第15話 家族の事情15


「息子の事情 15」


 「まーちゃん」さんが、実は母さんじゃないかという疑いを持っていた俺は、夕食の席で母さんから話しかけられた瞬間、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。


 でも次の瞬間、突然雫が「聞いて欲しい話がある」とか言い出して、俺は一瞬ホッとしたんだ。ナイスだ、我が妹よ。血の繋がった兄弟とは言え、なかなかこの連携プレイはできないものだぞ。


 と思ってたら、続いて出てきた言葉が「私、ヨメカケに投稿しているの」だった。


 俺は我が妹が、何を言っているのかさっぱり理解できなった。いや、言葉としては当然分かってるんだ。


 私=妹が、ヨメカケ=小説投稿サイトに、投稿している。


 バイト仲間の中国人の陳さんだって、喋れるくらいの簡単な日本語だ。誤解のしようもない。しかし、どう考えても妹がヨメカケに結びつかない。俺の好きなアイドルグループ『JKB48』の籠谷栞ちゃんが「趣味は盆栽です!」と言っているくらい結びつかない。


 いや、余計に分かりにくい例えだったかな。そのくらい訳が分からず動揺していたんだ。それは親父と母さんも同じだったようで、しばらくリビングはシーンと静かまりかえってしまった。


 気がつくと、雫が俺の方を睨んでいた。俺はなんとなく「あれは『なんとか言え』ということだ」ということに気がついた。とは言え、なんて言えばいいんだ……。


 「そうなんだ! 凄いね!」いやいや違うだろ。「へぇ……で?」余計に怒らせたいのか? 「俺も投稿しているんだ!」うーん……。


 悩んでいると、母さんの顔がパァッと明るくなり、雫の両手を掴んだ。


「凄いじゃない!!」


 今度は母さん以外の家族があっけにとられてしまったが、母さんは意に介さないようで「いつから? いつから書いてるの?」とか「ねぇ、ちょっと読ませてよ! どこ? どこにあるの?」とか、凄い興奮している様子。


 雫も、しばらくはポカンとしていたけど、ハッと我に返るとスマホを取り出して、母さんに手渡した。母さんは夢中になって画面を見ていたが、突然「あれ?」と呟くと、スマホが額にくっつくんじゃないかっていう位、顔に近づけて見入っていた。


 俺はここまででも十分驚いていて、でも母さんのお陰で少しだけ冷静になりかけていたんだ。まさか雫が小説を書くようになっていたとは。そうかそうか。まぁ、あいつのことだから、きっと「あんまり読まれなくてショックなの。どこが悪いのか、みんなに教えて欲しいの」とか言うんだろう。


 これでも俺は小説を書き始めて半年以上。ヨメカケ歴では1年ほどだ。ここは先輩として、的確なアドヴァイスをしてやらなくてはなるまい?


 そう思っていたんだけど、母さんが次に言った言葉を聞いて、また冷静さをなくしてしまったんだ。


「ぴょこたん?」




「父の事情 15」


 娘の雫の様子がおかしいことは、帰宅した時から分かっていた。父親として、子供のことに気をかけるのは当然のことだ。だから、私はきっと雫が夕食の席で何か言い出すんじゃないかとも思っていた。


 昔から雫は素直な子で、悩んでいることや困ったことがあれば夕食の時に私達に隠さず話してくれていた。その辺は兄弟と言えども、息子の啓太は少し違っていて、あいつはあまり何も言わない。


 まぁ啓太は何も言わなくても、雫より分かりやすく、態度などにすぐに出ていたので、そういう意味ではあまり心配になるようなことはなかったのだが。


 それにしても、今日の雫はいつにも増して緊張した面持ちだった。そう言えば少し前に部活を辞めると言っていたが、そのことが関係しているのだろうか?


 もしかしたら学校でイジメにあっていたりするのではないか? それともそろそろ高2ということもあり、将来のことで悩み事があるのだろうか? ハッ……まさかとは思うが、男……ではあるまいな? 


 そんな不安が頭の中を駆け巡って、夕食もろくに味わえない。


 ウチの家族は夕食時には、お母さんが中心になって会話をしながら、賑やかなのが普通だ。最近は、啓太も雫も大人びたところもあって、そこまで盛り上がったりはしないが、それでも学校のこととか、バイト先の話などで、ほとんど会話が途切れることはない。


 それが今日に限っては、壁掛け時計の音が聞こえてくる程に、静まり返ってしまっている。肝心のお母さんも、何か考え事をしているらしく、時折「うん、そうよね」と呟いているだけで、何も話そうとしない。


 私はすっかり困ってしまった。こういう時は私がリードしていかないといけないとは思うのだが、恥ずかしいことに何を言えばいいのかさっぱり分からない。いっそストレートに「雫、何かあったのか?」と聞いてみようかと思ったが、年頃の娘と父親の関係と言うのは、なかなかにして難しいものだ。


 昔、編集部にいた頃、部下の田中とそういう話になったことがあった。「そんなの武田さんの気にしすぎッスよぉ。お友達感覚でいけばOKッスよ。硬くならず、ふわっという感じで」と田中は言っていた。何がお友達感覚だ。父と娘の関係は、決してお友達などではないのだ。そもそも、あいつの娘はまだ幼稚園児じゃないか。


 変なことを思いだして、少しイラッとしていると、雫が突然立ち上がった。そして「ヨメカケに投稿している」と言い出した。私は思わず、手に持っていた箸を落としてしまった。




「娘の事情 15」


 なんて言われるかな? 呆れられるかな? 怒られ……はしないよね。あれ? そもそもなんで、私こんなこと言おうと思ったんだっけ……。あぁ、そうだ。和泉ちゃんが私に「ヨメカケに書いている」と言い出したことが始まりだったんだ。


 あれを聞いて、すぐに「私も」と言えなかった自分が嫌だったんだ。それで、まずは家族に言おうと思ったんだっけ。あぁ、でもなんて言われるだろう……。


 夕食を食べながら、そんなことが頭の中を巡っていた。でも、なんだか堂々巡りになって全然結論が出ない。あー、もう!!


 私は気がつくと席を立っていた。家族全員が私の方を見ている。家族の前でこんなに緊張することなんて、今までなかった。でも、ここは考えては駄目だと思った。考えるより行動なのだ。


「私、ヨメカケに投稿しているの!」


 とてもシンプルに伝えた。


 あまりあれこれ前置きしたり、言い訳めいたことを言いたくはなかったから。でも言い切ってから、少し「しまった」と思った。「投稿してる」とは言ったけど、その後のことを考えていなかった!


 私としては、ちょっと前に失敗に終わった「客観的な評価」を家族にしてもらいたい、という思いはあるんだ。でも、それ以前に隠し事をしたくなかっただけなんだ。だから、その跡に続く言葉なんて考えていなかった。


 元々静かだったリビングは、一層静まり返ってしまった。時計の針の音が『カチカチ』と聞こえてくる。言う前はすごく緊張していて、でも言えばスッキリすると思ってたんだけど、実際には言った後の方がもっと緊張してしまった。


 時計の針の音と同じくらいの音量で、自分の心臓の音が聞こえているような気がする。お父さんが落としたお箸の転がる音だけが響く。


 ちょっと! 誰か何とか言ってよ!!


 思わずお兄ちゃんを睨みつけてしまう。お兄ちゃんはバカっぽい顔で呆けていた。ダメだ……。何か言いたげな表情になっていたけど、あれは何かを勘違いしている顔だ。私が困っていると、突然お母さんが私の手を取ってきた。


「凄いじゃない!!」


 そう言うと「見せて」と、手を出してスマホを要求してくる。私はポケットからスマホを取り出すと、ロックを解除した。さっきヨメカケの自分のページを開いた状態にしてあったので、すぐにそれが表示される。


 スマホをお母さんに手渡すと、随分熱心に読んでくれていた。時々頷いたりしながら、スクロールしている。結構読むの速いな……。そう思っていると、突然スマホに顔を近づけて「あれ?」と言い出した。


 何かあったのかな? 文章おかしかったかな? 少し心配になっていると「ぴょこたん?」と私の顔を見ながら、私のペンネームを口にした。うん、ちょっと変な名前だけど、それ私。




「母の事情 15」


 雫が「ヨメカケに投稿している」と言い出して、私はすっかり啓太のことはどうでもよくなってしまったの。あぁ、どうでもいいなんて言っては駄目ね。良くはないのよ。でも、それはまた後でね。


 とにかくびっくりしちゃったけど、身近に小説仲間がいたなんて、それも家族にいたなんて、とても素敵なことじゃない? 思わず雫の手を取って握りしめちゃった。


 ご飯の途中だったけど、どうしてもすぐに読みたくって、雫に「見せて」とお願いしたの。雫はスマホを取り出して渡してくれた。あぁ、凄い! 本当に小説が書いてある!


 夢中になって画面に見入っていたんだけど、なんだか、あれ? これ見たことがあるような……。あ、あれれ? 慌ててスクロールして小説の先頭に戻ったの。そこには作者の名前が書いてあるからね。


 思った通りそこには「ぴょこたん」の文字が書いてたったわ。そうそう、これ「ぴょこたん」ちゃんの「異世界になんとか」の小説じゃない!


 私は思わず雫の顔見て「ぴょこたん?」と確認してしまったの。雫は少し恥ずかしそうにしながらも、無言で頷いていたのね。凄いびっくりしちゃった! だって、あんなに面白い小説を書く人が、自分の娘だったなんて!!


 ちょっと冷静ではいられなかったのね。思わず「ファンです!」って言っちゃったら、雫は少し引いているようだったわ。まぁ、そりゃそうよね。


 改めてダイニングテーブルを見回すと、義弘さんも啓太もポカーンという感じの顔をしてた。みんな驚いているのね。あぁ、でも「ぴょこたん」ちゃんを知ってるのは、私だけだったかな? あぁ、雫が小説を書いていることを驚いているのね。それにしても、ちょっと驚きすぎじゃない? 


 私はもう一度スマホの画面を見直したの。もちろん、全部読んだ内容だったけど、雫が書いていると思いながら読み返すと、なんだかちょっと照れくさい感じになるから不思議よね。でも、やっぱり面白いなぁと思っていたら、突然、今度は義弘さんと啓太が立ち上がったの。


 なになに? まさか義弘さんと、啓太も「小説を投稿してる」とか言い出すんじゃないわよね? そういや啓太の方は恭子ちゃんが「投稿しているに違いない!」って言ってたけど……?

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