第26話 家族の事情26


「息子の事情 26」


「ちょっ……ちょっと待って!」


 和泉ちゃんは、そんな俺の声が聞こえないかのように、スタスタとコンビニから出ていってしまう。俺は慌てた。こんな機会はそうそうない。だいたいコンテストが終わるまで、もうあまり時間はないんだ。


 ここで片付けておかないと、編集どころじゃなくなる。


「店長!」


 俺は振り返り「三好流早退奥義」を繰り出そうと試みた。だが、店長は眉間にシワを寄せて「駄目だよ、武田くん。君が帰っちゃったら、今日僕しかいないからね」と冷たく言い放つ。


 通じなかった……。三好さんと俺とでは役者が違うということか。ここはやむを得ない。奥の手だ。


「店長! 俺、本当はあの子のことが好きで……。告白したいと思っているんです!」


 そう言って「誠心誠意のお願い感」を込めつつ一礼をする。どうだ? 今度は俺の演技が通用するか?


 とは言え、さっき「そんなんじゃない」と言っていたわけで、こんなウソっぽい話が通用するほど社会は甘くはない……か。


「武田くん……」


 頭の上から店長の声が聞こえてきた。俺はそぉっと顔をあげる。


「行ってきなさい!」


 親指を立てた手を突き出して「がんばれよ!」と付け足す。


 ……やっぱり店長はチョロい。


 俺は多少の罪悪感を感じつつも「すみません。ちょっと行ってきます」とそのまま店を飛び出す。和泉ちゃんは駐輪場にある自転車に乗ろうとしていたところだった。


「和泉ちゃん、待って!」


 和泉ちゃんは追いかけてきた俺を見て「つっ、通報しますよ!」と威嚇してくる。俺は仕方なく「ヨメカケの話なんだ」と核心を突く。和泉ちゃんはハッと我に返ったような顔をして「分かりました。聞くだけなら」と同意してくれた。


 俺はホッとしたものの、どうしたものかと思った。込み入った話をするには、コンビニの駐輪場は向いていない気がする。そうは言っても、相変わらず警戒した視線を送ってくる和泉ちゃんを、どこかに連れ出すのは難しいだろう。


「ちょっと待ってて」


 そう言うと、急いで店に戻ってユニフォームを着替えて荷物を持つ。店長は「どんな感じ?」と興味津々な様子で聞いてくるが、余裕がない俺は「いけそうです!」と思わず言っってしまう。店長は「ここは俺に任せて、行け!」と、どこかで聞いたようなセリフを言う。あれ? なんかカッコイイな。


 早くしないと和泉ちゃんが帰ってしまいそうだと思って、慌てて店を飛び出した。和泉ちゃんは律儀にも、さっきと同じ場所で待っててくれた。そう言えば、さっき店長が「和泉ちゃんの家は近所」だって言っていたな。


「和泉ちゃん、家近所なの?」

「えっと、自転車で10分くらい……かな?」


 歩いて倍だとして、20分くらいか。それくらいあれば、大体話しはできそうだ。


「じゃ、帰りながら話しよう」


 これなら、警戒している和泉ちゃんでも同意してくれるはずだ。案の定、あっさり「いいですよ」と言ってくれた和泉ちゃんと並んで俺も歩く。


「ええと、どこから話したものかな……。あ、まず自己紹介。俺は武田啓太、雫の兄です」

「えっ……えええ!? 雫のお兄さんだったんですか!?」

「まぁ、一応」

「あぁ……。さっきはすみませんでした。ストーカーだなんて……」

「気にしてないよ。それよりも本題なんだけど。ヨメカケに投稿してるんだって?」


 俺と和泉ちゃんは家に着くまで、その後も30分くらい話をした。和泉ちゃんは、俺が友達の兄だと知ったせいか、すっかり警戒心を解いてくれた。そのせいか、和泉ちゃんは自分が思っていることをたくさん話してくれた。


 和泉ちゃんは雫には悪いことをしたと言っていた。そして謝りたいけど、今は駄目かもしれないとも言っていた。投稿している小説のことを聞くと、和泉ちゃんはちょっと暗い表情になって「読んでもらいました? どうでしたか?」と聞いてきた。


 お父さん作家の先生に読んでもらえたのなら、もうちょっと自信を持ってもいいんじゃないかな? 俺は素直に「面白いと思ったよ」と言った。和泉ちゃんはちょっと困った顔をしていたけど「ありがとうございます」とニコッと笑った。


 そんな話をしていると、あっという間に和泉ちゃんの家に着いてしまった。すっかり聞き役になっていた俺は、和泉ちゃんが話し終わるのを待ってから、すこし考えた。事態はそんなにややこしくはない。ちょっとした行き違いだけだ。解決方法もすぐに思いついた。


 そして、俺はそれを和泉ちゃんに提案した。




「父の事情 26」


 翌日、朝食後に新聞を読んでいると、早速田中から電話があった。「武田さん! ありがとうございます! その方向で進めておきますから」とヤツは言っておった。その方向などと勝手に決められては困る。まぁ、私がうっかり「やる」って言ったのが原因なのだが。


 ひとまずは、その話は置いておくことにした。考えれば考えるほど頭が痛くなる。私はリビングの机の上に、10枚ほどの用紙を広げた。昨晩、啓太から送られてきたテキストファイルを印刷したものだ。


 雫は「1日1話」と言っていたが、コンテストの〆切まで、あと3週間ほど。本気でコンテストの賞を取りたいのならば、少しでも早く完結させてしまうか、それができなくても山場を持ってきておかなくてはならない。


 一応啓太にはそのことを伝えておいたので、後は雫と二人でなんとかするだろう。私の今の仕事は、この用紙と向き合うことだ。校閲・校正の仕事は専門としてやったことはないが、若い頃上司に「編集部員としてできないと困る」と叩き込まれたし、自分の担当していた作家の原稿には必ず何度も目を通していたので、やり方自体は分かっている。


 それでもこれは、神経を使う作業なのだ。集中してやらなければならない。私の作業が終わったのち、雫が投稿することになっているので、ここが滞ってしまうと、投稿ペースに影響が出てしまう。


 雫の原稿は良くできていたし、驚くほど誤字、脱字なども少ない。「最終的に私が見るから、雫は先に進めておくように」と言ったのだが、それでも正確性は落ちていないようだった。


 そうは言っても、元編集の人間から見ると、おかしな表現や誤用されている単語も、時々は見受けられる。ただ、言葉は生き物であるから、最終的に雫が「それでも良い」と判断するのであれば、それは最近の若者にとっては間違いとは言い切れない部分もある。


 そういうやり取りも含めて、私の作業ペースはかなり早いものでないといけないと思っていた。集中だ、集中しろ!


 そう念じながら原稿に向かうのであるが、目の前ではお母さんがスマホ片手にツブヤイッターにご熱心な様子だ。時々「あ、フォローしてくれたんだ、ありがとぉ!」と言ってたりするので、なかなか集中できない。


 一旦、自分の部屋に戻って原稿チェックを済ませることにした。やはり一人でやると、非常にはかどる。気がつくとお昼前になっていた。


 リビングに降りていくと、お母さんはまだスマホをいじっていた。ツブヤイッターだろう、私にも気づかない様子で、夢中になっているようだ。気を使わせないように、そっと席についたのだが、お母さんは「ごめんなさいね」と慌てて昼食の準備に取り掛かった。


 昼食の炒飯を食べてから、お茶を飲んでいると、お母さんは再びスマホを取り出してチェックを始めた。一時期はどうしたものかと思っていたが、今はこうして元気になってくれてよかった。本当にそう思う。ある意味、田中には感謝しないといけないのだろう。


 ラノベは書かんがな。


 そんな私の心を見透かしたかのように、お母さんが顔を上げてニコリと笑うとこう言った。


「ね、義弘さんのことも書いていいよね? というか、もう書いちゃったんだけど」




「娘の事情 26」


 私は食い入るようにパソコンの画面を見た。


 PVがいきなり凄く増えているのだ。最近は、夜に1話投稿して次の日の朝チェックするペースで投稿しているのだが、PVは毎日安定してて、同じような数字だったんだ。でも、今日のPVはいつもの5割増しくらいに増えていた。


 一体何が……。


 慌ててコメント欄も見てみる。いつもの応援コメントに紛れて、こんなコメントがあった。


 「ツブヤイッターから来ました。小説も面白いけど、まーちゃんさんのファンになりました」

「ツブヤイッター見ました! プリン、私も好きですよ。あ、小説も大好き」

「コンテスト2位だね! 目指せ1位! あと、まーちゃん、私の小説も見にきてー」

「ぴょこたんさん、好きない人いないんだったら、俺と付き合って下さい!w」


 頭がクラクラしてくる。一体一晩でどれだけのツブヤキを投稿したら、こんな反応が帰ってくるんだろう……?


 私は制服に着替えると、リビングに降りていった。あれ? いつもはこの時間にはお母さんが起きてきているはずなんだけど。仕方がないので、とりあえずトースターとコーヒーメーカーをセットしてから、今度はスマホをチェック。


 ツブヤイッターを開いて、もう一度「まーちゃん」のアカウントを見てみた。たった一晩でこんなにたくさんのツブヤキを……。って言うか、改めて見ると一体何時までやってたのよ。私はお母さんが寝坊してる理由が分かった気がした。


 そんなことを思っていると、バタバタとスリッパの音がして、お母さんがリビングにやってくる。私が抗議すると、お母さんは「好きな男の子はいますか?」と聞いてきた。


 ちょ、またその話題もちだすの……? 少し動揺したけど、私はきっぱりと「いない」と否定しておく。曖昧にすると、また変なこと書かれちゃうからね。お母さんはニコニコしながら「ごめんねぇ、すぐお弁当作るからね」とキッチンに立った。


 私はコーヒーをカップに注いで、いつものように角砂糖1個と牛乳をたっぷり注ぐ。ふと視線を感じて振り向くと、お母さんが「角砂糖1個、ミルクはたっぷり……と」なんて言っている。これもネタになるのか……。


 



「母の事情 26」


 それにしても、こんなにツブヤイッターが面白いものだとは知らなかったわ。今日も朝のお仕事を済ませてから、早速色々ツブヤいてみたんだけど、みんな反応が早いのよねぇ。投稿したら、すぐにお返事がきたり、「イイヨ!」っていうお気に入りが付いたりするのよ。


 こんな時間に、みんな何やってる人なんだろうね? ま、私も人のことは言えないよね。でも今は主婦失格でもいいの。雫の広報部長っていうのもあるんだけど、何よりみんなとのやり取りが楽しいのよね。


「まーちゃん! 私の小説も読んで!」

「はいはい、すぐ行きますよー」


「ぴょこたんって、すっごい面白い小説書くけど、本当に女子高生?」

「そうだよ。JKって言うのかな? 今日もちゃんと学校行ってます」


「広報部長w マジですごいと思うんだけど、これ一体なんなの?」

「ええとね、ぴょこたんの小説を家族で応援してるの。家族編集部っていうのをやってるのね。それで私が広報部長に抜擢されました! と言うか、勝手になったの」


「まーちゃん、フォローミー」

「はーい、フォローさせて頂きました! よろしくねー」


 気がついたら、もうお昼だったわ。いつの間にか義弘さんが降りてきてて「ご飯まだかな」って顔をしてた。あらら、いけないいけない。


「ダーリンがお昼ご飯待ってるから、また後でね」


 そうツブヤいてから「義弘さん、ごめんなさいね」と謝って、急いでフライパンを取り出したの。今日のお昼ごはんは……チャーハンでいいかな? ちょっと手抜きだけど。それでも義弘さんは「お母さんが一生懸命にやってくれてるのは分かってるから」と言ってくれるのね。


 優しいなぁ義弘さんは。最近特に優しくなった気がする。気のせいかな?


 ご飯を食べ終わってから、私はまたスマホを取り出したの。お洗濯ものを取り込むまでは、今日はすることないからね。


 ツブヤイッターには「ダーリンって、旦那様? この時間に家にいるってことは、もう定年されているのかな?」というツブヤキが来てたの。これは義弘さんのこともツブヤけってことなのかな? 


 あ、それもいいわね。義弘さんや啓太のことも折角だしツブヤいておこうかしら?

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