第12話 家族の事情12


「息子の事情 12」


 母さんに付き合わされて、貴重な日曜日の休日がほとんど終わってしまった。フリーターのコンビニバイトは、平日が重宝されるので、逆に日曜日はたいてい休みなんだ。


 逆に平日は結構こき使われるので、どうしても日曜日には小説を書き溜めておきたいところなんだけど、今日はなんだかすっかり疲れてしまった。


 母さんは何度言っても右クリックと左クリックの区別がつかないらしく、途中で「もうマウスはいいの! 私は文章を書きたいの!」って言い出したので、しょうがないからブラインドタッチの練習をしたんだけど、あれもきっと当分使い物にはならないな。


 それでも文字を入力する基本は教えたので「人差し指タッチ」だけでも何とかなるだろう。


 俺は「自分の小説を書かねば」と思った。折角、今後の小説に活かせるヒントを手に入れたのに、なんだかんだで全然書けていない。グッタリしながらも、なんとかPCを立ち上げて、小説フォルダを開く。


 そこで突然、妹の雫が「お兄ちゃん、ちょっといい?」と部屋に入ってきた。もー、何だよこの家族は! ノックっていう概念が欠けているヤツばかりだ。


 俺は文句のひとつも言ってやろうかと思ったが、雫がいきなりスマホを俺の目の間に掲げてきたので、それに目が行く。スマホの画面には何やら文字が表示されている。


 雫は何も言わずに、スマホを俺に突きつけている。俺が「一体なんだよ」と訊くと、雫は「読んでみて」とだけ言った。なんだか顔が真っ赤になっている。……ラブレター……じゃ、ないよな。そんなラノベっぽい展開が、現実に起こるわけがない。


 俺はスマホを手に取った。ぎっちりと書き込まれている文字に目を通す。すぐに見たことがある文章だと気がついた。これは……「ぴょこたん」先生の「ニートの俺が」じゃないか!!


 俺は額にじわっと汗が滲むのを感じた。なんだって雫が「ぴょこたん」先生の作品を手にしているんだ? だが、すぐに「あぁ、そういうことか」と気がついた。


 これはヨメカケの小説をダウンロードしたやつだな。ヨメカケはテキスト形式で小説をダウンロードし、スマホなどに保存して読むことができる。きっと雫は「ぴょこたん」先生の小説をダウンロードして、俺に読めと言っているんだ。


 雫が読書家であることは知っていたけど、この手の小説を読むとは知らなかった。まぁ年齢的には、俺よりも読んでる可能性が高いんだけど。


 もう何度も読んでいる作品なので、今更読み返してもと思ったけど、やっぱり「ぴょこたん」先生の小説は面白い。なんだかんだで、しばらく夢中になって読んでいた。


 ふと目を上げると、相変わらず雫は顔を真っ赤にしたまま、俺を見つめていた。その表情から、どうやら俺に感想を求めているらしい。俺は素直に「面白いよな、これ」と伝える。


 雫はびっくりするくらい嬉しそうな顔をしたけど、すぐに真剣な表情に戻ると「どの辺が?」と訊いてくる。おいおい、一体なんでお前が「ぴょこたん」先生の作品の評価を俺に訊いてくるんだ?


 訝しげにしていると、突然雫が「どの辺が面白いの? 逆にダメなところってないの?」と声を荒げた。なんだ? なんで、こんなに真剣なんだ?




「父の事情 12」


 お母さんが突然「パソコンが欲しい」と言い出した。新しいのを買うのかと訊くと「余ってるのでもいい」というので、少し前の使っていなかったPCを渡しておいた。


 一体何に使うのか尋ねると「小説書くの」と言ってきて、私は心臓が飛び出るかと思うくらい驚いた。更に「ヨメカケに投稿するの」とも言っていて、流石にこれには私も目の前がクラクラしてしまうほどだった。


 決して悪いことじゃない。むしろ夫婦で同じ趣味を持つということになるわけだから、これは良いことじゃないか。


 しかし私は一抹の不安も覚えてしまう。お母さんが私と同じ思いをしてしまうんじゃないかと、考えてしまう。私たちの知っている「小説」とヨメカケに投稿されていて主流になっている小説とでは、ジャンルというか定義が異なるのだ。


 もちろん、普通の小説も投稿されているが、そういうものはただ投稿しただけでは読まれる可能性が低い。主要な読み手である若年層に向けた小説でないと、好んで読まれることは少ないだろう。


 現に私の小説は投稿してから結構日数が経っているが、まだ1桁ほどの人にしか読まれていないのだ。比較的メンタルの強い私でさえ、一時期は凹んだのだ。お母さんだったら、どうなってしまうのか……。


 反対すべきだろうか? しかし、それを言うには、私のことを洗いざらい話さねばならないだろう。流石にそれはちょっと気が引ける。それに、もうひとつ心に引っかかるものがある。


 自分の「小説を書いて出版業界に返り咲く」という夢が、一時的にとは言え頓挫している今、お母さんがやろうとしていることに反対するのは、果たして正しいことなのだろうか?




「娘の事情」


 やっぱりお兄ちゃんに相談するんじゃなかった。


 私がいくら「どこが面白いの?」「具体的に教えて」「ダメなところは言って」と真剣に迫っても、全然答えてくれなかった。私はつい感情的になって、大きな声を出しちゃった。すぐに「ごめん」と謝ったけど。


 自分の部屋に戻って冷静に考えてみたら、そう言えば私、お兄ちゃんに「これ私が書いたものだから」というのを伝えてなかった気がする。


 ……やってしまった。そうか。そう考えると、お兄ちゃんが戸惑っていたのも、少しは理解できるかな……。でも、それでも教えてくれたっていいじゃない?


 うーん、やっぱり、身近な人に「小説書いているんだ」って言うのって、結構緊張するものなんだなぁ。できれば、伝えるのはちゃんと賞が取れたりした後の方がいいような気がする。でも、そのために今、客観的な評価が欲しい。


 なんか鶏と卵の話みたいだよね。


 やっぱり、明日もう一度、ちゃんと言おう。できれば家族全員に、キチンと伝えておきたい。まだモノになるか、ならないかなんて分からないけど、考えれば考えるほど、内緒にしておくのも良くない気がしてきた。


 よし、決めたぞ! 今日の夕食の席で、ちゃんと家族に言おう!


 そう強く決心して、私は学校に向かったんだけど、学校に着くなりクラスメイトの和泉ちゃんに「雫、お昼休みちょっと付き合って」とお願いされたの。


 一体何の用だろう?




「母の事情 12」


 昨晩、夜中遅くまでパソコンを頑張っていたからかな? 今日はなんだか両手の人差し指が痛くてたまらないの。やっぱり啓太の言うように、ブランド何とかを覚えないとダメかな、と思ったけど、それよりも今は早く1行でも多く小説を書きたいのよね。


 まぁ、まだ中指もあるし、薬指もあるしね。最悪、4日間はなんとかなるわ。


 それにね、小説を書いてて思ったんだけど、これを通じて「家族の絆」を取り戻せないものかしら? だって、こんなに面白いんだもの。啓太だって、雫だって、義弘さんだって、みんな応援してくれるんじゃないかな。


 必死で小説を書く私。啓太は私にブランド何とかを教える役。雫は打った文章に間違いがないかチェック役ね。義弘さんは、元編集者だから文章とかストーリーとか、そういうのを見てもらうの。


 ほら、こうやって家族がまた一致団結していけそうじゃない? よくドラマでもあるじゃない、こういう展開って。困難なことにみんなで立ち向かっていくに従って、どんどん強い絆が出来てくるのよ。


 あ、そういう話を書くのも面白いかも? ちょっと忘れないようにメモしておこうっと。ええと、チラシチラシ……。

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