第25話 家族の事情25


「息子の事情 25」


 俺はレジカウンターの中から、雑誌コーナーで立ち止まっている、ひとりの少女の様子を眺めていた。


 あの子が広田和泉ちゃんか……。小説家「広田コウスケ」先生の娘にして、雫の友達兼ライバル。雫の話を聞く限りでは、結構好戦的な女の子だと思っていたけど、見た目は全然そんなことはなさそうだ。


 うーん、どうするかなぁ……。俺は隣に立っていた店長を見た。店長は「行っておいで」と俺の方をポンと叩いた。店は暇だし、そんなに時間をかけなければ、まぁいいか。俺はカウンターを出て、和泉ちゃんの方へと近づく。


 彼女はまるで俺に気がついていないようだった。雑誌コーナーの前で固まっているかのように動かない。今時のJKだから、ファッション系の雑誌を吟味しているのだろうか? そう思って彼女の視線の先を見ると、そこには「クロスワードパズル」の雑誌が2冊。


 ……なかなか渋い趣味だな。というか、これ声かけていいのか? 少し迷ったけど、このままだと挙動不審な店員になってしまいそうだったのと、そんなに時間もないので、思い切って声をかけてみることにした。


「あの、すみません」


 和泉ちゃんの反応は思いもしないものだった。突然「ひゃぁ!」っと悲鳴を上げて、しゃがみ込んでしまった。頭を抱えて、まるでお化けでも遭遇したかのようにカタカタと震えている。


「あ、あの〜」


 もう一度声をかけると、和泉ちゃんは恐る恐る俺の方に振り向いた。そして事態を把握したのか「コホン」とわざとらしい咳払いをして立ち上がった。すでに「なにか?」という表情に戻っているが、よほど恥ずかしかったのか、頬が真っ赤になっている。


「あの、突然声を掛けてすみません。広田和泉ちゃんだよね」


 俺が問いかけると、和泉ちゃんは「えっ、どこかで?」と驚いたような表情を見せる。普段、無表情なことが多い雫とは正反対で、コロコロと表情の変わる子だ。それに、そんなに悪い子にには見えない。


「あ〜、多分、会うのは初めてだと思うんだけど……」


 実のところ、和泉ちゃんに会ってどうするのかまでは考えてなかった。出たとこ勝負、って言うと言いすぎかもしれないけど、まずは和泉ちゃんが今、雫のことをどう思っているのか聞き出さないことには、話が進みそうにない。


 ところが和泉ちゃんは先程から、まるで不審者を見るかのような目で俺のことを見ている。非常に話しづらい。


「ええっと、雫のことなんだけど」

「えっ……」


 和泉ちゃんの表情が更に警戒心に満ちたものに変わっていく。あれ?


「……あなた、雫の何なんですか? もしかして……」


 あぁ、そうか。あまりにテンパっていたせいか、自己紹介もしていなかった。


「……ストーカー?」

 

 いや、違うから! って、ちょっと、帰らないで!!




「父の事情 25」


 ラノベ作家……私が?


 お母さんが何を言っているのか、私には分からなかった。少し情報を整理しよう。


 お母さんは雫の小説を何か手伝えることがないか悩んでいた。そこで私の元職場、編集部へと出かけた。編集部で、私の元部下の田中に会い、SNSを使った宣伝方法を教えてもらった。そのお陰でお母さんはやる気を取り戻して、私もホッとして一件落着、めでたしめでたし。


 後は、雫の小説がコンテストで賞を取れるように、皆で頑張るだけ、という話だったはずだ。


 この話のどこに、私がラノベ作家になる要素が隠されているというのだ? 


 そう言えば、私が編集部を訪ねた時、田中が私がラノベを書くとか誤解していたな……。もしかして、あれか。あれの禍根が舞い戻って来ているというのか?


 お母さんは「なる気ないの?」と、念を押すように聞いてくる。話の繋がりはなんとなく分かったが、それで何故お母さんがそれを聞いてくるのかが分からない。


 ここは真相を確かめなければならない。そう思って「なぜ、それを?」と聞き返してみると、お母さんは「んー、ちょっと約束を、ね」と、歯切れの悪い返答をする。


 田中め! これはきっとあいつが「SNSのことを教えますから、武田さんの件もお願いしますよ〜」とか言ったに違いない。


 とは言え、結果的にはお母さんが元気になったというのは事実だ。一応、世話になったということになるので、無下にもできまい。まぁいい。その件は、のらりくらりとかわしながら、いつの間にか立ち消えに……という手でいけばいい。


 ぬかったな、田中よ。相手が悪かった。


 そう高をくくっていたのだが、敵は田中だけではなかった。その日だけでも5回以上、お母さんに「ねぇ、やってみたら?」とか「面白いと思うんだけどなぁ」とか「必ずデビューできるわけでもないし、物は試しってことで」とか、言われている。


 お母さんとは長年連れ添った身だ。性格も熟知している。これは絶対諦めないパターンだ。きっと数ヶ月後でも言ってるはずだ。


 普通の人間だったら「善処するよ」とか「また今度の機会に」と言ってはぐらかせる所だが、お母さんに「善処」なんて言葉を言えば「もうOK」ってことになりえるし「今度」と言っても「今度っていつ?」となるに決まっている。


 ここの返事を間違えてはいけない。私の本能がそう告げている。風呂から出てくると「ねぇ、義弘さん。覚悟はできた?」とお母さんが聞いてきた。ここで決着をつけねばなるまい。


「あぁ、分かった。でも、とりあえず今は雫の小説に集中したいから、コンテストが終わるまでは待ってくれ」


 私がそう言うと、お母さんの顔がパッと明るくなった。田中のやつめ。そんなに強く約束を求めていたのか。しかし、まぁいい。大変なのはコンテストが終わるまで。あと、3週間ほどだ。終わってしまえば、なんとでもなる。


 お母さんが諦めなければ、直接田中のところに行って「知らない。そんな約束していない」と言い切ればいいのだ。なんなら「もう少し雫の小説をみてやりたい」と言ってもいい。


 元はと言えば、お母さんに無理な約束をさせた田中が悪いのだ。自業自得じゃないか。


 そう思いながら、ソファーに座りテレビを点けようとすると、お母さんがどこかに電話しようとしていた。慌ててボリュームを下げる。


「あっ! 田中さん? ええ、うん、そうそう。義弘さんやるって! うん! コンテストが終わったらすぐに取り掛かるから」


 いや、ちょっと……?




「娘の事情 25」


 次の日の朝。私は部屋のベッドに腰掛けて、お母さんのツブヤイッターの投稿を眺めていた。私は詳しくないのでよく分からないんだけど、他の投稿者のツブヤキを見てみると「◯◯の第4話投稿しました!」とか「今回の見所は◯◯! 遂に決着が!?」とかそういうのじゃないの?


 ところがお母さんのツブヤキは違っていた。


「ぴょこたんの母のまーちゃんでございます!」

「この度、ぴょこたんの小説の宣伝部長を仰せつかりました!」

「今日のぴょこたんはちょっと元気なさそう。悩みでもあるのかな?」

「ぴょこたんの恋愛事情。みんな知りたい? ねぇ知りたい? ごめんねぇ。私も知らないの(笑)。でもぴょこたんはJKだから、きっと好きな男の子のひとりくらいいるのかな? 今度聞いてみるね」

「ぴょこたん、ダイエットしてるって言ってたのに、ご飯の後で冷蔵庫からこっそりプリンを出していたのを発見!」

「ぴょこたんの好物は、プッツンプリン! 今は結構美味しいプリンも多いけど、頑なにプッツンプリンしか食べないのよ。結構一途なタイプ……なのかも?(笑)」


 ぎゃー! やめてー!!


 だいたい、好きな男の子とかいないし! プリンは……警戒を怠ってないつもりだったのに、どこから見てたの!?


 っていうか、全然小説の宣伝してないし……。


 1日にどれだけツブヤイているのか分からないくらいの投稿が、スマホには表示されている。昨日晩から始めて、もうこんなに……私のプライベートが……。


 私はクラクラしながら、机のノートパソコンを開く。せめて小説のPVとかを確認して、このなんとも言えない感情を打ち消さなければ。


 ヨメカケのサイトを開いた。お、和泉ちゃんの小説3位に上がってきてる! これは嬉しさ反面、ちょっと怖いな。そう言えば、お兄ちゃん「任せとけ」って言ってたけど、ちゃんとやってくれるのかなぁ。まぁ、今悩んでても仕方ないかな。


 管理画面のリンクをクリックする。昨日はあんまり伸びてなかったけど、どうかなぁ。コンテストって、なにを基準にしているのか発表されてないんだよね。


 でも他のサイトとか見ていると「PVやハートマーク、レビュー数」を点数化したものだ、って書いてあった。どっちにしても、PVがないとハートマークは増えないし、レビューも増えない。


 それに書いている身としては、評価も大切だけど、まずはたくさん読んで欲しいという思いがあるんだよね。今回は本当に運が良かったというのもあって、たくさんの人に読んでもらえたし、そのお陰でコンテストも良い順位をキープできてるしね。


 画面に小説の情報が表示される。私は思わず目を疑った。なんだ? 何が起きてるの? 


 昨日から驚くほど増えている!




「母の事情 25」


 義弘さんが、一度言い出したら絶対意見を変えない頑固者……じゃないことは、私は知ってるの。だって、もう二十年来のお付き合いですもの。だから、私が強く押せば、きっと「適当に言っておけばいいだろう」という辺りで妥協すると思ってたのよね。


 案の定「分かった」って了承してくれたわ。一応コンテストが終わってから、ってことになっているけど、そこまで放っておいたら「気が変わった」とか「もうちょっと雫の小説を応援したい」とか言い出すに決まっているんだから。


 だから「分かった」って聞いた瞬間に、田中さんに電話を入れたのよ。田中さんはすごく喜んでた。義弘さんは、ちょっと唖然としてたけど。ごめんなさいね、でも、義弘さんにはやっぱり小説を書いて欲しいし、私も読んでみたいもの。


 その話は、とりあえずこれでおしまい。次は雫の応援の方に力を注がなくっちゃ。なんたって、あと3週間ほどしかないんだから。


 私はスマホを取り出して、ツブヤイッターアプリを立ち上げてみたの。あらあら、さっきよりもフォロワーさんが増えてるじゃない! フォローされたらフォローをお返し。うんうん、初日にしては、順調じゃない?


 でも、やっぱり時間がないから困っちゃうわよね。他の方のツブヤキを見てみたら「小説を投稿しました!」っていうのが多かったのよ。雫は「1日1話が精一杯」って言ってたから、それだとあんまりツブヤけないじゃない?


「小説を読んでもらうのも大切だけど、誰が書いているのか知ってもらうのもひとつの手だよ」


 そんなことを恭子ちゃんが教えてくれたのね。なるほど。つまり「雫情報」をツブヤけばいいのね、了解です!


 そんなわけで、私は当たり障りのないところをツブヤいていったの。お布団に入っても、できるだけ他の小説を書いている方を見つけてフォロー。雫の面白エピソードを思いだしてそれをツブヤキ。


 そんなことをしていると、いつの間にか寝てしまっていたみたい。翌日、ちょっとお寝坊しちゃって慌ててリビングに降りてきたら、雫がもう起きてたみたいで、キッチンでトーストを焼いてた。


 雫は私の顔を見るなり「ちょっと! お母さん!?」とスマホを取り出して、私に突きつけてきたの。


「プリンは……プリンの件はともかく、男の子の話題は、ちょっと……駄目だよ!」

「えぇ? なんで?」

「なんでって……そりゃ……ほら、ね?」

「ぴょこたん先生! ズバリ聞きます! 好きな男の子はいますか?」

「い・ま・せ・ん!!」


 雫は顔を真赤にしながら抗議してたわ。あらら、まぁまぁ、可愛いらしいこと。これは早速、ツブヤいておかないと……。

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