第6話 家族の事情6


「息子の事情 6」


 母さんが夕食の席で突然「ヨメカケ」の話を持ち出した。


 俺は思わず飲んでいた味噌汁を吹き出しそうになった。親父は茶碗を持ったまま止まっていた。きっと何の話か分からないのだろう。妹の雫は、ちょっと考え込んだ後「うーん、知らないなぁ」と言っていた。


 ヨメカケは登録者数も多いし、確かに知っている人も多い。ただそれは、小説を書く人の中での話だ。コンビニのバイト達の中でも知っている人は、多少はいるかもしれない。でも、実際に投稿したり、読んだりしている人はいないはずだ。


 だから父さんや雫が知らないのも無理はない。でもまさか母さんが知っていて、しかも読んでいるとは知らなかった。家族の中では一番ヨメカケから遠い存在だと思っていたのに。


 俺は冷や汗をかきながら「いやぁ、俺も知らない」と答えておいた。これでも演技力には多少自信があるんだ。上手く誤魔化せたと思う。いっそ「俺、投稿してるんだ」と言ってもよかったのだが、よくよく考えると止めててよかった。


 大勢の人に読まれている作品があれば、胸を張ってそう言えるけど、今の状態ではちょっと恥ずかしい。それに俺の投稿している作品は、何と言うか……少し家族には理解してもらえないと思うんだ。


 食事後、部屋に戻ってPCに向かって小説の続きを書こうとしたが、なんだか続きが思いつかない。今まで、身近な人が誰も見ていない、あくまでもネットの繋がりだと思っていたのが、思わぬところでリアルと繋がってしまい、混乱しているのかもしれない。


 数行ほど駄文を打ち込んだが、はぁっとため息を付いて、全部消した。やっぱり、明日から頑張ろう。




「父の事情 6」


 ちょっとホッとしたような、それ以上にドキッとしたような。


 そんな変な気持ちを、この歳になって初めて味わうとは思わなかった。お母さんが、夕食時に「ヨメカケ」の話を切り出した時は、本当に心臓が止まるかと思ったものだ。


 しかし、それによってお母さんがスマホに夢中になっていたのは、浮気とかそういう不純なものではなく、単純に「小説を読んでいた」ということだったことが分かったわけだ。


 冷静に考えると、そんなわけがないことくらい、明白なのだ。私としたことが、少々冷静さに欠けていたようだ。ここは素直に反省しなくてはなるまい。


 それにしても、あのお母さんが小説を読むとは知らなかった。ましてや、時代の最先端を行く小説投稿サイト「ヨメカケ」を愛用しているとは。思わず「私の作品も読んでみろ!」と言いたくなったが、そこは止めておいて正解だったかもしれない。


 私の作品が広く知られて、大きな反響を生む。社会現象……まではいかないかもしれないが、書籍化されて町の本屋に平積みされる。上手く行けば映画化だって夢じゃないかもしれない。


 その時、私はこう告げるのだ。


「雅世、これは私が書いたものなんだ」


 ……まずはその前に、このPVをなんとかしないといけない。


 やっぱり「へっぽこ侍」というペンネームがいけなかったのか? そうだ、きっとそうに違いない。一体なんでこんなネーミングにしてしまったのか……。





「娘の事情 6」


 まさかお母さんが「ヨメカケ」の話を持ち出してくるとは思わなかった。一瞬、目の前が真っ暗になりそうになったけど、お兄ちゃんがお味噌汁でむせていたので、そちらに目が行ってよかった。


 とりあえず「知らない」と誤魔化しておいた。別に言っても良かったんだけど、なんかちょっと恥ずかしいしね。


 それにしても、ポカンとしていたお父さんはともかく、お兄ちゃんは怪しい。リアクションが分かりやすいし、慌てて「うーん、俺も知らないなぁ〜」とか言っていたけど、あれは嘘だ。大体、お兄ちゃん昔から演技下手くそだし。


 まぁ、良く言えば隠し事ができないってことになるんだろうけど。


 お兄ちゃんはラノベも読んでるみたいだし、ヨメカケだって知っている可能性は高い。まさか投稿しているということはないだろうけど、きっと読むくらいはやっているはずだ。読み専ってやつだね。


 でも、変に追求して、私に火の粉が掛かるのは困るので、とりあえずは置いておこう。まさか私の作品を目にしたことがあるとは思えないけど、変なところでバレてしまうことだってあるし。


 いつかは家族にキチンと話さなきゃいけないけど、それはもうちょっと形になってからでも遅くはないからね。


 夕食後、自分の部屋に戻ってパソコンを開いてヨメカケを見てみた。驚くことに、ハートマークがもの凄く増えていた! 初めて付けてくれた「引き篭もり黒魔道士」さんに加えて「まーちゃん」という人がハートマークを付けてくれていた。


 それ以外にも付けてくれている人もたくさんいて、中にはブックマークまでしてくれている人や、レビューを書いてくれた人まで!


 最近ちょっと悩んでいたけど、このまま頑張ればいいんだ。少し元気が出てきた気がする。


 よし、続きを書いていこう。





「母の事情 6」


 おかしいなぁ? みんなヨメカケを気に入ってくれると思っていたのに。義弘さんなんて「なんじゃ、そりゃ?」って顔だったし。ヨメカケのホームページには「祝! 1周年」って書いてあったわよ。


 義弘さんが出版社を辞めたのって、ちょうどその頃じゃなかったかしら? 知らないはずはないんだけど……あっ! もしかして、気に障ったのかもしれないわ。自分で辞めたとは言っても、昔の職場に関係ある話を持ち出すのは良くなかったのかな?


 これからは義弘さんの前で、ヨメカケの話は控えなきゃ。


 そうそう、ちょっと聞いて欲しいことがあるの。私、ヨメカケをいっぱい読んだじゃない? で、楽しい話に囲まれて、とっても幸せなんだけど、最近なんだか「私もお話を作りたい!」って思うようになってきちゃったの。


 今まで「小説を書く」なんてこと考えたこともなかったのに、不思議よね。「色々な話を読みたい」と言うのと「私の話を読んで欲しい」というのは、別のことだと思ってたのだけど、もしかしたら案外似たようなことなのかもね。


 ほら、お友達とお話している時だって、面白いお話を聞くだけじゃなくって「私の話も聞いて聞いて」みたいなことあるじゃない? きっとそんな感じなのよ。


 そんなことを考えてると、もう居ても立ってもいられなくなっちゃった。


 特売スーパーのチラシの裏に、ちょっと書いてみたんだけど、これなかなか難しいわよねぇ。でも、とても面白そうだから、もうちょっと頑張って書いてみるわ。


 チラシはたくさんあるのよね。

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