第19話 家族の事情19


「息子の事情 19」


 いつもより少し早めにコンビニに着くと、すぐに事務所へと向かった。挨拶をしながら事務所へ入ると、お目当ての人はやはりもう来ていた。


「三好さん、今日も早いですね」

「あ、啓太くん。おはよう。この前は大変だったみたいね」


 家族での話し合いは、早速三好さんの耳に入っていたようだ。母さんのおしゃべり具合に呆れながらも、その方が都合が良いと俺は思った。


「そうなんですよ。結局雫の小説を応援することになったんですけどね」

「いいことじゃない。君のお母さんも喜んでたわよ」

「アハハ。確かに母さん、凄く張り切ってしまってますね」

「私も素敵だと思うよ。雫ちゃんが一生懸命小説を書く。家族はそれを応援する。なかなかできることじゃないし」

「そうなんですけどね。ただ……」


 そこまで言うと、三好さんは突然「ちょっと待った」と俺を制した。一体なんだ? と俺は訝しげに思ったが、三好さんは構わずに自分の目の前にある椅子を指差す。そこに座れということだと理解して、俺は腰を下ろす。


「続きを聞いてあげてもいいけど、その前になんか言うことあるんじゃない?」


 そう言って意地悪そうにニヤつく。あぁ、そう言えば。


「この前は、小説書いていたこと、嘘ついてすみませんでした」

「よろしい」


 三好さんは腕組みをして、満足そうにうんうんと頷いた。まぁ大体の人はそうだと思うけど、母さんといい、三好さんといい、嘘をつかれるのが極端に嫌いなのだ。俺としては嘘と言うほどのことじゃないと思っていたけど、相手がそう思ってないのならば、ここは謝るしかない。


「それで?」


 そう言って三好さんは続きを促した。俺は、自分が何をしたら良いのか今ひとつよく分からないこと、唯一できそうなことは事前に小説を読んで感想を言うことくらいだということ、そしてそれが上手く出来ないということを、三好さんに話した。


「上手く出来ないって?」

「どこが悪いか分からないんですよ。実は俺、雫の小説は事前に読んだことがあって……すげー面白いと思ったんです」

「うん、それで?」

「だから、何か言ってやりたいんだけど、何も言えないっていうか」

「面白いって言えばいいじゃない」


 三好さんは「何が問題なのか?」という感じでそう言った。俺は反論する。


「そりゃそうなんですけど、ほら、折角だからちゃんと『ここはこう直した方が良いぞ』とか『この辺はもっとこんな表現をすべきだ』とか言ってやりたいんですよ」

「そういう箇所、あるの?」

「いや、それがないんですよね。だから困っているわけで」

「だったら、別に『面白かったぞ』で良いんじゃない? 逆にどこが面白かったか言えば、もっと良いかもしれないけど」


 なるほど。俺は「指摘して直してやらないと」と思っていたけど、悪いところがないのなら、そういう考え方もあるのか。俺はもうちょっと三好さんに聞きたいと思ったんだけど、三好さんはチラッと壁に掛けられている時計を目にして「続きは後でね」と言って事務所を出ていった。


 時計を見ると出勤時間ちょうどを指していた。うわ、やばい! 俺着替えてないのに!




「父の事情 19」


 プランB決行。


 私はけしからん本たちを『格納庫』にしまった後、再び出かけることになった。今度は近所の書店ではないので、一応身なりを整えてから、お母さんに「遅くなる」と伝えておいた。


 久々に電車に乗った。現役時代も電車で通っていたが、この時間だと車内も余裕があるのだということを、改めて感じた。車窓からじっくりと景色を眺めるのもいつぶりだろう。あれだけ毎日通っていたはずなのに、途中の景色などほとんど覚えていない。


 下車する予定の駅に着いた私は、そこから更に20分ほど歩いた。気が焦っているのか、少し息が切れてしまう。私は息を整えつつ、目的地であるビルを見上げた。


 今時のモダンなビルではない。やや前時代的にも見えるそのビルは、それでも威厳を保っているようにも見える。私がかつて働いていた編集部が入っているビルだ。ビルのエントランスはそう大きいものではなく、当然のことながらセキュリティもないので、誰でも出入りはできるようになっている。


 しかし、ここに来てどうしたものかと思ってしまった。昔のツテを頼って、なんとかラノベの秘密を探ろうと思ったのであるが、なんと言ったら良いのか分からない。とっさに出てきてしまったので、そこまで深く考えていなかった。


「娘がラノベを書いているので、それを手伝いたいから、ラノベについて教えてくれ」


 まぁ普通に考えればそうなるだろうな。しかし、娘のこととは言え、こんなところまで父親が出張ってくる必要があるのだろうか? いや、私はあると思っているから来ているのだが、それが他人から見た場合、分かってもらえるだろうか。


 自分が現役だった時に逆にこんなお願いをされたらどう思うだろうか? きっと適当にあしらって帰ってもらうに違いない。編集者はそんなに暇ではないのだから。かと言って、ここまで来て成果なしで帰るわけにもいかない。


 ビルの入り口を占拠して、私が悩んでいると「おっ!? もしかして武田さん?」と背後から声を掛けられた。振り返ると、そこには中年の小太りの男が立っていた。人懐っこい笑顔を見せながら「やっぱり武田さんじゃないですか! どうしたんッスか?」と近づいてくる。


 私は一瞬「誰だ?」と言いそうになったが、よく見てみると昔編集部で部下だった男だった。


「田中……か!」

「そうですよぉ。嫌だなぁ、忘れかけてたんですかぁ。まだボケるには早いと思いますけど」


 そう言ってコロコロと笑う。私が忘れたわけではなく、田中が太り過ぎていて、一瞬分からなかっただけだ。そう言うと田中は「いやぁ、面目ない!」と何がおかしいのか笑い出す。


 こいつは入社した時からこんな感じで、良く言えば「歯に衣着せぬ」はっきり言えば「思ったことをすぐ口にする単細胞」なやつだ。しかし、その元々コロッとした容姿や、持って生まれた明るい性格で、作家の先生からはそこそこ好かれていた。


 私は「この際、こいつでも良いか」と思って「田中、ちょっと時間あるか? そこら辺でお茶でもしないか?」と誘ってみた。田中は意外にもあっさりと「いいッスよ」と頷いた。




「娘の事情 19」


 私は家に帰ると、着替えもそこそこにベッドへドサッと倒れ込んだ。枕に顔を埋めていると、思わず溜息がこぼれた。


 和泉ちゃんの反応は、私の予想を超えていた。もしかしたら怒られるかもしれないとは覚悟していた。でも、和泉ちゃんとは長い付き合いなので、なんとかなると高をくくっている部分もあったんだ。もしかしたら投稿を見せ合ったりして、一緒に頑張れるんじゃないかな、って思ったりもしてた。


 でもまさかの宣戦布告とは……。


 (私ね、負けないから! 負けられないから!)


 そう言って仁王立ちしていた和泉ちゃんの姿が、瞼の裏に浮かび上がる。


 「負けられない」


 それはつまり、作家の先生である和泉ちゃんのお父さんに見てもらっている以上、私には負けられないということだろう。結局私はそれ以上何も言えずに、和泉ちゃんと別れてしまったので、確認はできないけど、きっとそういうことだ。


 どうしたらいいのかな……?


 和泉ちゃんの気持ちは分かるけど、だからと言って私が力を抜くわけにはいかない。そもそもコンテストのランキングなんて、私がどうこうできるものではないしね。そうなれば、答えはひとつ。


 とことん全力でやるしかない!


 でも……。少しだけ心に何かが引っかかってる気がする。友達と……和泉ちゃんと、小説を競い合うこと自体はそんなに嫌なことじゃない。例えば学校の勉強だって、部活だって、そういう場面は一杯ある。


 色々な人と競い合ったり、勝負したり、勝ったり、負けたり、悔しかったり、うれしかったり。


 今までだって、そんな思いをしてきたことは一杯あるんだ。でも、なんだか今回はちょっと違う気がする。何が違うんだろう? 部屋の中をウロウロしながら、少し考えてみたけど、モヤッとして感じで答えが出ない。


 気分を変えようと思って、ノートパソコンを開いてヨメカケを見てみる。コンテストの順位が気になるけど、ここ数日はそれどころじゃなかったのと、あまり気にしすぎると書くことが出来なくなるので、見てなかったのね。


 そうは言ってもコンテストは残り3週間ほど。家族に応援して、と言ったこともあるし、そろそろ気にしないわけにもいかない。前回見た時は、ジャンル別で5位だったんだけど……って、2位になってる!?


 ちょっとだけテンションが上ってきて、思わず画面を眺める顔も綻んだりしたんだ。気を緩めちゃダメだけど、少しくらいなら喜んでもいいよね。1位の作品は、私のよりもレビュー数もハートマークも断然多い。追いつけないほどの差じゃないけど、今のまんまだと、まだちょっと厳しいかな?


 プロットを大きく変えることはできないけど、少しだけ追加して、もうちょっと盛り上げていったりした方がいいのかなぁ。後で、ご飯の時にでもみんなに聞いてみようかな?


 そんなことを考えながら、他の作品も眺めていると4位の小説のところで、目が止まった。1話の部分を見ただけだったんだけど、この小説には覚えがある! というか、これ和泉ちゃんの小説だ!


 「辺境のブラックスミス」。


 とある王国の辺境に、小さな鍛冶屋がある。そこに住む鍛冶職人は、王都でも名を馳せた人物だったが、ある事件をきっかけに辺境へと移り住み、今では知る人ぞ知る存在になっていた。


 気に入った依頼しか受けない鍛冶職人と、そこへやってくる冒険者たちの間で繰り広げられる1話完結型の物語。


「……面白いっ!」


 以前見せてもらった時は、あまり頭に入らなかったけど、改めて読み直すと、驚くくらい面白かった。1話はとても長いんだけど、それでもスッと文章が頭に入ってくるようで、全然苦にならない。それでいて、次が気になって仕方がないくらいの展開の早さで、途中で止めることができない。


 これは強敵だ。




「母の事情 19」


 ご飯の用意をしていたら、お友達の恭子ちゃんから電話が掛かってきたの。恭子ちゃんは「今日啓太くんとちょっと話をしたんだけど」と前置きをしてから、今日のことを教えてくれたのね。


 啓太は、雫のお手伝いをすることで悩んでいたみたいなの。それで時々ヨメカケにレビューをしている恭子ちゃんに、教えを請いたいって言ったらしいのよ。



 「何よ、相談事があるのなら、まずお母さんに言えばいいじゃない!」ってちょっと思っちゃったけど、まぁ、その分野では確かに恭子ちゃんが適任かもね。


 恭子ちゃんは「一応アドバイスみたいなことはしておいたけど、今どうなってるの?」と聞いてきたので、私は「雫の応援をするってことまでは、みんなで決めたんだけど、実際何をしてあげられるのかちょっと悩んでいるみたいなんだ」ということを言ったの。


 恭子ちゃんは、私の話を「うんうん」と聞いたあとで「まーちゃんは、どうしたらいいと思ってるの?」と尋ねてきたのね。


 うーん? 一応私は「雫が何か頼って来た時に、それを助けてあげればいいんじゃないかな?」って思ってるし、それ以外に何かできることって思いつかないんだよね。


 沸騰しかかっていたお鍋の火を調節しながら、そんなことを熱弁していたんだけど、恭子ちゃんは私が話し終えるのを待ってから、こう言ったの。


「それは確かに間違ってないと思うんだけど……」


 何か迷っているみたい? 恭子ちゃんは少し黙ってしまったの。私もどう言って良いのか分からなくて、そのまま黙っていたんだけど、恭子ちゃんは「言っていいのかなぁ」と、やっぱり迷っているみたいなの。


 私は「いい! いいから言って!」とお願いしたの。そしたら恭子ちゃんはふぅっと聞こえないくらいのため息をついてから、こう言ったのね。


「それ、まーちゃんが言ってた『家族がひとつになる』ってことになるの?」


 私はガーンと頭を打たれたような気になったわ。確かに恭子ちゃんの言う通りだわ。見守って上げるのも大切だけど、今はそうじゃない気がする。ただ黙っているだけだったら、今までと何も変わらないじゃない!


 私は「恭子ちゃんの言う通りだわ!」と感謝したの。恭子ちゃんは「あんまり、私が立ち入るのもどうかと思ったんだけど」と謙遜していた。でも立ち入るも何も、もう恭子ちゃんも当事者みたいなものじゃない! 家族とおんなじだよ! って言うと、ちょっと笑ってた。


「じゃ、ドンドン立ち入らせてもらうけど」


 恭子ちゃんはそう言って、色々アドバイスをくれたのね。

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