第16話 家族の事情16
「息子の事情 16」
雫が「ヨメカケに投稿している」と聞いて、頭が真っ白になるくらい驚いたんだけど、母さんが「ぴょこたん?」と聞いて、雫が頷いていたのを見た時は、脳みそが飛び出すんじゃないかっていくらい、訳が分からなくなっていた。
え? どういうこと? 「ぴょこたん」先生が雫? いやいや……いやいやいやいや……それは、ないでしょ? だって「ぴょこたん」先生だよ? 俺がヨメカケ内で唯一「先生」と付けて呼んでいる人だよ?
そんな人が身近に、しかも家族にいるわけないじゃん?
俺は思わず、そうそうと一人で頷いていたけど、雫と母さんのやり取りを見ていると、なんだか本当にそうなんだと思えてくるから不思議だ。って、あれ? ほんとにそうなの……?
俺は思わず「ぴょこたん先生……?」と雫に問いかけた。雫はまたちょっと俺を睨みながら「うん」と小さく答える。
……マジだった。
雫は「先生って何よ?」と、俺とは反対方向を向きながら続けていたけど、それはどうでもいい。とにかく、あの「ぴょこたん」先生が、我が妹だったのだ! もう正直、それだけでお腹一杯だ。
母さんは夢中でスマホに見入っていた。親父はその様子をボケっと眺めていた。どういうわけか、母さんは「ぴょこたん」先生のことを知っていたようだけど、親父はまさか知らないのだろう。きっと話に付いていけてないのだ。
そんな親父の様子を見ていると、なんだか少し落ち着いてきた。飛び出していた脳みそが戻ってきた感じだ。そして、俺は思う。
妹の雫は、我が妹ながら凄いやつだ。「ぴょこたん」先生として面白い小説を書けることも確かに凄いが、本当に驚くところはそこじゃない。ちゃんと、家族にそれを伝えられていることだ。
俺は今まで、家族に内緒でコソコソやってきた。いや、コソコソっていう言い方はちょっと違うかな? 別に隠していたわけじゃないつもりだったけど、先日母さんが「ヨメカケ面白い」って話をした時に、本当だったら、あそこで俺も言うべきだったんだ。
でも、俺は言えなかった。言うチャンスは他にもあったのに。
俺の中で何か変なテンションが上がりつつあった。ここで言わないと、もう一生言えないような気がする。やれ、やるんだ啓太。男を見せろ。
俺は意を決して、立ち上がった。と、同じになぜか親父も立ち上がってた。
「父の事情 16」
実の娘がよりもよって「ヨメカケ」に投稿している。しかもお母さんが言っていた「ぴょこたん」とか言う名前には聞き覚えがある。確か、ニートが異世界とやらに行って、なんだかんだと活躍する物語だった気がする。
あれは昔の私だったら、一笑に付すような小説だった。
しかし食わず嫌い、いや読まず嫌いだったのは、一度目を通した時に理解できた。文章など稚拙な表現も多く、まだ直さなければならない部分は多くあったが、物語としての組み立て方は見事なものだった。
なんだかんだで、結局最新話まで読んでしまった。そうか、あれを雫が……。
私は転がった箸も拾わず、しばらく考え込んでしまった。お母さんと言い、雫と言い、みな立派だ。頑張って小説を書いていることじゃない。それも十分立派なのだが、こうやって家族にそれをキチンと伝えられていることが、特に立派なのだ。
私はと言うと、やれ書籍化してからとか、コンテストにこっそり応募してとか、実に姑息だった。自分のやっていることを誇れるのであれば、もっと堂々とすべきだった。
自分の小説よりも娘の小説の方が読まれていることについては、正直微妙な心境ではある。しかし、自分の娘の成功は、親にとって何より望むべきことなのだ。雫が何故、ここでこんなことを言い出したのかは、まだ分からない。ただ、きっと何かそれ以外にも伝えたいことがあるのだろう。だったら、親としてできるだけ協力してやるべきなのだ。
しかしその前にやるべきことがある。
気がつくと、席を立っていた。居ても立ってもいられなくなったのだ。ふと見ると、なぜか啓太も立っている。なんだ? 啓太も何か言いたいことがあるのか?
私は少し気になったが、こういうのは勢いが大切なのだ。ここで止まってしまえば、機を逃してしまう。何があっても、ここで言うのだ。
「実は私も」
「実は俺も」
ほぼ同時に啓太も口を開き、見事なまでのハーモニーを奏でる。そして気がつくと、そこから続く先も驚くくらいに同じような言葉を発していた。
「ヨメカケに投稿したのだ」
「ヨメカケに投稿したんだ」
「娘の事情 16」
一体何が起こったのか理解するのには少し時間が必要だった。
私は夕食の席で「自分がヨメカケに投稿している」ということを家族に伝えた。これは、言ってみれば和泉ちゃんが私にして、私が和泉ちゃんにできなかったことの、反省を込めての予行演習でもあった。
私は近いうちに、和泉ちゃんに「私も投稿している」ということを伝える。その前に、まず家族にも知ってもらおうと思ったんだ。前にも言ったけど、色々教えて欲しいこともあるし、何よりお母さんが「ヨメカケ、ヨメカケ」と言っている今、黙っているのがなんとなく辛かったから。
そう思って、勇気を振り絞って夕食の席でちゃんと言った。ここで予想していた反応は、お母さんは「えぇ、凄いじゃない。見せて見せて。へぇ、こんなの書いてるんだぁ。後でちゃんと読むからね」と褒めてくれて、お父さんは「ほぅ。どれ私もひとつ見てみてやろう」と編集モードに入り、お兄ちゃんは「雫にしてはいい出来じゃないか」とか憎まれ口のひとつも叩く。
そんなことが起こるんじゃないかと、ぼんやり考えていたんだ。でも、お母さんは「えぇ!? ぴょこたんちゃんって、雫なの!?」と驚いているし、お兄ちゃんとお父さんは、デュエット歌手かっ! って言うくらいに絶妙のハーモニーで「自分も投稿している」と言い出すしで、私の頭の中はグチャグチャになってしまった。
ええっと。要は、みんな
そういうこと?
私は頭の中を必死で整理しながら、ようやくそういう結論に達した。
なんてこった!
みんなをびっくりさせるつもりが、むしろ私の方が驚かされてしまった。お兄ちゃんは、早速お母さんにせがまれて、スマホを取り出して自分の作品を見せていた。
「えぇ!? 『黒魔道士』さんって、啓太だったの?」
「『引き篭もり黒魔導士』……な。あ、そうそう。その、レビュー書いてくれてる『まーちゃん』さんって人さぁ……」
「あ、そうなのよ。これ、私なの。『雅世』で『まーちゃん』。良く分かったわねぇ」
「いや、そりゃ……」
お兄ちゃんは凄い微妙な表情をしてた。でも、私の方がもっと微妙な顔だったに違いない。だって、あの「引き篭もり黒魔導士」さんがお兄ちゃんだったなんて!?
私の作品に始めてレビューを付けてくれて、たくさんの人に読まれるきっかけを作ってくれた「引き篭もり黒魔導士」さん。ネットの世界では、どこの誰とも分からない人同士が交流するものだけど、身近というか、これちょっと身近すぎない?
ふとお兄ちゃんの顔を見ていると「雫……レビュー、ありがとうな」と言ってきた。お礼を言うのは私の方だったけど、なんだか恥ずかしすぎて言葉にならない。私はいつかちゃんとお礼を言おうと思ってたけど、口に出たのは真逆の言葉だった。
「お兄ちゃんの小説……。一生懸命書いているのは分かってたから……面白くなかったけど」
随分傷ついた様子だったのを見て、ちょっと悪かったかな、と思ってしまった。けどお母さんが、興奮気味に「お父さんの小説も見せて見せて〜」とねだっていたので、なんとなく救われた気がした。
お父さんは完全に硬直してしまっていて「あとで、あとで見せるから」と子供のようなことを言っている。私もあとで読ませてもらったんだけど、なんと言うのかな。すごく文学的な作品で、確かに素人っぽさは全然なくって、凄いなとは思った。でも意味は全然分からなかった。
そんな感じで私と家族は、小説を囲みながら夜遅くまで、あーでもないこーでもないと、語り合ったりしたのだった。
「母の事情 16」
当初の私の計画では「私が小説を書く。それをみんなが応援してくれる。それがキッカケとなって、バラバラになりかけた家族の絆が取り戻される」って感じだったの。
でも、突然雫が「小説を投稿している」と言って、それに続くように義弘さんと啓太まで、投稿していることを言い出したのね。これには私も本当に驚いたわ。だって、家族のみんなが小説、それもヨメカケに関わっているってことじゃない。
多少「なんで今まで黙ってたのよ」という不満もあるんだけど、それはこの際置いておきましょう。だってその後、小説を囲みながら家族が賑やかに過ごせたのだから。
久々に夜遅くまで、リビングにみんなが集まって、家族の団らんがあったわけなんだけど、その時今後どうしていくのかっていう話になったのね。雫が言うには「何がなんでもコンテストの大賞を取りたい」らしいの。理由は言わなかったけど、あれだけ真剣に言っているんだもの。きっと何かあるのよね。
義弘さんも啓太も、もちろん私も全面的に協力することを約束したの。これで、今日だけじゃなくって、今後も家族が一致団結していけるわけじゃない? 私の計画とはちょっと違う展開になっちゃったけど、結果オーライよね。
みんな、自分の小説も書きながら、雫が書いた下書きに目を通すことにしたのよ。ただ、みんなで一斉にあーだこーだって言うと、雫も大変だろうから、本当に気になったことだけをちょっとアドバイスする、みたいな感じかな。
あぁ、それにしても今日はいい一日だったな。こんな形で、私の願いが叶っちゃうんだものね。やっぱり小説は素晴らしいものだわ。
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