第24話 家族の事情24


「息子の事情 24」


「はぁ……」


 レジの前に立って、俺は大きなため息をついていた。原因はもちろん、昨日のことだ。


 雫にはああ言ったけど、実際の所、俺にだってどうして良いのか分からない。俺が和泉ちゃんに直接会って「雫はこう思っている」と説明できればいいんだけど。更に、和泉ちゃんが泣いたり「負けない!」と言った理由も聞ければもっと良い……。


 まぁ後の方は大体想像は付いている。なんでそんなふうに思ったのかの原因は分からないけど、和泉ちゃんがどうしたいのかっていうのは分かる気がするんだ。


 どちらにしても、和泉ちゃんに会わないことには話が進まない。そして、それが一番難しい所だった。俺は和泉ちゃんの顔を知らないのだ。


 雫は「前に家に来たことあるから、会ったことあるはず」って言ってたけど、雫が家に友達を連れてくるのはよくあることだったので、ひとりひとりの顔なんて覚えているわけがない。


「はぁぁ……」


 駄目だと思いつつも、またため息。特に今日はお客さんも少なく暇なので、余計にため息も出やすいってものだ。


「どうしたの? 何か悩み事?」


 突然話しかけられて、俺は思わず「いえっ! なんでもありまっせん!」と慌てた。後ろを振り返ると、そこには店長が立っていた。なんだ、店長か……。店長は「悩み事なら聞くよ?」と言ってくれるが、俺は困ってしまった。


 うちの店長は良い人なんだけど、ちょっと頼りない。とは言え、一応上司だし大人だし、ということで、俺も何度か相談したことはあるんだけど、大体答えは「そうだねぇ……いいんじゃないかな?」とか「そうだねぇ……武田君の言うとおりだと思うよ」みたいな曖昧な返事しか返ってこないからな……。


 でも暇ということもあって、俺は暇つぶしがてら店長に言ってみることにした。


「実は、妹の友達に会いたいんですが……」

「え? 何、武田くん。妹さんの友達に……惚れちゃったとか?」

「いやいや! ちっ、違いますよ? ちょっと用があって会いたいだけですよ!!」

「あぁ、そうなんだ。僕はてっきり」

「違いますってば! で、会いたいんですけど、俺、その子の顔も知らなくって」

「それは難しいねぇ……。と言うか、妹さんに呼んでもらえばいいんじゃないの?」


 それができないから苦労しているんだ。俺は小説のことは隠しつつ、ちょっと事情があって、雫には内緒で会いたいということにして伝えた。


「そうだねぇ……。それだとやっぱり顔か、せめて家を知らないと難しいかもねぇ」


 家か。家の前で待ち伏せっていう手もあるな。でも、家も知らないんだよな……。これ詰んでるよな、と俺は思ったんだけど、話は思いもよらない方向に傾いたんだ。


「その子、何ていう名前なの?」

「ええっと、広田和泉ちゃんっていう名前だったと思います。ほら、作家の広田コウスケ先生の娘さん」

「あぁ、あの子か!」

「そうそう、その子……って、知ってるんですか!?」

「知ってるよぉ。だって、結構有名人じゃない? 広田コウスケ先生って。家近所だし。それに娘さんもそこそこ有名人だよ」

「えええ!? そうなんですか?」

「うん、だってウチの店にもよく来るし」

「は?」

「あ、噂をすればなんとやらだ。あの子だよ」

「えっ!?」


 自動ドアが開いて一人の女子高生が店に入ってきた。




「父の事情 24」


 お母さんが帰ってくるまでの私の心境は、語るまでもないだろう。夕方「ごめんなさーい、ちょっと遅くなっちゃったー」と言いながら、帰ってきたお母さんをを出迎えた時、私は平静を装うつもりでいた。


 だが、私の顔は相当ひどかったらしく、お母さんは私を見るなり「まぁ、どうしたの? 義弘さん」と心配してくれた。私はなるべく冷静になりながらも、どこに行っていたのかを聞いた。


 もしお母さんが、私の元職場である編集部だと言うのなら、何の用があったのかを聞かなくてはならない……というか聞きたい。そして、そうでない場所を言った場合は(そちらの方が心配だが)聞くのが怖くなってしまう。


 そんな私の心配をよそに「あ〜」と少し考える素振りをしながらも、すぐに「義弘さんの元職場にお邪魔しちゃってたの」とあっさりと言った。


「黙って行っちゃってごめんなさいね」


 そう言うと頭を下げた。


 お母さんが言うには、やはり編集部に行ってきたらしい。「田中さんに会ってきたの。ちょっとお願いごとされちゃった」と聞いた時は思わずドキッとしたが「その話は後にしましょう。それよりね」と話を逸した。


 田中はお母さんの話を聞いて、SNSというものを使って宣伝することを提案したきたそうだ。ツブヤイッターとか言っていたかな? 私はあまり詳しく知らないのだが、今はそういうツールを使って個人でも情報を宣伝できるらしい。


 なんとなくいわかがわしく感じて、私は一瞬反対しそうになったが、かと言って対案を出せるわけでもないので、黙っておいた。それにお母さんはなんだかとても楽しそうなのだ。


「これをね、開いてね、ここにね、文字を打つの!」


 使い方は私にはサッパリ分からないので、あとで啓太や雫に直接聞いてもらうことにして、私はこれがどれだけ意味があるのか分からないが、それでもお母さんが楽しく協力してくれることになったのだったら、それはそれでいいと思った。


「とりあえず、これで『家族編集部』が正式に稼働するわけだな」

「え? 『家族編集部』って、なに?」

「あ、あぁ……。この前、ちょっと考えていた時に、編集部みたいだなと思ってな。編集部だったら、何か名前があった方がいいかと思って……」

「……」

「……お母さん?」


 お母さんはまっすぐ私を見つめていた。何か言いたげだったその様子を見て、私は不安になった。やはりわざわざ名前など付けるなんて、少し舞い上がってしまっていただろうか? それともネーミングセンスがよくなかったのだろうか?


 私も何も言えずに黙っていると、突然お母さんは胸の前で両手を組んで「素敵じゃない!」と叫んだ。


「そ、そうか?」

「ええ! そうよね、家族で編集さんをやるんですもんね。やっぱりそういうのは必要よ!」


 私は少しホッとした。まぁ名前を付けたから、中身が向上するものでもないし、必要性があるのかと言われれば困ってしまうのだが、こうやって肯定されると、それでも嬉しいものだな。


 安堵したのと同時に、少し力が抜けてしまい、私はソファーに腰を下ろした。お母さんはその隣に座ってくると、私の手を取り「義弘さん……」と少し頬を赤らめる。いい歳して、私も少し照れているのが自分でも分かった。


 ロマンティックな気持ちになり、思わず「雅世……」そう言おうとした瞬間、お母さんの方が先に口を開いた。


「ラノベ作家を目指す気はないの?」




「娘の事情 24」


 自分で言うのもおかしいかもしれないけど、私も女子高生の端くれだし、JKだし。SNSやツブヤイッターのことくらいは知っている。


 ただそれは文字通り「知っている」というだけで、一応スマホにはアプリを入れているけど、ほとんど活用していない。たまに友達が使っているのを見たりするくらいだ。


 だからお母さんが「ツブヤイッターを使って、宣伝をしたい」と言い出した時は、ちょっと驚いたの。自分の小説を、そんなの使って宣伝している人なんていないんじゃない? でも隣に座ってたお兄ちゃんが「え? ツブヤイッターで宣伝なんて、常識だろ?」って突然言うから、思わず「そ、そうよね!」って言っちゃった。


 今になって思えば「常識」に同意している割には、自分で使ってないという矛盾が生じてるんだけど、誰にも突っ込まれなくてよかった……。


 お母さんが言うには、私のアカウントを使って宣伝するんじゃなくって、宣伝用のを使ってやるんだって。相変わらずの行動の早さで、もうアカウントも作って、いくつかツブヤいているのだとか。


 私は正直「どうなのかなぁ」と思ったんだけど、お母さんがやりたいって言うのなら、別に反対はしない。だって、あんなに落ち込んでたお母さんに戻って欲しくないもんね。宣伝の効果はあまり期待していないけど、ま、やらないよりはマシって程度に思っていればいいよね。


 それにしてもどんなツブヤキをしているんだろう……? 私はちょっと気になって、お母さんのアカウントを見せてもらったの。


 『まーちゃん@家族編集部』


 まーちゃんは、お母さんの名前のことだろうけど、家族編集部? お父さんが命名者らしいんだけど、よくある「◯◯編集部」みたいな感じで、私をサポートする編集部っていうことらしいの。


 ……ちょっと恥ずかしいよ。


 さすがにそこは抗議してみたんだけど、なんか私以外の家族はみな「いいじゃない!」って言ってて、どうも抗議を受け入れる様子もないんだ。元々は私が「助けてくれ」って言った結果、こうなったんだから、今更「それは嫌だ」っていう権利もないのかもしれない。


 諦めつつ、お母さんのツブヤキを見ていたんだけど……え? これ、本当に大丈夫なの?




「母の事情 24」


 本当のことを言うと、田中さんを訪ねるまでは「ダメ元」っていう感じだったのよね。藁にもすがる思い、っていうのかな。何か私にも手伝えることがないのか、って必死だった部分が、後先考えず私を行動させたのよ。


 私がリビングでそう家族に力説すると、啓太は「後先考えてないのは、いつもだろ」って言うのよ。一瞬「こらこら」って思っちゃったけど、確かにそうかもしれないわね。でも、後先ばかり考えて行動できないよりは、よっぽどいいでしょ?


 田中さんにアカウント(今度はちゃんと覚えてたわ)を設定してもらって、家に帰ったんだけど、義弘さんに「家族編集部」というのを聞いて、私はその名前がすっかり気に入っちゃったのよ。


 啓太に聞いたら「アカウントの名前は変えられるぞ」って言うから、早速「まーちゃん@家族編集部」に変えてもらったの。作家さんが雫で、私は広報部長ってところかしらね。部員が私しかいないのは少し寂しいけど、こういうのは気分次第だからね。気にしない気にしない。


 どうせやるんなら一刻も早く、と思って、帰りの電車の中でいくつか投稿してたのよ。家に帰ってからも、夕ご飯を作りながら、思いついたことをすぐ投稿。それに、ツブヤイッターって「フォロー」とか「フォロワー」っていうのがあるそうなのよ。


 私が誰かを「フォロー」したら、その人のツブヤキが私のスマホで見られるようになるそうなのよね。逆に言えば、私がフォローされると、私のツブヤキがその人のスマホで見られるようになるわけよ。


 ということは、たくさんの人にフォローしてもらわないと、宣伝にならないってことよね。


「でも、どうやってフォロワーってどうやって増やすの?」


 田中さんに聞いてみたら「面白いツブヤキをしていると自然と増えますが、まずは誰かをフォローしていくといいですね」って言ってたわ。どうせだったら、ヨメカケ関係の人が良いわよねぇ。田中さんは「だったら『ヨメカケ』で検索してみればいいですよ」って言ってたの。


 意味がイマイチよく分かってないんだけど、とりあえずやり方だけ教えてもらったので、検索結果に出てきた人を片っ端からフォローしていったのよ。途中で「まいたけ」ちゃんのアカウントも見つけたから、フォローしておいたわ。


 それに、スミスさんの小説を書いた「和月」ちゃんもフォローしておいたの。「和月」ちゃんは、結構マメにツブヤいてるのよねぇ。「新しい小説を投稿しました」とか「今回の話から新展開になります」とか書いてあって、なんだかとっても参考になったわ。


 ツブヤイッターの詳しい使い方は、今度恭子ちゃんに教えてもらうとして、とりあえずはたくさんフォローして、たくさんツブヤいておかなくちゃね。他の人のツブヤキも見て参考にしようと思ってスマホにかじりついていたら、雫が「ねぇ、お母さん。どんなツブヤキしてるの?」って聞いてきたから、見せてあげたの。


「うっ、えっ、あ、あぁ……?」


 ちょっとうろたえていたみたいだけど、私なんか変なことツブヤいたかな?

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