第20話 家族の事情20
「息子の事情 20」
三好さんは「後でね」と言ったものの、結局お昼休憩まで何も話はできなかった。ご飯を食べて事務所を出ると、今度は代わりに三好さんが休憩となる。
ダメだ。このままじゃ何も聞くことができない。
焦っていると、三好さんがすぐに事務所から出てきた。そして品出しをしている店長の元へと行くと、何やら耳元で囁いていた。店長は真っ青な顔になって、首をブンブンと振っている。一体なんだ?
「じゃ、そういうことで!」
三好さんはそう言うと、今度は俺の方へやってきて「さ、啓太くん着替えて着替えて」と俺を事務所へと連れて行く。
「ええと? 着替える?」
「そ、早退するわよ」
「ええっ!?」
「店長には許可取ってきたから」
涼しい顔でそう言い放つと、事務所の扉を閉めた。訳が分からないが、とりあえずユニフォームを脱いで上着を着た。カバンを持って事務所を出ると、店長が三好さんに泣きついている所だった。
「三好さんと武田くんが帰っちゃうと、夕方まで僕一人なんですけど……」
捨てられる子犬のような目で三好さんを見上げる店長。子犬と違うところは、店長はそこまで可愛くはないという所だけど、そのせいか三好さんの目は若干冷ややかだった。でも、すぐに笑顔になると、店長の頭を撫でながらこう言った。
「大丈夫ですって、店長ならできますって! なんたって私たちの店長なんですから!」
無茶苦茶な言い分だけど、店長は「そ、そうかな?」とまんざらでもない様子だ。意外とチョロいな。
三好さんは「じゃ、お願いしまーす」と一礼すると、俺の手を引っ張って店を出た。駐車場の端に置いてある車に乗り込むと、俺に助手席に座れと合図する。俺はどうしたものかと思ったんだけど、さっきの三好さんの様子を見ていて「これは逆らわないほうがいい」と直感で感じた。
車が走り出すと三好さんは口を開いた。
「で、何が引っかかってるの?」
俺はもう一度「自分ができることが他にないのか?」と聞いてみた。三好さんは「雫ちゃんの小説を読んであげて、率直に感想を言うだけじゃ駄目ってこと?」と逆に聞いてきた。
「別に駄目ってわけじゃないんですけど……。何を言ってやればいいのか分からないというか」
「あぁ、なるほどね」
そう言いながら三好さんは軽快なハンドルさばきで、カーブを曲がっていく。
「小説を読む時って、ただ読んで『面白かった』じゃ、アドバイスはできないものね」
「そうそう! それなんですよ」
「じゃ、私がやっているとっておきの方法を教えてあげよう。たくさんあるんだけど、色々あるから、とりあえずはひとつだけね」
三好さんはショッピングセンターの駐車場へ車を止めると、バッグからノートを取り出して、俺に見せてくれた。それは、三好さんが小説のレビューを書く時に使っていたメモだった。
「父の事情 20」
帰りの電車は、帰宅ラッシュより少し前に乗ることができたので、まだ車内は比較的空いていた。私は車窓から見える夕日を眺めながら、今日のことを思い出していた。
働いていた編集部を訪れて、最近のラノベの話を聞こうと思ったが、寸前のところで躊躇していた。そこへ現れたのが元部下の田中だった。
私は田中を連れて、近くの喫茶店へとやってきた。既にそんなに暑い季節ではないが、田中は席に着くなり「いやぁ、今日は暑いですねぇ」とオシボリで顔を吹いている。私は「お前が太り過ぎているからだ」と言うと、また田中はコロコロ笑っていたが「あ、そうそう。それで話ってなんですか?」と切り出してきた。
「ちょっとこの後、打ち合わせが入ってまして、30分くらいしかないんですよ」
「あぁ、それはすまなかったな」
「いえいえ」と言いながら、運ばれて来たアイスコーヒーを恐ろしい勢いで飲み始めた田中を横目に、私はどう切り出したらいいか迷っていた。しかし、田中の時間がないのなら、遠回しなことは止めるべきだ。ここは単刀直入に行こう。
「田中、お前今でもラノベの編集やってるのか?」
「ラノベ!? 驚いたなぁ。武田さんから『ラノベ』って言葉が出てくるなんて」
「わっ、私だって、元編集者として、ラノベのひとつやふたつくらい、目を通しておるわ!」
「あはは、そりゃすみません。で、ええそうですよ。まだラノベの担当やらせてもらってますよ」
「……そうか。それで、ちょっとラノベのことで聞きたいことがあ……」
「武田さん、もしかしてラノベ書いているんですか!?」
「あ、いや、そうじゃ」
「おおお! 凄いじゃないですか! ちょうどですね、今そういう人を探していたんですよ」
「……そういう人?」
「ええ! なんか最近ラノベ業界も、すっかりマンネリ化してきてましてねぇ。何と言うか、こう、話題性ってやつですかね? そういうのがないんですよね」
「あ、あぁ? なるほど?」
「で、俺、編集長に『60歳のラノベ作家って話題になるんじゃないですか?』って企画上げたんですよ」
「お前、勇気あるな」
「ま、即ボツだったんですけどね。でも、俺は諦めてないんですよ」
「そうか、それはまぁ、頑張れ。で、ラノベの話なんだが」
「ええ! もちろんですとも!! 今日原稿持ってきてます? え? ない? あぁそうですか。それだったら、今度メールでもいいんで、ちょっと送ってもらえます? あ、プロットだけでもOKですよ。いやぁ、今日は武田さんに会えてよかったなぁ」
田中は何か凄く勘違いしているようだったが、すでにヤツの中では「自分の企画に沿ったいい人材を見つけた」ということになっているらしい。このままでは本格的にラノベ作家にされてしまいそうだったので、私はあやふやな返事だけをして、田中と別れてきた。
そういうわけで私のプランBも失敗に終わってしまった。もうこうなれば、最後の手段。
プランCを決行するのみ。
「娘の事情 20」
お母さんが「ご飯よ〜」と呼んでいたけど、私はしばらく動けなかった。
まだモヤモヤした感情は残っていたけど、それよりももっと強く思うことがある。
『負けたくない!』
私の中の闘争心と、焦りが混じったような、そんな感情。
もし和泉ちゃんの小説が、それほど面白いものじゃなければ、きっとこんな思いはしなかったと思う。でも和泉ちゃんの小説は、とても良くできているし、現に投稿後そんなに経っていないはずなのに、もうコンテストで4位に着けている。
これは本当に強敵だ。私は改めてそう思ったの。自分の小説も、自分なりに良くできていると自負しているけど、それでも和泉ちゃんの小説と比べると、正直少し自信がなくなってくる。
自分より優れてた人が目の前に現れた時、取るべき道はふたつ。
「しょうがない、と諦めてしまう」か「絶対負けない、と立ち向かう」か。
私は自分のことを「立ち向かう方」だと思ってるんだ。正確には「立ち向かう方だと思い込んでる」のかも。
学校の試験だって、部活の試合だって、私は自分にそう言い聞かせてやってきたんだ。そして、それは今回も一緒。相手が友人だって、それは変わらないよ。
でもやっぱり少しだけ、不安なこともある。試験の時は、一緒に勉強できた友達がいた。試合の時だってそう。
でも今回はひとり。
家族に打ち明けて、みんな応援してくれるって言ってくれてるけど、書くのは私だ。それに、和泉ちゃんには「広田コウスケ先生」という、プロの作家さんも付いている。
「私、本当は弱いんだよなぁ」
つい本心を口走ってしまう。強い相手に立ち向かうのは、勇気とも言えるけど、本当は怖がっている自分を隠したいからとも言える。
「うーん……」
枕に顔を埋めて唸ってみるけど、そんなことで何も変わりはしないんだよね。リビングから、またお母さんが「雫ぅ、ご飯ですよ〜。なくなっちゃうわよ〜」と叫んでる。流石にそろそろ行かないと、いけないかな。
何も考えないのもいけないけど、あんまり考えすぎて動けなくなるのは、もっといけない。そう思った私は、まず今のことを家族に相談してみようと思って、リビングに降りていった。
お腹も空いてたしね。
「母の事情 20」
恭子ちゃんとお話していたら、すっかりご飯の支度が遅くなってしまったの。でも、どうせだから、ついでに今聞いたことを義弘さんにも話してみようと思ったのね。
恭子ちゃんは「家族が団結するってことは、みんながひとつのことに関わるってことじゃないの?」と言ったの。まさにその通りよね!
「雫ちゃんが『して欲しい』ってことを待っているのも、間違いじゃないけど、ちょっと受け身すぎないかな、って私は思うんだよね」
「うん! いえ、はい! おっしゃるとおりです!」
「……でも、まーちゃんも旦那さんも、啓太くんも何をしていいのか分からなくなっているんでしょ?
「そうなのよねぇ。そこで困ってるのよ」
「そこで、ひとつ提案なんだけど」
そう言って恭子ちゃんは少し黙ってしまったの。私も息を飲んで黙ってたわ。恭子ちゃんはちょっと悩んでいるようだったけど「例えば」と前置きしてから、続きを話してくれたのよ。
「出版社なんかだと、本の内容を作者と話し合う「編集」がいて、文章に誤りがないか見る「校正」がいて、本を売りに出す「営業」がいるわけじゃない?」
「……そうなの?」
「まーちゃん、元編集者の奥さんなんだから、そのくらいは知っとかないと」
「えへへ、ごめんなさい」
「まぁいいわ。もっと細かく言えばたくさんの人が関わっているんだけど、大体そういう感じなのよ」
流石は恭子ちゃん、物知りだねぇ。というか、恭子ちゃんの言う通り、私の方が不勉強だったかもしれないわね。愛する義弘さんのお仕事のこと、もっとしっておくべきだったわ。ここはちょっと反省ね。
でも恭子ちゃんの言うように、役割分担をしてひとつの小説を創っていく、っていう考え方は、とても素敵なことだと思ったの。もっと詳しく聞きたかったんだけど「ま、後はまーちゃんたちで考えなさいな」と言われて、私はお礼を言って電話を切ったの。
そうか、そうだよね。
私は、忘れないうちにと思って、ご飯の支度を中断して、義弘さんに今聞いた話を言ってみたの。義弘さんは黙って聞いていたけど、途中で驚いた顔をしていたわ。「それは、良いかもしれない」と褒めてくれたの。
私が考えたわけじゃないんだけどね。恭子ちゃんは「まーちゃんが思いついた、ってことにしておいて」って言ってた。その方が良いんだって。なんでだろうね?
義弘さんはしばらく考え込んでいたけど、突然立ち上がって私の手を取ってこう言ったの。
「お母さん、それだ! 素晴らしいじゃないか」
ちょっと照れちゃうわよね。
なかなか降りてこなかった雫を待ってから、義弘さんが「お母さんからの提案なのだが」と切り出してくれたのよ。みんなで役割を決めて、小説を創っていくという話を聞いて、啓太も雫もすぐに賛成してくれたわ。
問題は「誰が何をするのか」ということだったけど、私が話してから短い時間だったのに、流石は元編集者さんだけあって、もう役割分担は決めちゃってたみたい。素敵だわ、義弘さん。
義弘さんは、校閲・校正者。校閲・校正っていうのは、よく分からないけど、義弘さんが言うには「誤字や脱字などの言葉の間違いを探す役」らしいのね。編集者っていうのは、文字を扱うプロだから、適任よね。
啓太は、編集役。出来上がった原稿をチェックするのはもちろん、プロット? っていうの? 設計図って義弘さんは言ってたけど、つまりこれからのストーリーもチェックして、アドバイスする役割みたいね。啓太も小説を書いているから、そういうのは向いているわよ。
「ねっ! 私は?」
待ちきれなくなって、私は義弘さんに聞いたんだけど「ううむ」と唸ったきり、黙り込んじゃったのよ。
あれ? 私、やることないの?
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