第21話 家族の事情21


「息子の事情 21」


 三好さんからもらったメモ『まいたけメモ』は、俺にとって衝撃的なものだった。


 小説を読む時の心構えから、読み方、捉え方、ペース。

 レビューや感想を書く時の基準の作り方。

 読ませるレビュー文の書き方。褒めるが全てではないということ。


 その他にもたくさんあった。


 考えてみれば、俺は面白い作品を目にすると「読者視点」だけで読んでいた気がする。ただ単に「楽しむ」ことが目的だったら、それでも良かった。でも今回のように「作品の完成度を上げるために」という目的がある場合は「作者視点で読む」っていうことも大切なことだ。


 もちろん、それは分かっていたつもりだったけど、それでもやっぱり読んでいる時には夢中になってしまうので、なかなか難しい。だからこその「2度読み」なんだと、まいたけさんはメモに書いている。


 まいたけメモに一通り目を通してから、雫の小説を始めからもう一度読み返してみた。結構時間がかかったけど、改めて見てみると、確かに気になる箇所はいくつかあった。投稿後の作品を、大幅に修正するのは難しいかもしれないけど、今後のためにと、それをメモしていく。


 けっこう悪戦苦闘しながらも、なんとか「面白かった箇所」「読む手が止まった箇所」などの、自分なりの分析はできた気が……する。


 母さんの「ご飯よ〜」と呼ぶ声が聞こえた。時計を見ると、もう19時を回っている。かなり集中してやったから気が付かなったけど、窓の外はすっかり薄暗くなってしまっていた。


「自分の小説を書く時は、こんなに集中できないのになぁ」


 いつも小説を書く時は、何かと手が止まったり、他のことに気が散ったりで、せいぜい30分も集中して書ければ良い方だ。始めてやる作業だったから夢中になってしまったのかもしれないけど、もしかしたら、こういう作業の方が好きなのかもしれない。


 なんだが自分の意外な一面を見たようで、すこし新鮮な気持ちだった。


 リビングに降りていくと、母さんは食卓にお皿を並べていて、親父は別のテーブルで何かしきりに書いていた。母さんは「あ、やっと降りてきた!」と言って「雫が来ないんだけど、どうしたのかしら?」と首を傾げていた。


 


「父の事情 21」


 田中と別れて帰路についた私だったが、実に困り果てていた。


 前回、つい勢いで「プランC」などと口走ったが、実はそんなものはどこにもない。私の中では「自分で読んで研究する」「元部下に話を聞く」、それだけしかなかったのだ。


 電車に揺られている間も、家までの道のりを歩いている時も、頭をフル回転させて考えてみた。しかし、考えれば考えるほど、頭が混乱して、何も思いつかない。


 今日はもう駄目だな、そう思って家のリビングのソファーに腰掛けた時のことだ。先程までキッチンで電話していたお母さんが、こちらにやってくると「ねぇ、義弘さん。ちょっと提案があるんだけど」と言ってきた。


 私は疲れていたので正直今度にして欲しかったが、お母さんの熱心さに負けて、とりあえず話だけでも聞いてみることにした。


 結果的にはそれは正解だった。


 お母さんは、家族の中で役割分担をしてみてはどうかと切り出した。考えてみれば、商業出版でも、作家、編集者、校閲・校正者、デザイナー、営業……それ以外にもたくさんの人が関わっていた。 


 素晴らしい案じゃないか! むしろ、今までなぜ気が付かなかったのか?


 私は思わず「お母さん、それだ! 素晴らしいじゃないか!」とお母さんの手を握ってしまった。すぐに我に返って照れくさくなり、慌てて手を離そうとしたが、お母さんはギュッと私の手を掴んで離そうとしない。


 なんとかその手を解いて、私はテーブルを見回すと「ちょっとメモしておく」と言った。お母さんは、少し不満そうな顔をしていたが、すぐにお玉を振り回しながらキッチンへと戻って行った。


 私は近くにあったメモ用紙を一枚千切ると、そこにそれぞれが出来そうな担当を書いてみた。担当と言っても、私とお母さんと啓太の3人だ。それほどたくさんのことはできないだろう。

 

 担当内容は順当に考えると、作品の内容を作家と考える「編集」、文字や文章の正確性を確認する「校閲・校正」は必要だろう。問題はここからだ。ヨメカケには表紙がないので「デザイナー」などは必要ない。


 取次や書店へ本を売る「営業」はどうだろうか? ヨメカケへの投稿は営業できるものなのだろうか……? 売るものではないし、前にも問題になったように、家族間のレビューなどはできない以上、あまりやることがなさそうだ。


 うーむ、後ひとつ……。




「娘の事情 21」


 リビングに降りていくと、もう家族のみんなはご飯を食べていた。私が「ごめんごめん」と言いながら、自分のご飯をよそおうとすると、お母さんは「先生! 私がやりますから!」と強引にしゃもじを掴んでくる。


「もぉ、お母さん! 『先生』は止めてってば!」


 私は恥ずかしくて、顔が真っ赤になっているのが自分でも分かるほどだった。それでもお母さんは「せめて、ご飯係だけは……」と食い下がってくる。


 ご飯係?


 席に付くと、お父さんが一枚のメモ を私に見せてきたの。そこには「編集=啓太、校正=父」とだけ書いてあった。一瞬意味が分からなくて、お父さんに聞いてみたら、どうやら私の小説をサポートするために、家族で役割分担を決めようということになったらしいのね。


 なんだか凄いことになってきたなぁ、と思ったんだけど、和泉ちゃんの件があったので、同時に頼もしいなぁとも思った。お父さんは、続きを話したがっていたけど、その前に話しておきたいことが私にはあったの。


 断りを入れてから、私は今日、学校であったことをみんなに話した。友達の和泉ちゃんのこと。その和泉ちゃんがヨメカケに投稿して、コンテストにも参加していること。私が自分も投稿していることを先に言わなかったせいで、和泉ちゃんを悲しませてしまったということ。


 そして、和泉ちゃんの小説を読んでみたら、とても面白くて、少しだけ自信がなくなってきたこと……それでも、負けたくないという気持ちはあるということ。


 全て隠さず言ったの。


 家族は黙って私の話を聞いてくれてた。私は言いたいことを言ったんだけど、自分の中でも整理ができずに話し始めちゃったから、そこで「あれ? で、どうしたいって話だっけ?」と言葉に詰まっちゃったのね。しばらく沈黙が続いたけど、お父さんが咳払いすると口を開いた。


「作家の先生が向こうには付いているんだ。こちらも遠慮なしに、家族で応援すればいいじゃないか」


 普段はあんまり頼りにならないお父さんだけど、今日はなぜかとてもかっこよく見えた。後光が差しているようだよ。お兄ちゃんも「そうだよ、俺も微力ながら手伝うからさ」と言ってくれてる。


 ……あれ? こういう時、いつもは先陣を切って励ましてくれるお母さんが、なんだか元気がない。お箸でお味噌汁をしきりにかき回しながら、ずっとわかめが回っているのを眺めている。


 どうしたの?


 私は首を傾げていたんだけど、お父さんとお兄ちゃんの目線が、私の手元にあるメモに集中していたの。さっきお父さんが手渡してくれたやつだ。


 もう一度メモを見てみる。そこにはお父さんとお兄ちゃんの名前が書いてある。でもお母さんの名前はない。役割分担って言ってたけど……あぁ、つまり、お父さんが校正者さん、お兄ちゃんが編集者さん、っていう所まで役割が決まったけど、お母さんのが決まってないのね。


 「ご飯係だけでも」って言ってたのは、そのことかな。




「母の事情 21」


 もとを正せば、恭子ちゃんのアイディアなんだけど、私は義弘さんに褒められちゃったせいで、すっかり舞い上がってしまっていたのよ。


 義弘さんはすぐに役割を考えてくれたわ。啓太が編集者、義弘さんは校閲・校正者。どちらも適任じゃない? それで私は、自分のは? って聞いてみたんだけど、義弘さんは「うーむ」としか言わないのよ。


 でも考えてみれば、それもそうよね。だって、私ができることって、本を読んで感想を言うことくらいだもの。それは啓太の役割になっちゃっているし、二人もいたら混乱しちゃうもんね。


 それでも義弘さんなら、何かきっと素敵なものを考えてくれるかな、と少し期待していたんだけど、結局「すまない、お母さん。近いうちには……考えるから」ということになったの。


 しょうがないことと言えば、そうなんだけど、流石にちょっと落ち込んじゃった。そんな私を見て、義弘さんは「いっ、いや、ほら! お母さんは、家事や炊事を一手に引き受けてくれいるじゃないか! 私や啓太は、他にやることもないし……」とフォローしてくれたの。


 アタフタしてて可愛かったけど、あんまり困らせるのも駄目よね。私は「大丈夫よ、義弘さん。私は縁の下の力持ちとなって、ちゃんと支えるから」と言ったの。義弘さんは少しホッとしたような顔をしてた。


 そこでその話は一旦おしまいになったんだけど、ご飯を作っていると、やっぱり「何かできることないかなぁ」と考えちゃうの。編集者と校閲・校正者以外だと、表紙を作ったりするデザイナーさんや、本を本屋さんなんかに売る営業さんなんかがいるらしいのね。


 ヨメカケは表紙とかはないから、デザイナーさんは必要ないし、売るわけじゃないから営業さんんも要らない、って義弘さんは言っていたの。それもそうよねぇ。


 雫の小説を印刷して、街で「小説は……小説はいかがですか〜」と売って歩くわけにもいかないものねぇ……。


 ご飯を食べている時に、雫が学校のお友達との話をしてくれたの。和泉ちゃんっていうらしいんだけど、雫の話によると、その子もヨメカケに投稿してて、コンテストにも参加してるらしいのよね。


 雫は珍しく闘志剥き出しで「負けたくないんだ」って言ってた。私は「青春してるなぁ」とちょっと嬉しくなったんだけど、余計に何かお手伝いをしたくなっちゃったのよ。だって「ご飯係」も大切だけど、やっぱり小説に関わることもやりたいじゃない?


 それでこそ、本当に家族がひとつになるってことだよね。


 私は「落ち込んでいる場合じゃないわっ!」って思ったのよ。何か、何でもいいから、私にできることがないのかな? お茶碗を洗いながら、明日のお弁当の準備をしながら、お風呂に入りながら、ずっとそのことを考えてたの。


 私は「恭子ちゃんに相談してみようかな?」と、湯船に浸かりながら思ったの。でも「最近恭子ちゃんに頼ってばかりだからなぁ」とも思ったのね。恭子ちゃんは頼りになるお友達だけど、あんまり頼りすぎるのも良くない……よね。


 お風呂から上がってテレビを見ながら、やっぱり恭子ちゃんに聞こうかな、いやいや駄目だよね、というのを繰り返しながら、携帯電話を眺めてたの。その時気がついたんだけど、電話番号のリストに「義弘さんの職場」っていう項目があったの。


 そう言えば、もう義弘さんの職場に電話することもないしね。消しておこうかな? そう思った時、ふっと「そう言えば、昔お父さんの部下の人が家に来たことあったなぁ」ということを思い出したのね。


 「武田さんが忘れ物しちゃった原稿、取りに来ました」って言ってた、コロコロっとした人。あの人なんて言う人だったっけ……。確か、ウチと同じ「た」から始まる名前で……。


「あ! 田中さんだ」


 そうだ、田中さん。あの時まだ入社して間もないって言ってたから、まだ編集部にはいるわよね。一度しか会ったことないけど、なんか人の良さそうな感じだったなぁ。


 そんなことを考えていると、凄い良い案が浮かんできたの。

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