第23話 家族の事情23
「息子の事情 23」
俺は雫の様子がおかしいと思ったから、話を聞いてみたんだ。もしかして、今になってまた自信がなくなったとか、話の続きが思いつかなくなったとか、そういう話だったら、一応「編集」の役割の俺の出番だからな。
そう思って話を聞いたんだけど、なんてことはない。とても簡単な話だったんだ。
雫は「自分でもよく分からないけど、何かモヤモヤしている」って言っていた。でも話を聞けば、その原因は一目瞭然だった。俺は「お前、さっき自分で言ってたんだぞ」と言ったんだけど、どうも分かってない様子だ。
雫は「友達の和泉ちゃんと一緒に頑張りたいと思ってた」と言っていた。それが答えだ。雫は勉強でも部活でも、昔から「敵」を作らない。もっと分かりやすく言うと「ライバルは作るけど、敵は作らない」のだ。
つまり競争相手と意思疎通しながら、お互いが頑張って高め合う。そんなのが好きなのだ。だから今回のように、まるで絶縁状のようなものを突きつけられたことで、傷ついているんだ。
雫は、他人がどう思っているかとか気にするタイプだけど、案外自分のこととなると、分からないものかもしれないな。俺はあんまり人にどう思われているか気にしないタイプだと思ってるけど、そう考えると、同じ兄弟なのかっていうくらい性格が真逆なのも面白いもんだ。
まぁ今回の件は、我ながらよく気がついたと褒めてやりたいところだ。これが編集の仕事かどうかと言われると、ちょっと違う気もする。でも作家のコンディションを整えるのも、編集者としては大切なことじゃないかな?
俺はどう伝えたものか少し迷ったけど、ここはストレートに言った方が良いと思って、そのまま伝えることにした。雫は珍しく黙って聞いてた。俺が話し終えると、頭の整理をしているのか少し黙っていた。やっと口を開くと「ど、どど、どうしたらいいの?」と聞いてきた。
自分の気づいていない側面を突かれたからか、少し挙動不審になりかけている。でもその質問は、ちょっと聞かれたくなかったな。だって、俺にも良く分からないから。でも、そう言うわけにもいかない。
「うーん、まぁそれはそれとして、置いておくしかないんじゃないか?」
「でもっ! ……気になるし……」
「んじゃ、改めて『一緒に頑張ろう』って言うか?」
「それは……ちょっと言いにくい」
どこまで立ち入っていいのか分からなくなってくるけど、せっかく応援してやるって決めたのに、肝心の作者がこの様子じゃ困るのは確かだ。でも、友達相手にでも素直になれない、このポンコツぶりを見てると、雫に任せていたらいつまで経っても解決できない気もする。
「分かった分かった。そっちの件はなんとか考えておいてやるから」
俺はちょっと面倒くさくなって、とりあえずそう言っておけば、雫も一旦は納得するだろうと踏んだ。でも、雫は小さく頷いた後で「もう一個の方は?」と聞いてきた。
あぁ、そっちもね。そっちも根本的には同じことなんだと思うんだけど、これを素直に雫に言ったら、きっと余計に小説に手が付けられなくなりそうだと俺は思った。それに、こっちは確信があるわけでもないし。
だから「そっちも任せとけ」と、あんまり自信がないんだけど、それを見せないように振る舞っておいた。
雫は少し笑うと「分かった。お願いします」と妙によそよそしく頭をペコリと下げた。こんなに素直な我が妹を見るのは初めてだったから、ちょっと戸惑ったけど、俺の演技スキルも板についてきたって感じかな?
「父の事情 23」
お母さんの機嫌がジェットコースターのように下がったり上がったりした原因は良く分からなかったが、私は正直ホッとしていた。
一応「考えるから」と言ったものの、妙案など浮かぶ気配などない。「縁の下で支えるから」とお母さんは言ってくれたが、それで納得したわけではないことは、私にでも分かる。なにせ20年以上連れ添ってきたのだ。
このままお母さんが元のように、自分で小説を書いたりすることに興味を戻してくれれば良いのに、とも思ったが、それは間違いであることに気がついた。目の前で家族3人がひとつの小説を囲んで話しているのを見ることになるわけだから、結局一緒のことだ。
どうしたものか……。そう思いながら翌朝リビングに降りていくと、子供たちは既に出かけており、お母さんもいない。私は自分でトースターをセットして、コーヒーを淹れた。
そこへお母さんがやってきて「あら、義弘さん、おはよう!」といつも通り元気よく挨拶をしてきた。お母さんは、化粧をしてカバンを手に持ち、忙しそうにその中へ色々詰め込んでいた。
「どこか出かけるのか?」
私がそう聞こうとすると、お母さんは「ちょっと出かけてきますからね。お昼は適当に食べててね」と言うと、さっさと家を出て行ってしまった。
私はトーストにバターを塗る手が思わず止まってしまっていた。お母さんがこの時間帯から出かけてしまうのは、珍しいことだ。しかし、ないわけじゃない。
でも、お昼ごはんも「適当にして」と言って出ていくことは、少なくとも私が退職してからはなかったことだ。私は一人残されたリビングで考え込んだ。
人がいつもと違う行動をしている時には、何かがあるということだ。特に歳を取ると、日常の生活パターンはそうそう変わるものではない。一瞬、お母さんの友達とどこかへ出かけたのかとも思ったが、それもいつもはお昼すぎからのことばかりだ。
ま、まさか……。
私はすっかり冷めてしまったトーストとコーヒーを手に、動けなくなってしまった。思考が止まったかのようだ。
私があまりにも頼りないから……どこかの男と……。
いやいや、それは前と同じパターンじゃないか。いい加減、学習するのだ。小説だったら読者に「またこの展開かよ」と呆れられてしまうだろう。
私は浮気説を頭から消すことにした。しかし、そうなるとお母さんはどこに出かけたのだ? そんなことをしばらく考えてみたが、当然答えなどでない。
ま、お母さんが帰ってきたら、さりげなく聞けばいいか。
そう思いながら、改めてテーブルの上を確認すると、チラシやら郵便物やらで散らかっている。いつもはお母さんが片付けてくれるので気にしたことはあまりなかったが……。
たまには私も片付けをしておこうか。チラシを畳んでいると、そのうちの一枚の裏に、何かが書かれていた。どこかの住所や電話番号のようだが、どこかで見たような……。
それを思い出すのにそう時間はかからなかった。私の元職場のものだったからだ。
「娘の事情 23」
お兄ちゃんの説明は多少回りくどい言い方もあってか、聞いた瞬間には「何を言ってるの?」と思っちゃったけど、すこし考えると「あぁ、そっか」と納得はできたのね。
確かに私は、誰かと競い合うのは好きだったけど、それはお互いに認め合いながらするのが前提だった気がする。感情的になったりするような競い合いは、初めてのことだったんだよね。
なるほどなぁ。お兄ちゃんにしては、なかなか観察力というか、洞察力があるじゃない。もしかしたら、お兄ちゃんはそういうのが向いているのかもね。
でも、自分のモヤモヤの理由が分かったところで、実際にどうやってそれを解決したら良いのか? それも分からない。
私は和泉ちゃんと小説を競い合うのは嫌じゃないんだ。だけど、それは和泉ちゃんとお互い励まし合ったり、情報交換したり、そういうやり方をしたいんだよね。
お兄ちゃんは「素直にそうしたいって言えば?」と言ってたけど、うーん……。ちょっと想像してみた。途端に和泉ちゃんの「私、負けないから!」と言ってた時の顔が思い浮かぶ。
いや、やっぱり言いにくい。
結局お兄ちゃんは「考えておくから」と言ってくれた。私は今まで別にお兄ちゃんのことを「大嫌い!」だったわけでもなく、かと言って「大好きっ!」というわけでもなく、普通の兄妹って感じだったんだけど、なんだか、少しだけ頼もしく見え……た気がした。
でも、私にはもうひとつ気になることがある。
和泉ちゃん自身のことだ。
和泉ちゃんがなんであんな反応をしたのか? それが私には分からなかった。怒ってるのかと心配したけど、そうじゃないって言うし。泣き出しちゃうし……。
私はそれもお兄ちゃんに聞いてみたんだけど、お兄ちゃんは「そっちも任せておけ」と親指を立てて、自信たっぷりに言ったんだ。お兄ちゃんは演技下手だから、本当に自信がないとこんな言い方はできないはずだよね。
と言うことは、何か理由が分かってて、解決できる方法も知っているってことだよね。
できれば自分で解決したかったんだけど、やっぱりできそうにもないので、ここは素直にお兄ちゃんにお任せすることにしたんだ。お兄ちゃんは「それよりも、小説の続き。とりあえず書く前にプロットだけでも見ておきたいから」と言った。
私はノートパソコンから、プロットのファイルをお兄ちゃんのスマホに送った。お兄ちゃんは、それをざっと確認してから「後でちゃんと読んでみるよ。明日打ち合わせな」と言って部屋に帰っていった。
私は作家じゃないので、本当はどうなのか分からないけど、なんか本当に編集者さんっぽい。ちょっとだけそう思っちゃった。
「母の事情 23」
「え? お願いですか? ええ、ええ。何でも言って下さい!」
そう言って田中さんは胸を叩いたの。あら、そんなに安請け合いしてもいいの? 前言撤回はなしですよ? と私が釘を刺したら、田中さんは「お手柔らかに」とコロコロ笑ってたわ。
とは言え、そんなにメチャクチャなお願いをするつもりもないのよ。私は田中さんに「私も何か役に立ちたいの。でも何ができるのか分からないのよ!」と言ったの。現役の編集さんだったら、何かいいアイディアが浮かびそうじゃない?
田中さんは「なるほどぉ〜」と頷きながら「確かに編集、校正という役割は面白いですよね」って言うのね。でしょ? でも、それ以外に私にも出来ることを知りたいの。
「それ以外だと、確かに営業の仕事が重要な役割だと思いますが……」
「でも、売るわけじゃないから、って義弘さんは言ってたのよ」
「まぁ、確かにそうなんですけど……。娘さんってSNSとかやってます?」
「……SNS?」
「ほら、ツブヤイッターとか、若者がスマホなんかで呟いたりしているじゃないですか」
ツブヤイッター? あぁ、そう言えば、なんかテレビで見たことあるかな? 中学生や高校生たちがスマホでコミュニケーションを取ったりしているやつよね。でも雫がやっているのかどうかは分からないわ。
「まぁこの場合、個人的なアカウントじゃなくって、小説専用のアカウントを使えばいいと思うんですけど。ちょっと娘さんの小説見せてもらっていいですか?」
田中さんにスマホを見せたら「ふむふむ」と言いながら何か操作し始めたの。5分くらい、あれこれ触った後「どうもやっていないようですね」と言ってくれたのね。
田中さんが言うには、SNSを使えば小説の宣伝ができるらしいのよ。だから、作家さんはみんなそういうのを使って「小説を投稿しましたよ〜」って呟いて宣伝するみたいなのね。
「それをお母様がやるっていうのは、どうでしょうか?」
「えぇ!? 私が?」
「はい。宣伝も営業の仕事の範疇ですから、ちょうどいいんじゃないかと思うんですよ」
うーん、でも勝手にやってもいいのかしら? そもそも、私女子高生じゃないし……。雫のフリしてそんなことできるのかしら?
私が悩んでいると「それなら、娘さんの投稿名……ええっと『ぴょこたん』さんでしたっけ? じゃ、『ぴょこたんの母です!』みたいな感じはどうでしょうか?」
なるほどね! それ、いいんじゃない? 雫の名前で勝手にやるのはどうかと思うけど、私の名前なら良いわよね。と言うか、それだわ! それしかないわよ!
私がそう言うと、田中さんは「じゃ、アカウントの設定もしておきましょう!」とスマホでやってくれたの。
結構行動早いわよね、この人。
でもそのおかげで、やっとやることが見つかったんだから、感謝しないとね。
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