第18話 家族の事情18
「息子の事情 18」
「コンビニのバイトなんて楽そうだ」なんて言う人もいるけど、今時のコンビニはレジ打ちだけしてれば良いってわけじゃないからけっこう大変なんだ。まぁ、今日はそれだけではなく「寝不足」っていう敵もいたので、余計に辛い一日だった。お陰で夕方家に帰ってきたら、もうヘトヘトで何もする気が起きない。
ベッドにゴロッと横になって「うー、今日は小説書かなきゃなぁ」っていつものように独り言を呟いて気がついた。
あれ? 俺は、俺の小説はどうするんだっけ?
昨日の晩の家族の話し合いで「雫の小説を家族全員で応援する」ということにはなったけど、自分のことをどうするのかは考えていなかった。これを機に自分の小説は諦めて、雫のサポートに力を注ぐというのも、何か違う気がする。
前にも言ったけど、雫に協力はするけど、それは雫が望んだことをやるってことだ。それは別に家族で話し合って決めたことじゃない。でも頼まれないことまで口を出すというのは、俺の中でも「ちょっと違うんじゃないか?」という思いがある。
逆の立場だったら、そばでアレコレ口を挟まれている状況では、小説を書くのに集中出来ない気がするし。そう考えると、やっぱり前みたいに雫が「感想をくれ」と言ってきた時に読んでやって、率直な感想を言う程度がベストっぽい。
ただちょっとだけ心配なこともある。俺はスマホを取り出して、ヨメカケアプリを立ち上げると、雫の小説のページを表示させた。前に雫の……「ぴょこたん」先生の小説をレビューした時からずっと読んでいるけど、これ面白いんだよなぁ。だから、今更「駄目なところ」と言われても非常に困る。
いくつかは、おかしな表現だとか、誤字なんかは見つけたりしたけど、それもすぐに修正されたりしていたから、俺の出る幕なしといった感じだ。そもそも、こういう校正とかは父さんの方が向いているのだと思う。なんたって元編集者だから、その辺はお手の物じゃないのかな。
だったら俺は何をしたら良いのだろう? というか、何ができるのだろう?
俺は寝転んだままスマホの画面を眺めていた。ふと、ひとつ思いついたことがあった。少しだけ悩んだけど、考えれば考えるほどそうするしかない気がしてきたんだ。
よし、明日聞いてみよう。
「父の事情 18」
昨晩、遅くまで家族で話し合った挙句に、その後もヨメカケで人気作品を読み漁ってしまった。思わぬ展開に、すっかり高揚してしまったのか、全然寝付けず、気がついたら深夜というよりも朝に近い時間だった。
ここ最近は歳のせいか、睡眠不足がすぐに体調に現れるようになっていたが、不思議と今日は体が軽かった。それでも頭の方は少し疲れていたらしく、啓太と雫が出かけてから、お母さんに「義弘さん、新聞逆じゃない?」と指摘されるまで気が付かない有様だった。
ゴホン、と咳払いをして新聞を持ち直したが、今日は世界情勢や日本の経済などに気を回している余裕はなかった。
話し合いでは「雫の小説を家族全員で応援する」ということになった。仮にも一家の大黒柱として、私の責任は重大である。雫の小説が今以上に人気を集められなければ、これは自分の責任である。逆に人気作になり、コンテストで賞を取るようなことがあれば……それは雫の力なのだ。
いや、少しは私の努力も認められたいところだが、今はそうなるように、何をすべきなのかを考えないといけない。
昨晩目を通した作品は、主にラノベというジャンルだ。読み始めはやはり辛いものがあったが、雫の作品に目を通していたおかげか、少しすると何の違和感もなく読み続けることができた。
ランキングで上位にいる作品は確かに面白い。だが……やはり面白さの要因というのは、さっぱり分からない。そこで近所の書店に出かけてみることした。投稿作品を読むのも良いが、商業出版されているものに目を通してみることも必要だろう。
意気揚々と出かけ、書店へと着くと店員に「ラノベはどこにあるのかね?」と聞いた。店員は少し怪訝な顔をしながらも、書棚の一角を指差した。私は礼を言うと、そこを目指した。しかし、寸前のところで足が止まってしまった。そこは長年私が慣れ親しんだきた書籍のコーナーとは、全然違う世界だった。
カラフルな背表紙がずらりと並び、所々に漫画で書かれたPOPが付いている。下に平積みされた書籍の表紙は、どれももれなく、あられもない少女たちの姿が載っている。ある者は正座を崩したような? ――あれは何と言う座り方だったろうか……――姿勢で座り込んでいるし、ある者はやけに胸が強調された服を着込んでいるし、また別の者はスカートが舞い上がり、もう少しで見え……。
けしからん! 実にけしからん!!
私は半分目を閉じながら、平積みされているものを適当に数冊持つと、素早くレジで会計を済ませた。店員が一瞬戸惑っていたが、気にすることはない。これは私が趣味で買うわけではないのだ。あくまでも研究のためなのである。しかし、それをいちいち店員に告知するまでもあるまい。
家に帰って書斎に入ると、私は自分が汗をかいていることに気がついた。なんだ、この気持ちは。何も悪いことはしていないのに、なんだかすごく悪いことをした気分だ。そして、とても懐かしい気分だ。
まぁ、そんなことはどうでもいい。包装用のビニールを開けて、中身を取り出した。そこには、やはりけしからん表紙が。
ううむ、と唸って、それも研究のためと、しばらくそれを眺めた。いやいや、違う。表紙のために買ったのではない。小説はあくまでも中身なのだ。そう思ってページを捲る。数ページ読んでから、ふともう一度表紙を見返した。
そこには「13」という数字が書かれていた。……13巻? それに気がつくまで少しだけ時間がかかった。他のラノベも見て見ると、やはり「9」と「5」と「11」だった。そこで「ラノベというのは、漫画のように続きもので出版されている事が多い」と、どこかで読んだのを思い出した。
やってしまった。途中から買ってしまったのだ。これではまともな研究もできないではないか。かと言って、もう一度、あの空間へ足を運んで1巻から買い直すのは難しい。少なくとも今日はもう無理だ。
そこで私はプランBを決行することにした。
「娘の事情 18」
学校でのお昼休み。
私は再び、和泉ちゃんと屋上へとやってきていた。もちろん、私が呼び出したんだけどね。和泉ちゃんは相変わらずテンポ良くお弁当と食べている。一方の私は、広げたお弁当を前に緊張で固まっていた。
今更「ヨメカケに投稿している」ことを言うのは、やはり順序としておかしい。このまま黙っている手もあるけれど、せっかく家族に言ってすっきりしたのだ。誰彼構わず話すことはないだろうけど、ヨメカケに投稿したいと言っている和泉ちゃんには話しておかないと。
とは言え、この期に及んで私はまだ、どう切り出していいのか分からないでいた。お箸でウィンナーを掴んだまま、じっとそれを見つめていると、ふといい考えが浮かんだ。ここは悩まずにすぐ行動した方が良いはず!
「和泉ちゃん、そう言えば、前に言っていた小説の話……投稿サイトだっけ?」
「あ、うんうん。この間はありがとね」
「ああ、ううん。それでヨメカケのことなんだけど」
我ながらうまい切り出しだと思った。さり気なくこの前のヨメカケの話から繋げていけば、なんとなくスムーズな気がしたんだ。でも和泉ちゃんが「実はね、もう投稿しちゃっているんだ。この前、雫に読んでもらった後すぐに投稿したの」と言い出して、私はまた混乱した。
「えっ、あっ、そう、そうなの?」
と慌てふためいて答えるのが精一杯。和泉ちゃんはスマホを取り出しながら「ちょっとまた見て欲しい所があるんだけど」と言い出している。これは前回と同じ流れだ。このままでは……。
私は考えるよりも先に口が動いていた。
「実は、私ももう投稿してるの!」
和泉ちゃんはスマホを持ったまま少し固まってた。私も固まってしまった。痛いほどの沈黙が続いたあと、小さな声で和泉ちゃんが口を開いた。
「……いつから?」
「えっと、1ヶ月前くらいから……かな?」
「なんで言ってくれなかったの?」
「……ごめん」
ふと和泉ちゃんの顔を見ると、真っ赤になっていた。怒って……るよね? 私がそう聞くと、和泉ちゃんは首を振った。
「違う。怒ってなんかないよ。ただ……なんか、私が馬鹿みたいだなって……」
瞳には少し涙が浮かんでいる。私はどうして良いのか分からなくなってアタフタしてしまった。和泉ちゃんは指で涙を拭うと、ふぅっと息を吸ってこう言った。
「雫……。私のお父さん。小説書いているって話、この前したよね」
「あ、うん。広田コウスケ先生だよね」
「そう。あんまり売れていないんだけどね。それでも、一応作家の端くれなの」
「そんなことは……ないと思うけど。広田先生の本、本屋さんでもよく見るし」
「私ね、お父さんにも相談してるんだ」
「相談? もしかして……」
「うん、ヨメカケに投稿するって言ったら、すごく喜んでくれて『俺がチェックしてやる』って凄く張り切ってるの」
現役の作家さんが読んでくれているなんて! 私は少し驚いてしまった。そんな私を横目に和泉ちゃんは続けた。
「雫、ヨメカケのコンテスト、応募してるんでしょ?」
「……うん」
「私も応募してる」
「……うん」
「私ね、負けないから。負けられないから!」
和泉ちゃんの瞳の中に、メラメラと燃え上がる炎が見えた……気がした。
「母の事情 18」
義弘さんが出かけて行った後、私はお昼ごはんを食べてから、リビングで一休みしながらヨメカケを読んでいたいの。雫の小説にも目を通したけど、流石に昨日は投稿できなかったみたいね。
他の作家さんはいないかなぁ。ハートマークのない、面白い小説はいねが〜? なんて独り言を言い出したら年を取った証拠よね。
ふとコンテストのランキングがどうなっているか気になったのよ。見てみたら、雫の「ニートの俺が」が2位になってるじゃない! 凄い凄いと、思わずはしゃいじゃったけど、雫はこれで1位になりたいって言ってたんだよね。
1位の小説を見てみると、これが結構面白いのよ。しかもお話の数も凄く多いのよね。結構前から連載していたのかな? レビューの数も多いし、ハートマークもたくさん付いているし。
でも、親の贔屓目で見ちゃうから仕方ないのかもしれないけど、私は雫の小説の方が面白いと思うんだけどなぁ。でも、これって雫も見てるわよね。あの子はどう思ってるのかな?
きっと負けたくないと思っているから、他の作品もたくさん読んでいるんだろうなぁ。もしかしたら、不安になっているかもしれないわ。ここは母親として、適切なアドバイスを……って思ったけど、困ったことに何にも浮かばないのよね。
ま、雫はしっかり屋さんだから、きっと本当に困ったときには、相談してくるわよね。うんうん、きっとそう。
とりあえずそう納得しておいて、別の小説も見てみることにしたのよね。今は雫よりランキングで下の作品にもキチンと目だけは通しておかないとね。3位の小説から順番に読んでいったんだけど、結構文量があるものばかりで、5位の小説を読み終わった頃には、もう雫が帰って来る時間になってたの。
あぁ、いけないいけない! お夕食の準備をしなくちゃ。キッチンに立ちながら、読んだ小説のことを考えていたんだけど、4位にいた「辺境の地のブラックスミス」って小説。
どこにも「スミスさん」が出てこなかったのが不思議だったけど、あれはちょっと面白かったかなぁ。それになんか文章が凄く上手くって、スラスラと読める感じなのよね。
作者の和月さん……だったかな? 結構小説書き慣れた感じの人だった。きっと、もう何作も書いているような手練に違いないのよね。あの人は、要チェックよね。
大根を切りながら、そんなことを考えてたら、ちょうど雫が帰ってきたの。「おかえり〜、先生! 晩ごはんちょっと待ってね!」って言ったんだけど「……うん」って、なんか元気なかったな。
何かあったのかな?
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