第17話 家族の事情17
「息子の事情 17」
家族全員が同じ小説投稿サイトを利用していて、しかもその内3人が既に投稿までしている。そのことを家族は皆、内緒にしていたけど、ある時全員が「実は」とそれを明かす。
なんてベタな展開を小説にしたら、きっと「御都合主義」だと笑われるだろう。しかし「事実は小説より奇なり」という言葉もあるように、時として起こり得ないことも起こってしまうのだった。
って、脳内で小説書いている場合じゃないぞ、俺。
とりあえず自分で自分にそう突っ込んでみたところで、ようやく頭の中が整理できてきた。
久々に夜遅くまで家族で色々なことを話し合った一日だった。ベッドに寝転びながら、今日起こったことを改めて思い出すと、早くも黒歴史化しているかのごとく思いに駆られて、俺は一人でのたうち回っていた。
ほとんど眠れないまま翌朝を迎えて、死にそうになるくらい頭がクラクラしながら、リビングに降りてみると、家族全員同じような顔をしていた。雫の目の下には、すぐにそれと分かるほどクマができていたし、親父は新聞を広げていたが上下が逆だった。
唯一母さんだけが、何故か元気で「おっはよー、啓太。今日バイトだっけ?」と、思わず引いてしまうくらいにハイテンションだった。精一杯の力で「あぁ、うん」と答えて、席に着く。
なんだか、すごく……気まずい。
それは皆同じだったようで、朝食を待っている間、誰も口を開こうとはしない。母さんの鼻歌だけが、リビングに響いていた。あまりの気まずさに、俺は耐えきれなくなって、思わず昨日晩に考えていたことを口にした。
「あのさ、雫……俺、何ができるか分からないけど、応援はしているからな」
雫はちょっと驚いたような顔をしたが、すぐに「うん」とだけ呟いた。親父も逆さまの新聞を持ったまま、うんうんと頷いている。
「そうそう、啓太の言うとおりよ。私たち、みーんな、雫がコンテストで良い結果が出るように、なんでもするからね」
母さんがトーストを食卓に並べながらそう言うと、雫は少し嬉しそうな顔をしていた。さっきも言ったけど、具体的に何が出来るのかなんて、俺には分からない。以前雫が俺にやったように、書き上げた小説を見て、気になった所を言ってやるくらいかな?
とは言え、家族総出であれこれ口を出すのが良いことなのかも、実際のところよく分からない。まぁ、それを雫がして欲しいっていうのなら、と言ったところかな。
「父の事情 17」
歳を取ると、自然と床につく時間も早くなってくるものだ。それでも、昨日は久々に夜遅くまで、色々と家族で話し合ったのだ。
既に投稿した小説を取り下げていた私はともかく、現状でも投稿している啓太の小説と、書き始めたばかりのお母さんの小説、そして雫の小説の3つを検討した結果、最もコンテストで結果が出せそうなのが、雫のものだということになった。
私たちは、それぞれ執筆活動はこの先も行いつつ、雫の応援に回ることを約束した。と言っても、雫の小説への不当な評価は行うことができないことが判明した。啓太によると「同じIPで、評価をしている場合、自演行為だとされる場合がある」のだそうだ。
聞いてみたところ、啓太が雫の小説へ、雫が啓太の小説へ、そしてお母さんが雫と啓太の小説へのレビューや、ハー……ハートマークでの評価をしていたということが分かった。
しかしたまたま、各自自分のスマホから行っており、家庭のLANへの接続もしていなかったことから、なんとかセーフだということが分かった。あれを聞いた時は肝を冷やしたものだ。
それにしても、これからは気をつけて行かねばならない。まずは全員が評価などを行わないことにした。変な宣伝なども自粛していこうということになった。
元々、家族同士で馴れ合って評価し合っていたわけではないが、かと言って、これからはそう言っても信じてもらえないこともあるだろう。李下に冠を正さず。余計なことはしないことが肝要だ。
あくまでも我々は黒子に徹する。雫が望んでいることだけを、しっかりフォローして行ければよいのだ。
そうは言っても、啓太はともかく、私は「ラノベ」というものに対して、いささか知識が欠けている。最近研究のため、少しは読んでみたし、面白いということも分かった。しかし、それが「何故面白いのか?」と言われると、少し首を傾げてしまう。
今後、雫に的確なアドバイスをしてやるためには、そこの部分をはっきりさせておかねばなるまい。しかし一体どうしたものか……?
家族が散開した後、私は寝室へと向かう。お母さんはもう床についており、スヤスヤと寝息を立てている。私は枕元に近づくと、起こさないように小さな声で詫びを告げた。
「夫婦間で秘密はなし」と言うのが、私とお母さんの間の不文律だった。私はそれをほとんど守ってきていたのだが、今回の件は、しばらく内緒にしておいたことが、私の中で心苦しかったのだ。
そして、自分のベッドへと入ると、スマホを取り出した。もちろん、ヨメカケを読むのだ。研究のためにはとにかく読むしかない、と言うのが、長い編集人生で得た私の教訓だから。
「娘の事情 17」
久々にすっきりした気持ちになっていた。
ベッドで横になったけど、テンションが上っているせいか、全然寝付けないでいたんだ。でも、とっても素敵な気分。やっぱり、自分の中で秘密にしているということが、結構重荷になっていたんだね。
言い出した当初は相当恥ずかしかった。でも、すぐにお兄ちゃんとお父さんまで「投稿してる」とか言い出して、なんだかんだで、みんなの小説に対する思いなんかを語ったりで、結構面白かったかなぁ……。
みんな、私の小説を応援してくれるってことになったし、これからは投稿前に堂々と読んでもらうこともできるし、ヨメカケでのプレッシャーも少しは緩和できるかもね。
でも、私にはまだもう一つ、心に引っかかっていることがある。もちろん和泉ちゃんのことだ。明日学校に行ったら、今度こそちゃんと言おう。
でも、なんて切り出したらいいのかなぁ。「私も投稿したいな」って言えば、絶対に「見せて」ってことになるだろうし、そうなれば1ヶ月も前から私が投稿しているっていうのはすぐに分かる。だから「和泉ちゃんに影響された」って言うのはなしだね。
そもそも、それって嘘に嘘を重ねるみたいで、余計に良くない気がする。やっぱりちゃんと「この前は言えなかったんだけど」と言う方がいいかな。でもなぁ……。
そんなことを考えていると、全然寝られなくなって、ウトウトってしたら、もう目覚まし時計が鳴っていた。うー、これは今日はしんどいぞ。
寝ぼけ眼でリビングに行くと、お父さんが席に付いていた。昨日のこと、あんまり何とも思ってないのかな……? そう思ったけど、よく見てみると新聞が逆だよ。そうか、お父さんはお父さんで気を揉んでくれているんだね。
お母さんは相変わらずの元気さで、朝食の準備をしてくれている。「手伝うよ」と言ったんだけど「いいから! 先生は座って待ってて下さい!」とかコロコロ笑いながら言われちゃった。ちょっと、それ余計に気まずいから。
そう思っていると、お兄ちゃんが降りてきた。うわ、凄いことになっているよ。頭ボサボサなのはいつも通りだけど、顔が完全に死んでる。まぁ、それは私も人のことを言えないか……。
そんなお兄ちゃんだったけど「応援してるから」と言ってくれたことは、素直に嬉しかった。お父さんも新聞に顔を隠すようにしながら、頷いてくれているし。新聞逆だけど。
よし! みんなが応援してくれるのなら、私も頑張らないと。まずは、今日学校で和泉ちゃんにちゃんと言おう。それで、私の中のモヤモヤは全て無くなるはず。小説に集中できるようになるはず。
そう思ってたんだけどね。
「母の事情 17」
朝食の準備をしながら、今日はとても幸せな気分だったの。昨日は遅くまでみんなで話し込んじゃったせいで疲れていたのか、ベッドに入るとストンと寝ちゃったのよね。義弘さんは「なかなか寝付けなかった」って言ってたけど、私ってどんな時でも横になると寝られちゃうのよ。
でも寝入りばなに、義弘さんが枕元にやってきて「悪かったな、雅世」って言ってくれたところまではちゃんと記憶もあったのよ。あれは多分夢じゃないと思うんだけど……それにしても、一体何が「悪かった」っていうのかしら?
まぁそんなことよりも、私は「雅世」って呼んでくれたことの方が嬉しかったのよね。今朝、聞いてみたら「さぁ、覚えてない」と誤魔化していたけど、まぁ義弘さんは照れ屋さんだからね。
のろけ話はこの辺にしておいて、朝食の準備をテキパキと済ませると、みんなが食べている間に、お弁当の準備。毎日やっていることとは言え、やっぱり朝は戦場だわ。
啓太と雫を送り出したら、お洗濯にお掃除。はぁ〜、忙しい忙しい。それらの家事を済ませたら、もう10時過ぎになっちゃってた。ちょっと休憩がてら、恭子ちゃんにメールで報告しておいたの。
恭子ちゃんは、今日はアルバイトはお休みだったみたいで、すぐに返事をくれたのね。「あれ? 雫ちゃんの方だったか。ま、結果的には同じだからいいよね」って書いてあったけど、あれってどういう意味なんだろう?
まぁ恭子ちゃんも「よかったね」って言ってくれるし、その通りよね。メールの最後には「ある意味これからの方が大変かもよ」と、恭子ちゃんが意地悪っぽく書いてた。うーん、そう……なのかな? 私的には「雫の小説を家族全員で応援する。そのことで家族が一致団結する」ってことだけで、もう十分だと思うんだけどなぁ。
そんなことを考えていると、朝から出かけていた義弘さんが帰ってきた。でも、またすぐに「ちょっと出てくる。帰りは遅くなるかもしれない」と言ってまた出かけちゃったのよね。
普段はあんまり出歩かないのに、珍しいわね。
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