第13話 家族の事情13
「息子の事情 13」
一昨日は母さんと雫に振り回された一日だった。
それにしても雫のやつ、一体何だったんだろう? 途中で「もういい!」って言って出ていってしまうし。まぁあれだ。あの年頃は色々あるからな。深く考えても仕方ないのかもしれない。
朝、バイト先のコンビニに着くと、既に出勤してきていた三好さんが事務所に座っていた。三好さんは母さんの友達で、俺の同僚だ。もちろん、歳は離れているが、毎日同じ時間帯に働いていることもあって、そこそこ仲良くさせてもらっている。
「おはようございます、三好さん」
「あら、おはよう。今日は早いのね、啓太くん」
「いやぁ、なんか目が覚めちゃって」
他愛もない会話をしていると、三好さんがスマホを取り出して、俺の目の前でそれを振りながら「お母さん、結構はまってるみたいね」と言った。
一瞬何のことか分からなかったが、母さんがはまっていることと言えば「ヨメカケ」のことに違いない。俺は戸惑いつつ「あれ? ヨメカケのことッスか?」と聞いてみた。
「そそ、ヨメカケ。雅世ちゃん、すっかり夢中になってるって、毎日メール来るのよ」
「あはは、なんかすみません……」
「まぁ、引き込んだのは私だからね」
そう言って三好さんは笑う。俺は、母さんが自分で小説を書き出したことを伝えると「知ってる知ってる。と言うか、もう読んだ」と言って微笑んだ。そして「雅世ちゃんらしい小説だよねぇ」と、なんだか嬉しそうだ。
そこで、俺はあることに気がついて、三好さんに聞いてみた。
「あれ? もしかして三好さんもヨメカケに投稿しているんですか?」
「いやいや、私はしてないよ。読むだけ」
「読み専ってやつですか?」
「そういうらしいね。それよりも、啓太くんは投稿してるの?」
俺は、話が変な方向になってしまったことを後悔した。とっさに「いや、俺はたまに読むくらいで」と絶妙の演技で否定したら、三好さんは「ふ〜ん?」と意味ありげに笑っていた。
俺の演技力が通じなかったのか? とにかく話を逸らさなくてはと思って「三好さん、読み専でもアカウントは持ってるんですか?」と聞いてみた。三好さんは、持ってると言って「まいたけ」というアカウント名を教えてくれた。
「ぴょこたん」先生と言い「みんな変なアカウント名だな」と思ったが、これは心の中に秘めておく。
仕事の時間になったので、三好さんとはその後は、その話はしなかったが、家に帰ってきてからヨメカケで「まいたけ」を検索してみて驚いた。結構有名な読み専アカウントらしい。
「父の事情 13」
お母さんはあれ以来、リビングで堂々と小説を執筆している。
段々キーボードの扱いにも慣れてきたのか、両手を使って結構早いスピードで文字を打ち込んでいた。それにしても、何で中指だけでタイピングしているのだろう?
私はリビングでお茶を飲みながら、そんな様子を眺めていたが、やがてお母さんが「義弘さん、見てみて!」とノートPCを私の方へと向けてきた。画面には、お母さんが書いた小説が表示されている。
PCで打ち始めて2日目。それでも結構夜中までやっているらしく、そこにある文字はそこそこの文量があった。私は少し咳払いをしてから、画面を覗き込む。
正直読み始めは「なんだこれは」と思った。なんの変哲もない家族の話が、そこには綴られていた。「どんな伏線が隠されているのか?」「事件が起こる前触れか?」と身構えて読み進めていったが、そんなものはどこにもなかった。
しかし一話分読み終わった所で、私は変な気持ちになった。うまく説明できないが、なんとなく「ホッとする話」だと思った。正直な所、こんな作品は見たことがない。
それはそうだろう。こんな山も谷もないような小説は、絶対に「売り物」にはならない。公募に出した所で、相手にもされないのがオチだ。
だが、それでも、ヨメカケのような投稿サイトがある今なら、こういう作品があっても良いのかもしれない。人によっては、全く評価されないだろう。と言うか、そういう可能性の方が高いだろう。
でも一部の人間にとっては、このような作品が必要なのかもしれない。マスを求める商業としては、決して成り立たないが、無料サイトであればこういうのもあっても良い。
そんなことを考えていると、隣でお母さんが目をキラキラさせながら、私の感想を求めていることに気がついた。うーむ、しかし、これはどう言ったらいいのだろうか……。
説明しにくいので、とりあえず「個性的だな」とだけ言うと、少し悲しそうな顔になって「それだけ?」と聞かれた。私は「ううむ……」と唸りながら、どう言ったらいいのか分からなくなり、困ってしまったが、突然お母さんが「あ! もうこんな時間!? 晩ごはんの準備しなくちゃ!」と言って、キッチンへと向かったので、少しホッとした。
私はもう一度PCの画面を見て「これを売れるようにするには、どうしたらいいのだろうか?」と考え込んだ。
「娘の事情 13」
お昼休みになると、教室に和泉ちゃんがやってきた。
「天気も良いから、屋上でお昼食べよ」
和泉ちゃんはそう言って、私を屋上へと連れ出した。秋も深まってきていて、日中とは言え屋上は少し寒い。そのせいか人影もまばらで、私と和泉ちゃんの他には、2組ほどの生徒がいるだけだった。
私たちはお弁当を広げて「いただきます」と食べ始めた。和泉ちゃんはパクパクとお弁当を口に運んでいく。和泉ちゃんの用というのが「お弁当を一緒に食べる」ということではないのは、明らかだ。
和泉ちゃんと私は中学校時代に2度同じクラスになったことがあるので、そこそこ仲が良い。親友、と言うには最近あまり付き合いがなかったけど、昔はよく一緒に遊んでいたし、家も近いこともあって、今でも時々一緒に帰ったりする仲なのだ。
和泉ちゃんは恐ろしいほどの勢いでお弁当を平らげて「ごちそうさまでした」と行儀よく言うと、私の方に向き直った。いつもはにこやかな表情が、今は硬く緊張した面持ちになっている。
スカートのポケットからスマホを取り出すと、和泉ちゃんは何か操作をして後、それを私に手渡してこう言った。
「ちょっと読んでもらいたいものがあるのよね」
私がスマホを受け取ると、その画面には文字がビッシリと書き込まれていた。
この展開には覚えがある! 和泉ちゃんを見ると、少し顔が赤くなって、もじもじと恥ずかしそうにしている。やっぱり、昨日の私だ、これ!
なんだか嫌な予感がしながら、スマホの画面を改めて見てみる。そこには、昨日の私のスマホと同じ画面が表示されていた。
「小説……書いたんだ」
和泉ちゃんは相変わらず恥ずかしそうにしているが、私とは違って、しっかり前を見ていた。
「ヨメカケってサイト知ってる? 誰でも小説を投稿できるところなんだけど、私もずっと前から投稿したいな、って思ってたの」
「あ、へぇ〜。そうなんだ」
私はとっさに「知らないふり」をしてしまった。和泉ちゃんが「やっと小説が完成したから、誰かに見てもらいたくって」とか「雫って、よく本を読んでるじゃない、だから」とか「率直に感想を聞かせて欲しいの」とか言っていたが、私はもうそれどころではなくなってしまって、スマホの画面を眺めているだけで精一杯だった。
なんで私はいつもこうなのだろう。もっと素直に「知ってる知ってる! 私も投稿してるんだ!」って言うだけで、こんなに心が重くなることはなかったのに。いつも嘘ばかり付いているわけじゃないけれど、こういう時はどうしても素直に言えない。
「ねぇ、冒頭の辺りなんか気になってるんだけど、どう?」
和泉ちゃんがスマホを覗き込むように顔を近づけてきた。慌ててスマホの画面に目をやる。なかなか頭に入ってこなかったけど、それでも必死で1ページほど、目を通すことができた。
和泉ちゃんの小説は、とてもきれいな文章だった。今時の流行りとは逆行するかのように、文章は画面一杯に広がっていたけど、それでも読みやすい文章だったので、混乱している私の頭でもスルスルと読めてしまうほどだ。
私は身近にいる人に、こんなに凄い小説を書ける人がいるとは思ってもみなかった。クラスの友達に、休み時間に本を開いている人などひとりもいない。せいぜいファッション雑誌を開いて、数人でわーわー言っている程度だ。
和泉ちゃんは良く本を読む子だったけど、確かそれは家にたくさん本が置いてあるからで……あれ?
「そう言えば和泉ちゃんのお父さんって」
無意識に私は思っていることを口に出してしまった。
「そう……なんだ。作家さんやっているの。最近はあんまり売れてないって、こぼしていたけど」
そう言って照れくさそうに笑う。そうだった、和泉ちゃんのお父さん「広田コウスケ」先生は小説家さんだったんだ。
「母の事情 13」
夕飯の準備をしていたら、お友達から電話が掛かってきたの。そう、私にヨメカケを教えてくれたお友達ね。
「小説を通じて、家族の絆を取り戻す」という計画を聞いてもらいたかったんだけど、お友達の恭子ちゃんは開口一番「まーちゃんの息子さん、啓太くんね、ヨメカケ知っているみたいよ」と言い出したの。
「そりゃ知ってるわよ〜。私が教えてあげたんだから」
「いやぁ、あれはきっともっと前から知っているね」
「えぇ!? そうなの?」
「だってさ、私が『投稿しているの?』ってカマかけたら『イヤ、オレハ、タマニ、ヨムクライデ』とかって、なんかロボットみたいに片言になっちゃってたよ」
「啓太、演技は下手だからねぇ」
「アハハ。まぁそこが良い所でもあるんだけどね」
そうそう、啓太は嘘は付くけど、嘘を上手くは付けないのよ。それにしてもあの啓太が小説をねぇ……? 私が聞いた時には「知らないなぁ」って言ってたのに……って、あの時もそう言えばなんかギクシャクしていたわね。って言うか、今さっき恭子ちゃんがサラッと変なことを言ってたような。
「えっ!? 投稿もしてるの?」
「まぁ、本人が否定してたんで、あんまり突っ込まないであげたから、分かんないけどね。でも、多分きっとしている」
そう言って恭子ちゃんはまたケラケラとおかしそうに笑い出したの。
これは由々しき事態だわ。私はそう思ったの。だって家族の中で秘密があるってことでしょ? まぁそんなに深刻なものじゃないけれど、そういうのはお母さんとして黙って見過ごすわけにはいかないじゃない?
恭子ちゃんとの電話を終えてから、私は決意したのね。
今日の晩ごはんの席で、啓太にちゃんと聞いてみようって。
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