第22話 家族の事情22
「息子の事情 22」
ご飯の最中に聞いた「役割分担」の件は、俺にとってもありがたい話だった。
「家族で雫のサポートをする」って決めてからも、俺の中では「どうしたものか?」という疑問が残っていたから、この申し出は渡りに船ってやつだ。
それに三好さんにもらった「まいたけメモ」を見てからは「小説を分析しながら読む」っていうことが、自分の性に合っているような気がしていたから、なおさらだった。
それ自体を完全に習得した、とは言えないけれど、それでもコツは掴んだ気がする。これから自分が書いたメモを元に、雫の小説をもっと面白くしていくために、編集としての役割も頑張れる気がしてきた。
それにしても気になることがふたつあるんだ。
ひとつは、雫の友達の話。雫は「負けたくない」と言ってた。そういや弓道部にいた時にも、同じことを言っていた気がするな、と俺は思い出したんだけど、今回のはどうも何かが違う気がする。
何が? と言われるとちょっと困るんだけど、うーん……。「負けたくない、けど、迷っていることもある」って感じかな? 思い切りぶつかっていけないような、そんな感じ。
俺は気になって夕食後に「雫、お前の友達の話なんだけど」と切り出してみた。雫はちょっと驚いたような表情をしてたけど「後で話すから」と言って、とっとと2階へ上がって行ってしまった。
ま、そう言うのなら仕方ない。その話は後にするとして、もうひとつの方を考えてみる。
それは母さんのことだ。
母さんは、自分が「ご飯係」くらいしか手伝えないと知ってから、随分落ち込んでた。普段、何があってもあっけらかんとしているから、俺にとっては、結構衝撃的な姿だったんだ。
ご飯を食べ終わっても、しばらくぼけーっと茶碗を持ったまま呆けているのを見たら、なんだかいたたまれなくなって、思わず「母さん、俺と一緒に編集やろうか」と言ってみた。
母さんは一瞬、パッと顔色が明るくなったけど、すぐに「ううん、それは啓太がやって」と言ってニコっと笑った。流石に作り笑顔だと分かったので、スッキリとはしなかった。
でも洗い物をしていた時には、少し元気になってきたようだったし、お風呂上がりには、スマホを触りながらいつもの母さんに戻っていた。
「田中さんよ、そうよ!」としりきに言ってたけど……。田中さんって誰?
それも気になったけど、まぁ、元気になったのならいいやと思って、2階に上がり雫の部屋のドアをノックした。「どうぞ〜」という声が聞こえてきた。
俺は「こういうのが正しいノックの仕方だぞ」と思いながら、部屋へと入っていった。雫は椅子に腰掛けていて、俺はベッドに座らせてもらった。
「で、友達の話なんだけど」
そう切り出すと、雫はコクンと頷いて話し始めた。
「父の事情 22」
私のせい、ではないと思うのだが、お母さんがすっかり意気消沈している姿を見るのは、実に忍びないことだった。「少し待ってくれ」と言ったものの、こんな調子では、気になって仕方がない。
放心状態で茶碗を運んでいるお母さんに「よかったら、その……一緒にやらないか?」と聞いてみたが、上の空のようで返事がない。ううむ……。
私は頭を捻ったが、そんなすぐに妙案が浮かんでくるわけもなく、ほとほと困り果てた。だが、風呂から上がってきてみると、なぜかお母さんは元気を取り戻したかのように、スマホを手にしながら鼻歌を歌っていた。
この短い時間に一体何があったのだ? 正直、全然分からなかったが、まぁそれでも少しでも元気になってくれたのなら、それは良いことだ。いずれは、何かお母さんができることを考えないといけないが、それでもこれでしばらく時間が稼げそうだ。
私は自分の部屋へと戻ると、パソコンを開いて、家族の役割分担を整理することにした。まず、雫がプロットを作る。プロットとは小説の設計図のようなもので、小説内で起こる出来事や会話などを簡単な形で構成する。
作家によってプロットの作り方はマチマチで、作家が小説の内容を編集に簡潔に伝えられるようになっていれば良いので、ここは雫のやりやすいようにすれば良いだろう。
その後、編集担当の啓太と打ち合わせをする。普通の作家の場合は、1冊の本を一気に書き上げるのだが、今回のように連載ものとなれば、一話ごとに打ち合わせが必要となってくるだろう。
雫の投稿ペースは、今はまだバラバラだが、これもコンテスト終了間際に完結できるか、クライマックスに持っていけるように、調整した方が良い。その辺は啓太の仕事だ。
それを基に雫が小説を書き、出来上がったら再度啓太がチェックする。その後は私が、誤字や脱字、表現方法などをチェックした後、雫が投稿すれば1話が完成となる。先程言ったように、連載ものであるから、それらの作業は並列で行っていかなくてはならない。
そんなことを考えていると、ふと自分が仕事をしていた時のようだと思った。もちろん実際の出版はもっと多くの人が関わっているし、色々と複雑なものである。しかし、ある意味これは編集部の縮図のようなものかもしれない。
「家族で編集部……か」
椅子にもたれかかりながら、私は少し嬉しくなっていた。
「娘の事情 22」
お兄ちゃんは、意外とこういうことに鋭い時がある。
たまにだけどね。
私が夕食の席で和泉ちゃんの話をした後に「そのことで話がある」と言ってきた。お兄ちゃんと和泉ちゃんは、多分ほとんど面識がないはずだ。いや、何度か家に来たことがあったから、もしかしたら顔くらいは見たことがあるのかな?
そんな状態で「話がある」っていうことは、きっと何か引っかかることがあったんだと思う。私は自分でも整理できていないから「後で」と言ったんだけど、お兄ちゃんはお風呂上がりに早速私の部屋へとやってきた。
「友達の話なんだけど」と前置きしてから、少し間を置いて「何かあったのか?」と聞いてきた。ほら、やっぱり変な所だけ鋭い。
でも私はなんて言ったらいいのか、ちょっと迷った。だって、自分でもよく分かってないことだからね。理解できてないことを説明するのって、どこから話したものかすら分からない。
しょうがないから、私はもう一度順を追って話してみることにした。
和泉ちゃんからヨメカケに投稿していると聞かされたこと。
その時にすぐ「自分も投稿している」って言えなかったこと。
でもその後ちゃんと言ったこと。
和泉ちゃんは急に泣き出して「負けられない」って言い出したこと。
「怒ってるの?」と聞いたら「そうではない」と言っていたこと。
一緒に頑張れるかなと思っていた私は、ちょっと困ってしまったこと。
私はやるからには全力でやるしかないと思っているけど、ちょっとだけ何か違う気がすること……。
お兄ちゃんは黙って聞いた後で「あぁ」と呟いた。え、何? 今ので何か分かったの? 私が混乱してると、お兄ちゃんは「まぁそっちはともかく……。雫が投稿してるって言った時、その和泉ちゃんは何か言ってたか?」と聞いてきた。
私はちょっと考えた。そう言えば、あの時は必死だったけど、確か和泉ちゃん何か言ってたな……。確か私が「カケヨメのことなんだけど」と切り出したら、和泉ちゃんは「もう投稿した」って言ってて……その後……。
あっ! そう言えば「また読んで欲しい」って言ってたような。私がそれを遮って「私も投稿してる」って言っちゃったんだった。私がお兄ちゃんにそのことを言うと、お兄ちゃんは少し考え込んでしまった。2,3分ほど黙っていたんだけど「ま、和泉ちゃんのことは、ちょっと置いておこう」と言ってから立ち上がった。
「それよりも、お前のモヤモヤの方が先だ」
「そりゃそうだけど。しょうがないじゃない、私にだって分からないんだから」
「お前、ほんと自分のこととなると、分からないんだな」
「えっ……どういうこと?」
お兄ちゃんは「はぁ」とため息をついて「お前がさっき、自分で言ってたんだぞ」と言った。
え? 私、何か言ってた?
「母の事情 22」
座右の銘は「善は急げ」。
って、言いたくなるくらい、私は思い立ったらすぐしないと気が済まない性格なのよ。次の日には朝の支度を済ませると、義弘さんに「ちょっと出かけて来ますからね。お昼は、適当に食べててね」と言い残して家を出たの。
向かう先は、当然義弘さんの元職場の編集部!
本当は義弘さんに相談してから行こうかと思ってたんだけど、昨日の晩は義弘さんは部屋に篭りっきりだったし、それに相談したら反対されそうだったから、内緒で来ちゃった。
お恥ずかしながら、義弘さんの職場に行くのはこれが初めてなの。でも、昨日ちゃんと調べておいたから、迷ったりはしないわよ。それにしても、電車に乗るのなんて、何年ぶりかしら? ちょっとした遠足みたいよね。
電車を降りてから、少し歩いたんだけど、結構距離あるのよね……。義弘さんは、毎日これを通っていたわけだから、本当にお疲れ様だわ。
少し息が切れかえてきた頃、やっと目的のビルに着いたの。うわぁ、結構大きなビルよね。周りのビルに比べるとちょっと古そうだけど、その分立派に見えるわよね。「年季が違うぜっ!」って感じからしらね。
でも、ここからどうしたいいのか、少し迷ってしまったの。ウロウロしていると、ビルの入り口に看板があるのを見つけたのよ。うーん、編集部、編集部……。あった! 4階にあるって書いてあるわ。
私はエレベーターに乗ろうと、扉が開くのを待ってたんだけど、ちょっと驚いちゃった。開いた扉の先に、あの田中さんが乗っていたんだもの。田中さんは一瞬「あれ?」って言ってたけど、すぐに「あぁ! もしかして武田さんの奥さんですか?」って気づいてくれたのよ。
よく覚えてたわよねぇ。田中さんは「いや、ちょっと前に武田さんが来たんで、その時家をお訪ねした時のことを思い出したんですよね」って言ってたわ。あれ? 義弘さんも来てたの?
田中さんは「義弘さん、原稿進んでます?」って聞いてきたの。ん〜? なんか話が噛み合わないわね。私が考え込んでいると「ここじゃなんですから、すぐそこの喫茶店に行きませんか?」と、汗を吹き出しそうな田中さんが言うので、それもそうよね、と思ってついて行ったの。
喫茶店で話を聞くと、私は早速切り出したの。
「実は娘が小説を書いてるのよ」
「えっ! 娘さんが? 小説を?」
「そうそう、ヨメカケってところに投稿しているの」
「あっ、それウチじゃないですか」
「そうなのよねぇ。面白いわよね、ヨメカケ。私も毎日読んでいて……」
おっといけないわ。話が逸れそうになっちゃった。私は、雫が投稿していて、コンテストにも応募してることと、それで家族がサポートしたいんだけど、私の役割がないということを、田中さんに言ったの。
田中さんは「ふむふむ」と頷きながら聞いていたけど、最後に「あぁ……それで武田さんが、この前来たのか……」と少し残念そうな顔をしていたわ。田中さんが言うには、義弘さんをラノベ作家としてデビューさせたいらしいのよ。
「この前、武田さんが小説の話を聞きに来られていたんで、てっきりそういう話だと思っていたんですが……」
田中さんはガックリと肩を落としてしまってたの。私はなんだか気の毒になったのと、そういう話だったら面白いわね、と思ったのよ。そこでひとつ提案してみたの。
「ね! だったら、私から言ってみてあげましょうか?」
「ええ!? 本当ですか!!」
「言うだけなら、ね」
「おー! 十分です。ぜひぜひお願いします!」
「その代わり……」
私は田中さんに、ひとつ頼み事をしたの。
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