第11話 家族の事情11


「息子の事情 11」


 母さんは親父が昔使っていたPCをもらってきたらしい。分厚いノートPCを小脇に重そうに抱えていた。


「一体、PCを何に使うんだ?」と聞いてみたら「小説を書くの! ヨメカケに投稿するの!」と嬉しそうに言い出した。俺は思わず椅子から転げ落ちそうになったんだ。


 小説を投稿するだって!? 以前チラシの裏に書いてた小説は見せてもらったけど、そこまで進行しているとは思ってもみなかった。俺はなんと言ったらいいのか、分からなくなってしまった。


 「俺も投稿しているんだ」


 いいや、ダメダメ。絶対ダメ!


 「止めとけよ」


 でも、こんなに嬉しそうに言っているのに、そんなこと言えるわけないじゃないか。


 そうなれば、黙って協力するしかない。俺は「分かったよ」と言って、部屋の真ん中に置いてあるローテーブルに、母さんの持ってきたPCをセットした。


 古いPCなので起動するまでに時間がかかる。その間に「なんで、投稿しようと思ったの?」と聞いてみた。母さんは少し考えていたが「なんか楽しそうだったから」と答えていた。あぁ、母さんはそういう人だった。


 やっとPCが立ち上がって、俺はテキストエディタを立ち上げた。母さんは生きる化石と言っていい程、PCに疎い。まずはキーボードの使い方、マウスの使い方から教えなくてはならなくて、小説以前の基本的な使い方だけで小一時間ほど掛かってしまった。


 安請け合いしてしまったけど、これは結構骨の折れる仕事だぞ。




「父の事情 11」


 私は考えを改めることにした。


 今投稿している「真夏の残照」はコンテストを辞退することにした。いっそ、小説自体を削除してしまおうかと思ったが、その頃には少しだけだが、見てくれている人もいるらしかったので、それは止めておくことにする。


 そして次回作を考えてみた。しかし一向にアイディアが湧いてこない。考えてみれば、私は「真夏の残照」に全てを捧げていたのだ。そう簡単に次の構想など出てくるはずがない。


 ふと「今の人気作品をもっと知るべきかもしれない」と思った。とにかくランキングなどで上位に表示されている作品を見てみれば、何かのヒントが掴めるかもしれないし、最近の傾向というのも分かるというものだ。


 私はヨメカケのサイトを開くと、ランキング一覧をクリックした。ランキングは「週間」「月間」「累計」と別れている。まずは累計をクリックしてみる。う……上位の作品には、恐ろしいくらいのハートマークが付いているじゃないか。


 これは参考にならないと、私は感じた。そこで週間ランキングの項目を開いてみる。一位に以前チラッと見たことがあった「ニートの俺が異世界に転生したら、速攻で返品された件」という小説が載っていた。おや、以前は4位か5位くらいじゃなかったか?


 どうやらここ最近の人気作品ということらしい。


 以前読んだ分も含めて、もう一度目を通してみる。連載方式になっていて、一話の文量は少ないが既に40話以上も書かれているので、全てに目を通すのにはそれなりに時間がかかる。


 ほぅ、総文字数では10万字を越えているのか。ほぼ文庫本一冊というところだな。しかし相変わらず会話文が中心で、地の文というのが少ない。描写も読者に想像させるという点では、あまりしすぎるのも良くないが、肝心なところが欠けていたりして、もう少ししっかり書いた方がいいのではないか……。


 3話くらいまではそんな分析をしながら読んでいたが、その後は夢中になってしまって、気がついたらすっかり夕方になっていた。ご飯も食べるのを忘れて夢中になって本を読んだのは、いつぶりだろうか?


 私は余計な雑念を捨てて、素直に考えてみる。そして結論を出す。


 直した方がいい箇所はある。完璧だとは言えない。しかし、これは実に面白い!




「娘の事情 11」


 他人の評価など一切気にしない。というのは、私の性格上難しいと思う。気にしない素振りは見せるが、本当は凄く気になる質なのだ。


 そうなると、やはり忌憚のない意見を言ってくれる人に見てもらうしかない。友達……は、どうだろう。親友と呼べる友達もいるが、それでもやはり恥ずかしい。


 万が一、私が小説を書いていることが学校にバレてしまったら、と思うと、友達に相談する選択肢はなくなった。となれば……家族か。


 一番有力なのは、腐っても元編集者のお父さん。お父さんなら、きっとその経験を活かして、私にアドバイスをすることくらい簡単だろう。でも、お父さんは基本的に私に甘い。


 「やりたいことがある」と言って弓道部を辞める時だって、全然止めたりはしなかったし、普段からも私に対してアレコレ言うことはほとんどないのだ。年頃の娘としては、それはありがたいことだけれど、今回の話となると別だ。


 次に有力なのがお母さん。最近ヨメカケ読んでいるって言ってたし、もしかしたら意外と読む力は付いてきているのかもしれないしね。でも、お母さんも原則私に甘いんだよなぁ……。


 消去法になっちゃうけど、最後はお兄ちゃん。ラノベを読んでることからも、歳もそんなに離れていないことからも、案外良いかもしれない。ただ、ちょっとシャクなだけ。お兄ちゃん結構、理屈っぽいからなぁ。でも、考えれば考えるほど、お兄ちゃんが適任なような気がしてきた。


 そう言えば、さっきからお兄ちゃんの部屋が騒がしい。どうやらお母さんもいるらしく「違う、それはクリックだって」とか「ダメだって、キーボードは両手で打たないと」とか言ってる。


 パソコンの練習かな? お母さんも最近チャレンジングだからな。もしかしたら、ヨメカケの次はパソコンの勉強にはまっているのかもね。


 とりあえず、お母さんがいなくなったら、お兄ちゃんに聞いてみよう。私はテキストデータをまとめてスマホに入れておく。お兄ちゃんがヨメカケを知っているのは明らかだけど、どこまで活用しているのかは分からない。

 

 でも、まさか私の作品を読んだりはしてないだろうし、客観的に見てもらえるはずだ。




「母の事情 11」


 啓太にパソコンを教えてもらったんだけど、なにこれ? 結構難しい。義弘さんも啓太も雫もパソコンを上手に使っているから、私にも簡単にできると思っていたけど、啓太ったらいきなり専門用語ばかり言うから混乱しちゃった。


 でもまぁ、なんとなくは分かってきた……気がするの。要はパソコンの上級者になりたいわけじゃないわけだから、ただ文章をパソコンで打てばいいだけだからね。


 私はダイニングにパソコンを持ち込むと、ちょっとずつでも文字を打っていったのよ。チラシを横に置いて、一文字ずつ人差し指で。啓太の教えてくれた「」っていうのは、まだ私には無理ね。


 いいじゃない。一文字ずつ丁寧に打っていくことで、心がこもる文章にもなるかもしれないし。とは言え、これは結構大変な作業だわ。チラシ一枚分を打つだけでも2時間くらいかかっちゃった。


 ちょっと疲れたので、お茶を入れてひとやすみ。そしたら、二階の方から啓太と雫が何か話している声が聞こえてきたのよ。どうやら喧嘩ってわけじゃないみたいだけど、雫があんなに大きな声を出すのって珍しいわね。


 何かあったのかしら?

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