第14話 家族の事情14
「息子の事情 14」
三好さん、いや「まいたけ」さんは「読み専アカウント」としては、かなり有名な人らしい。あ、ちなみに読み専っていうのは「読み専門の人」の略な。つまり自身では小説を書かなくて、読むことだけやってる人ってことだ。
ヨメカケ内では分からなかったが、検索サイトで調べてみたら、結構な数の検索結果がヒットした。
「あのまいたけさんに読んで頂けた上に、レビューまで頂けるとは」
「俺の小説も、まいたけさんに読んで欲しいです!」
「まいたけさーん、私の小説もスコップしてくれぇ!」
「まいたけさんのおすすめなら、安心して読めるわ」
ブログ記事、ヨメカケ内に設置されている掲示板、外部の匿名掲示板など、たくさんの場所で「まいたけ」さんの名前が出てきていた。有名な書き手さんだったら、ネット上のあちらこちらに名前が出てくるのは当たり前だけど、読み専でこんなに有名になるっていうのは、かなり珍しいんじゃないかな。
実際、「まいたけ」さんがレビューしている記事を見てみると、褒めることだけではなく、分かりづらかった部分、キャラクターのおかしな言動など、良くない箇所もしっかり指摘されていて、これなら読み専として人気が出るのも確かだと思った。
「俺のレビューも書いてくれたらいいのになぁ」とつい思ってしまう。きっと三好さんなら俺が頼めばやってくれると思う。でもそれは、ちょっとズルしているようで、なんとなく後ろめたい。
それにしても「まいたけ」さんのレビューを見てると、なんとなく「レビュアーってのも面白そうだな」という気持ちにもなってくる。思えば、あまり真剣に人の作品を読んだことってなかった気がするんだ。「ぴょこたん」先生のくらいかな?
だから、一度自分の作品を離れて、人の作品を真剣に読んでみるのだって、いい勉強になるだろう。今の小説を書き終えたら、ちょっと考えてみるかな。
しかし、母さんに三好さんと、身近にヨメカケに関わっている人がいるとはなぁ。そういや母さんも「投稿する」ってPCの練習に励んでいたな。もうアカウント作ってるのかな? まぁ書く前にもよく読んでいたって言ってたから、そりゃ取ってるか……。
って、あれ? いやいや、そんなはずは……。
「まーちゃん」さんって……?
「父の事情 14」
お母さんが晩ごはんの支度をしている間、私は一心不乱に小説を読み続けていた。もちろん、お母さんの書いた小説だ。お母さんは「もう、義弘さんったら、あんまり何度も読まれると恥ずかしいじゃない」と照れていたが、そんなことは関係ない。
もう既に3回ほど読み直してみた。不思議なことに、何度読んでも始めに感じた「ホッとする気持ち」に変化はなかった。もしかしたら、身内だからそう感じるのもあるのかもしれないが、それにしても変わった小説だ。
そして、この小説をもし「本当に売る」としたら、どうすれば良いのかを真剣に考えた。このままでは流石に難しいだろう。もう少し短編にして、挿絵などを挿れて童話ふうにするのが良いかもしれない。もしくは、一層もっと書き込んで、ドラマ風に仕立てていくのも面白そうだ。
ふと気がつくと、私は現役時代の編集者の思考になっていた。引退して編集から書き手へと転身しようとしていたのに、30年以上積み重ねてきたことは、そう簡単には体から抜けないのだろう。
しかし、ふと「小説を書いている時より面白い」気もしてくる。やはり私は書き手としてより、こういうことの方が向いているのだろうか? いっそ「真夏の残照」は諦めて、お母さんの小説を手伝うというのもアリかもしれない。
そう思い始めると、不思議な事に自分の中で「そうしよう、そうしたい」という気持ちが膨れ上がってきた。無名の作家をプロデュースして、なんとか出版までにこぎつける。そこまでは行かなくとも、ヨメカケ内でそこそこ読まれる小説に仕上げていく。
いいじゃないか!
ただ、お母さんはそういうのあんまり好きそうではないので、きっと嫌がるだろう。うーむ、なんとか上手く丸め込む……説得出来る方法はないものだろうか……。
そんなことを考えていると「ただいまー」という声が聞こえた。雫が帰ってきたみたいだ。お母さんもちょうど晩ごはんの用意が終わったみたいで「雫、もうご飯出来たから、すぐ降りてらっしゃーい」と言っている。
リビングを通り抜け、階段へと向かう雫に「おかえり」と声を掛けたが、返事はなかった。なんだか思い詰めたような表情をしている。どうしたんだろうか? 学校で何かあったのだろうか?
「娘の事情 14」
お昼休みに和泉ちゃんから聞かされた話は、私にとって結構、衝撃的なものだった。和泉ちゃんが小説を書いていて、ヨメカケに投稿するっていうのだ。
さっきも言ったけど、和泉ちゃんのお父さんは「広田コウスケ」という名前で小説家をしている。凄く有名ってわけではないけれど、それでもコンスタントに単行本を出版しているから、そこそこ売れているんだと思う。
その血を受け継いだ和泉ちゃんが、ヨメカケに投稿する。昼に見せてもらった小説は、いわゆるラノベとは違い、少し大人っぽいものだったけど、舞台はファンタジーの世界になっていて、多分私の投稿している小説とジャンルが被る。
しかも文章がとてつもなく上手かった! 私なんか到底及ばないレベルの文章で、難しい言い回しをしているのに、スラスラっと読めちゃう感じなんて、とても真似出来ない。きっと「ヨメカケコンテスト」にも参加するだろうし、私のライバルになるはず。
そう考えると、ますます「私も投稿しているの」と言えなかったことを後悔してしまう。明日、ちゃんと言おうかな。でも、昨日言えなかったのに、なんて言えば良いのだろう……?
私は家に帰ってもまだそのことを考えていた。でも結論は出ない。どこかのタイミングで言うしかない。まだ和泉ちゃんが投稿を始めたわけじゃないし、コンテストだって出るとは限らないし。それまでになんとか、言えるタイミングを作らないと。
家に帰ると、もう晩ごはんが出来ているとお母さんに言われた。お父さんも何か言っていたけど、なんだか頭に入ってこなかった。ごめんね、後でちゃんと聞くから。
部屋に行き、すぐに着替える。
まずは家族に言おう。私は改めてそう決意した。
リビングに降りると、もうみんな席に付いていた。うぅ、緊張する。
「いただきます」といつも通りご飯を食べ始める。あれ? どのタイミングで言えば良いの? っていうか、食べる前に言うつもりだったのに! まぁ、しょうがないよね。うちの家族はご飯食べている時は、お母さんの独壇場だから、食べ終わったタイミングにしよう。
そう思っていると、お母さんがいつものように口を開いた。でも、その内容は思いもよらぬものだった。
「ねぇねぇ、啓太。恭子ちゃんから聞いたんだけど、ヨメカ……」
私はとっさに、自分のことを言われていると思って「あの! 聞いて欲しいことがあるの!」と口走っちゃった。直後に「あれ? お兄ちゃんの話?」と言うことに気がついたんだけど、もう後には引けない。
家族の視線が私に集中している。私はお箸を置くと、少し深呼吸して続きを言う。
「私ね、ヨメカケに投稿してるの」
「母の事情 14」
晩ごはんの準備が遅くなっちゃったから、久しぶりに本気を出したら、予想以上に早くできちゃったのよね。やっぱり主婦歴が長いと、この辺の段取りに差が出てくるものよ。
ちょうどいいタイミングで雫も帰ってきたので、今日はバッチリな日よね。
相変わらずパソコンの前で「うーむ」とか言いながら、義弘さんが私の小説を真剣に読んでくれてる。自分から「読んでみて」と言っておいてなんだけど、流石に少し恥ずかしいわよね。
でも、真剣な表情の義弘さんも素敵だから、それはそれで良いのよ。そう言っている間に、みんな揃ったの。晩ごはんの時は、集合が早いのよね。
それにしても、なんだかみんな様子が変よね。啓太はチラチラと私の方を見ているし、義弘さんも何か考え事をしているのか上の空のよう。一番深刻なのは雫よ。珍しく表情が硬くって、何か緊張しているのかしら?
なんだかちょっと気まずくなってきちゃった。あれ? 何か話題があったようなぁ……あぁ! そうそう! 啓太のことだった。お友達の恭子ちゃんが「啓太がヨメカケに投稿しているかも」って言ってたのよ。あれを聞かなくっちゃ。
もし本当なら「私がヨメカケのことを話した時に、なんで教えてくれなかったのよ?」と思うしね。まぁ、啓太もあれで結構シャイだから、恥ずかしかったのかもしれないけれど、でもお母さんは家族の中で秘密があるのは嫌だな。
それに啓太が投稿しているのが本当だったら、私と啓太は作者仲間ってことじゃない? 親子でそういうのってなんだか素敵よねぇ? お互いに切磋琢磨し合うのよ。それを義弘さんや、雫も応援してくれるのよ。
そして家族の絆が取り戻せていくのよ!
そう。だからちゃんと聞かなくっちゃと思って、私は「ねぇねぇ、啓太。恭子ちゃんから聞いたんだけど」と言いかけたの。でも、突然雫が立ち上がったのよ。
とても真剣な顔をしてた。あ、雫は啓太とは違って、いつも何事にも真剣なんだけどね。でも、晩ごはんの席でこんなに真剣な表情をしているのって珍しいわ。一体どうしたのかしら?
なんてことを思ってたら、雫がいきなり「私、ヨメカケに投稿しているの!」って言うじゃない! 私は本当に驚いたわ。
啓太だと思ってたら、雫の方だったなんてね。
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