第9話 家族の事情9


「息子の事情 9」


 今日はバイトも休みなので、朝から小説の続きをガンガン書いていくぜ!

 そう決意しながらキーボードを叩いていると、突然母さんが「啓太、ちょっと見て!」と部屋に入ってきた。もー! ノックくらいしてくれよ!


 母さんは、例のチラシを手に持っていた。そのチラシを目の前に掲げ「じゃーん、お母さん、小説書いたの」とコロコロと笑う。


 マジかよ。何かの間違いだと思ってたのに。


「ねぇ、読んでみて! 客観的に読んでみて!」


 そう言って、チラシを俺に押し付けてくる。俺はドキマギしながらも、それを受け取って目を通してみる。


 話の内容は……何と言うか、幸せな4人家族が、ドンドン幸せになっていくという物語だった。山もなければ谷もない。ただ、日常がそこには書かれている。


 正直言って、面白くはない。


 面白くはないが、俺は読む手が止まらなかった。読めば読むほど、なんだか心が暖かくなるというか、幸せな気分になってきた。一体なんだこれは。


 目の前に立っている母さんを見ると、目をキラキラさせながら「どう? どう?」と訊いてきた。俺は素直に「面白いんじゃないかな」と言った。母さんは「でしょ〜」と喜んでいた。


 母さんが部屋を出ていった後、俺は自分の小説を見て驚いた。俺の小説は、ネットで見た小説の盛り上げ方のテクニックとか、キャラクターの立て方とか、そういう工夫はしているつもりだけど、その中に「俺」はいなかった。


 俺がどんな話が好きで、キャラクターにはどうなって欲しくて、どんな結末で、どんなことを伝えたいのか……。


 母さんの小説には、母さんが伝えたいことが溢れていたんだ。俺の小説はテクニックばかりで、それが一切ない。そう言えばぴょこたん先生の小説も「どんな苦境に立たされても、諦めずに頑張って努力すれば、きっと道は開ける」というのがストーリーになってたな。


 俺はこの作品で一体、何を伝えたかったんだろう。



「父の事情 9」


 とりあえずコンテストには応募しておいた。これでコンテスト参加者一覧というところに、私の小説が載ることになるらしい。


 苦節1年。ようやく私の力作が、日の目を見るわけである。


 さぁ、読者諸君よ、とくと驚くが良い!


 と、言いたいところだが、今はちょっと戸惑っている。昨日「異世界なんとか」というジャンルの小説に目を通してみた。そこには今まで私が目にしたこともないようなモノが掲載されていた。


 敢えてモノと言おう。あれは小説などではない。少なくとも私の知っている小説ではない。時間を掛けてかなりのモノに目を通してみたが、どれもこれも「小説の作法というのを知らないのか!」と叫びたくなるようなものばかりだ。


 1話、2話見た辺りでもう十分だと思ってしまう。上位にランキングされている作品はそこそこ面白かったが、それでも文章が会話ばかりで、心情や情景などの描写がまるで足りていない。


 文学と言うのは、人の内面をえぐるようなものだ。そこを書ききれず、やれスライムがどうとか、スキルがどうとか、そんなことばかり書いていてどうするんだ、と思った。


 しかしPVを見て、私は愕然とした。少なくても私の10倍、ランキングに載るものは100倍、ランキングのトップに君臨するものは1000倍ものPVがある。


 私のこの1年……いや、約40年の編集人生は一体何だったのか?




「娘の事情 9」


 お風呂からあがって、パソコンでヨメカケをチェックしてみると、私の小説が初めて週間ランキングのトップになっていた! もの凄く嬉しかった。


 月間ランキングやもちろん累計ランキングでは、まだまだだけど、それでも今週は私の作品が一番読まれ、一番評価されたんだ!


 やったーやったーとノートパソコンを掲げて、しばらく踊っていたけど、ふと違う感情に襲われた。


 怖い。


 もちろん小説を書く目的は、書籍化のためだ。そのためには人気作品にならなくちゃいけない。そのために部活も辞めて頑張ってきたんだ。そして、今その成果が、一時的にとは言え出た……のに。


 なんで、こんなに怖いんだろう。


 ベッドの上で毛布にくるまって小さくなって考えてた。なんで、なんで、なんで、なんで? しばらく考えていると、やっと分かってきた。そうか、期待に応えられるのかが怖いんだ。


 応援してくれる人は「もっと話が面白くなる」と期待している。作者である私はその期待に応えないといけない。実力に裏打ちされた自信があるのなら、そんなことも考えなくてもすむのかもしれない。


 でも、私は2ヶ月前に小説を書こうと決意して、1ヶ月前にやっと投稿し始めたばかりなのだ。はっきり言って、そんな自信なんかあるわけないじゃない。もし、こんな状況で胸を張れるのならば、それは実力じゃなくって、ただの自信過剰だ。


 作っていたプロットをもう一度見直してみる。今までは自信満々だったのに、今はなんだか面白く感じられない。これでいいのだろうかと思ってしまう。大丈夫、まだ投稿のストックはある。今日は早く寝て、明日考え直してみよう。




「母の事情 9」


 啓太に小説を読んでもらったの。誰かに見てもらうのって、もちろん初めてだから、とてもドキドキしたのよ。


 啓太ったら「面白い」って言ってた。思わず「でしょ」って応えちゃったけど、啓太優しい子だからね。もしかしたら気を使わせてしまったのかも。


 もっと厳しい目でキャッカンテキに見てもらわないとダメね。雫にも見せようと思ったけど、あの子も優しい子だからな。義弘さんはもっとダメ。あの人はとても強がりばかり言うけれど、本当に心が優しいの。


 うーん、でもそれじゃ誰もいないじゃない。あ、でも、ちょっと待って。よく考えてみたら、さっさとヨメカケに投稿しちゃえばいいんじゃない。ヨメカケで読んでもらえる人は、私の知らない人ばかりなんだから、当然キャッカンテキに見てくれるはずだわ。


 ダイニングのテーブルにチラシを広げて私はそう思った。でも、投稿するには誰かにパソコンで入力してもらわないといけないのよね。私パソコン使えないから。


 そうだ啓太に教えてもらおう、と思って辺りを見回したら、もうみんな各々部屋に戻っちゃったみたい。そう言えば、最近みんなご飯食べたら、さっさと自分の部屋に行っちゃうのよ。


 前はみんなでテレビを見たり、ダラダラ過ごして「雫、お風呂入っちゃいなさい」とか「啓太、明日お弁当いるの?」とか、結構賑やかだったんだけどな……。


 みんな色々事情があって、忙しいんだろうけど、なんか寂しいな。

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