第5話 家族の事情5


「息子の事情 5」


 考えてみれば、プロの小説家の先生だって、年に良くて数冊、少ない人だと何年に1冊しか書けない人だっているんだぜ。俺みたいなのが、毎日毎日小説を書けないとしても、それはしょうがないことじゃないかな?


 なんてことを、バイトが終わって部屋でぐったりしていると、ふと思ってしまう。


 いや、全然しょうがなくない。特に俺の場合は、バイト以外にはすることのない身なのだ。小説を書く時間がない、などという言い訳ができるわけがない。


 しかし頭で分かっていても、それが行動に繋がるとは限らない。投稿し始めた時は「俺の小説で驚きやがれ!」って感じだったけど、あまりにも読まれなさすぎ、評価されなさすぎで、流石に心が折れてきた。


 そんな時、救ってくれた人が二人いる。一人目は「ぴょこたん」先生だ。「ぴょこたん」先生の小説を読んで「よっしゃ、俺も負けねーぞ」って気分になった。だが、これは長くは続かなかった。


 あまりにも「ぴょこたん」先生の小説が面白過ぎたせいだ。もやは「仲間と書いてライバルと読む」という関係だというのも、おこがましい。と言うか恥ずかしい。


 もう一人が「まーちゃん」さんだ。先日付けてくれた応援の「ハートマーク」に加えて、昨日はなんとレビューまで書いてくれていた。おおー! マジかよ!!


「黒ちゃんの小説は面白いと思います。もっと読まれてもいいのにな。いっぱい読むから、がんばって書いてね」


 うーん? 「まーちゃん」さん、もしかして、小学生くらいなのかな? 黒ちゃんって、俺のことだよな……。まぁ多少たどたどしいレビューだけど、それでも嬉しいものは嬉しいのだ。よし、待ってて「まーちゃん」さん。例え君しか読んでくれなくても、俺は頑張るから。




「父の事情 5」


 私はパソコンの前で腕組みをしていた。小説投稿サイト「ヨメカケ」に、自作小説「真夏の残照」をアップロードしたのだ。投稿後、すぐに反響があるかもしれないと思って、パソコンの前で何度も何度も新着一覧を見ていたが、驚くべきスピートで我が傑作小説は、新着リストの下へ下へと追いやられていく。


 ええい! なんだって、こんなにたくさんの小説がアップロードされるのだ! 私の「真夏の残照」が読めなくなってしまうではないか!!


 イライラした気分でパソコンの画面を見ていたが、やがてお母さんの「義弘さーん、ご飯ですよー」と呼ぶ声がした。うむ、まぁとりあえず、続きは後にしておこう。


 そう言えばお母さんは最近、私の前でスマホを触らなくなった。浮気だなんだと心配してしまったが、ただの取り越し苦労だったのか?


 今日のお味噌汁は、味はまともだったが、何と言うか具が一切入ってない。やっぱり、まだおかしい気がする。食後に私は「それじゃ、部屋に行くから」と言って自分の部屋に帰るフリをした。階段を登って、そぉっと降りてくる。


 リビングを見ると、さっきまでテレビを見ていたお母さんが、スマホを手に持ち真剣な面持ちで、何か文字を入力しているようだった。


 なんだこれは!? 本当に浮気しているのか……雅世……。


 いたたまれない気持ちになって、自分の部屋に戻ってみる。既に新着一覧の中に私の小説はなくなっていた。そこは諦め「PV」という読まれた回数を表示するページを開こうとするが、手が震えて上手くクリックできない。


 やっとの思いで、なんとかリンクをクリックして、PVページを開くことができた。そこに表示された数字は「0」。何かの間違いじゃないかと思って、何度か開き直してみたが、数字は変わらない。


 頭の中が真っ白になった。




「娘の事情 5」


 世の中、頑張ったからって必ず成果が出るってわけじゃないのは分かってる。それでも家族を救う手立てはこれしかない、と決めていた私にとって、部活を辞めてまで力を注いだ小説が、たったの5PVっていうのは流石にショックだった。


 もちろん「ハートマーク」の評価もないし「お気に入り」の件数だって0だ。「異世界ものは読まれやすい」って解説サイトにかいてあったから、それっぽいタイトル「ニートの俺が異世界に転生したら、速攻で返品された件」というタイトルにしたのに……。


 それでもめげずに、ストックしていた小説を毎日投稿し続けた。4話を投稿する時には既に「もう、諦めようかな……」と思うようにまでなっていた。乙女の心は傷つきやすいものなのだ。


 翌日、投稿前にいつものように自分の作品をチェックしたら、4話全てに「ハートマーク」が付いていた。しかも作品レビューまで書かれている。


「この作品は本当に凄い! 今のところあんまり読まれていないようだけど、隠れた名作ってあるんだなってことがよく分かる一作だ。もしまだ読んでない人がいたら、絶対読むべき。そこいらの市販されているラノベよりも、よっぽど面白いぜ!」


 なんて熱く書いてくれている。嬉しくって、何度も何度もレビューを読み返して、危うく学校に遅刻しそうになった。休憩時間にスマホから、もう一度レビューを見直して、一人で小さなガッツポーズをしたりしてた。


 レビューをくれた人の作品も見てみた。ちょっと申し訳ないけど、あんまり面白くはなかったな。でも、こんなレビューを書いてくれた人だ。私にとっては、恩人には違いない。いつかちゃんとお返ししなくてはと思った。


「ありがとう。『引き篭もり黒魔道士』さん……」




「母の事情 5」


 一生懸命レビューっていうのを書いて、応援した甲斐があってか、最近「引き篭もり黒魔道士」さんの小説が面白くなってきた……というか、ようやく意味が分かりだした気がするのよね。


 相変わらず「邪眼」が何かは分からないけど、雰囲気だけでもいいの。ちゃんと伝わっているから。他にも面白い作品がないかなーと思って、色々なページを見ていたら「引き篭もり黒魔道士」さんがレビューしている作品があったのね。


「ニートの俺が異世界に転生したら、速攻で返品された件」って、変わった名前の小説。なんだかタイトルだけで、中身が想像できそうだわ。ニートって、なんだっけ? 啓太みたいなものだっけ? あ、啓太はフリーターだったわ。


 あぁ、もう。最近カタカナ用語が多すぎて困っちゃうわね。もう少し分かりやすく言えばいいのにね。その点「引き篭もり黒魔道士」さんなんて、全部日本語だから、とっても親近感が持てるのよ。


 みんなも、もうちょっと見習った方が良いと思うよ?


 それはそうと、そのニートがなんとかっていう小説なんだけど、これは名前は分かりにくいけど、中身は凄く面白かった! 「引き篭もり」さんには悪いけど、こっちの方が断然面白いわ。まだ4話までしかなかったけど、夢中になって読んで、あっという間に終わっちゃった。


 一応全部ハートマークは付けておいたわよ。レビューは「引き篭もり」さんが書いてくれてるから、とりあえずいいよね。もうちょっと文字を早く書けるようになったら、ちゃんと書くからね。


 やっぱり小説って素晴らしいものだわ。


 そうだわ、義弘さんや啓太、雫にも教えてあげよう。義弘さんは元編集部員だし、啓太も部屋の本棚にたくさん小説が並んであるの見たことあるし、雫は昔っから読書家さんだしね。きっとみんな気にいるはずよね。


「ねぇねぇ、みんな『ヨメカケ』って知ってる? 全国のみんなが投稿してくれた小説が、いーっぱいあるのよ」


 夕食の席でみんなにそう言ってみたの。大喜びするかと思ったんだけど、なんだかシーンとなっちゃった。


 どうして?

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