってしまっていた。カーテンを閉めようと窓のところに行き、何気なく家の前の道を見下ろした時、ひとつの電柱に目が止まった。


 その電柱には街灯が付けられていて、ぼんやりと辺りを照らしていた。電柱の影に何かが動くのが目に入ったのだ。それは人だった。


 パーカーのようなものを着ていて、フードを目深に被っている。顔はマスクをしていてよく見えない。明らかに挙動不審で、周りをキョロキョロ見渡しているが、その視線の多くは私の家に注がれていた。


 不審者?


 私の直感がそう告げていた。




「母の事情 27」


 義弘さんはどうも「私が田中さんに乗せられている」と思ってたみたいなのよね。まぁ、火をつけたのは田中さんだったかもしれないけど、私としては義弘さんの書いた小説が読みたいのよ。


 もちろんラノベじゃなくてもいいんだけど、ある意味チャンスじゃない? 田中さんの企画が通るかどうか次第だけど、普通に小説を書いているよりは、よっぽど確率は高いはずよね。当の義弘さんもやっとやる気になったみたいで、今日も朝から部屋に篭ってるわ。 


 雫の小説の人気も、今まで以上に出てきているみたい。今朝「結構PV伸びてきてる。お母さんのお陰かも」って雫も言ってたし、ちょっと嬉しくなってくるわよね。「でも、私のプライベート情報はほどほどにしておいてね」とも言っていたな。


 うーん、お母さん的には、確かに娘のプライベートを赤裸々にするのは、どうかとも思う。でもある程度は必要じゃない? 


 そう思っていたんだけど、その後雫が「そう言えば、昨日晩に変な人が電柱の影から家を見てた」って言ってたから、ちょっと怖くなってきちゃった。もちろん、住所とかはツブヤいてはないけれど、テレビなんかでも「情報漏えい」とか言っているじゃない? もう少し気をつけないといけないかもね。


 雫にお弁当を持たせてお見送りをしてたら、啓太が起きてきた。今日はねぼすけさんね。朝食は自分でやるって言ったので、私はその間にツブヤイッターを見ていたんだけど、席についた啓太が「ねぇ、母さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」と言ってきたのよ。


 何かと思って聞いてみたら、どうやら昨日ある女の子と会っていたそうなのよ。誰と会ったのか、どんな話だったのは詳しく言わないんだけど、啓太がその子の趣味について、好きだなって言ったら「考えさせて下さい」って言って、走って逃げちゃったらしいのよね。


 啓太は「何か怒らせたのかもしれないんだけど、理由が分からない」って言うのよ。話があまりにも抽象的で、よく分からないんだけど、どう考えてもそれってあれよね。


「啓太、その子に『告白された』って思われてるんじゃない?』

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