第2話 家族の事情2
「息子の事情 2」
前回「ただのフリーターじゃない」と、カッコイイことを言ってしまったが、ごめん、アレは言い過ぎだった。正確には「ただのフリーターじゃなくなりたい」だった。
俺には夢がある。自分で言ってて恥ずかしくなるけど、あるんだからしょうがないだろ? 俺は小説家になりたいんだ。
今はネットで展開している、小説投稿サイト「ヨメカケ」に「引き篭もり黒魔道士」のペンネームで投稿している。「ヨメカケ」はひとつの話をドカッと投稿するだけじゃなくって、一話一話を毎日連載することだってできるんだ。
俺は半年ほど前から、ほぼ毎日欠かさずに投稿をしている。そのお陰で、既に小説を2本ほど完結させたし、今は3本目の小説を連載中だ。なんか、連載中っていうとプロっぽく聞こえるから不思議だな。
とは言え、投稿だけしていれば、小説家になれるわけじゃない。当然だ。小説だけで食べて行けるほどになるのは、多分本当に難しい。一生安泰っていう人なんて、ほんの一握りなんだろう。でも、そんな心配をする前に、まずは一本くらいは、凄い作品を作りたい。
正直に言うと、俺は「底辺作家」と言われる一角に居座っている。全然読まれないというわけじゃないけれど、大ヒットというわけでもない。サイトに投稿したら、いつもの何人かが見てくれたり、また新しく見てくれる人も何人かいるくらい。はっきり言って大した事ない。
そんな俺の前に凄い人が現れたんだ。1ヶ月ほど前、たまたま「新着一覧」で見つけて、何の気なしに読んでみたらもの凄く面白くて、思わず何度も何度も読み返してしまった小説があった。作者の「ぴょこたん」は、毎日健気に小説の続きを投稿していたけど、4話くらいまで全然アクセスもないようで、俺は「なんで、こんなに面白いのに?」と不思議に思った。
なんとなく「この面白さを伝えないと!」という使命感が湧いてきて、4話を読み終えた後、速攻でレビューを書いた。どうやら俺のレビューが初めてだったらしく、ちょっと気恥ずかしかったが、そんなことはどうでもいい。とにかく面白んだから。
そのレビュー記事が良かったのかどうかは分からないけど、その後「ぴょこたん」先生の作品「ニートの俺が異世界に転生したら、速攻で返品された件」は、すごい勢いでPVを増やしていった。
「ぴょこたん先生を育てのはワシ」と言いたくなる気分でもあるけど、そんなことを言っている場合じゃない。俺たちは「仲間」と書いて「ライバル」と読む関係なのだ。今回は負けを認めるしかないが、次の作品では俺のほうが上に行ってみせる!
とりあえずは、そろそろバイトに行く時間だ。
「父の事情 2」
愛しの妻、雅世は相変わらず、私のことを「義弘さん」と言う。まぁ、別に嫌なわけじゃないんだが、なんだか恥ずかしいじゃないか。いっそ、私も「雅世」と呼ぼうかと思ったが、やっぱり恥ずかし過ぎて「ま、まさっ……お母さん、お茶」と言ってしまった。無理なものは無理なのだ。
おっと、そんなのろけ話をしている場合ではない。前回言った「これをやらずに死ねるか」という話しの続きをしよう。大手の出版社を自分で辞めたと言っても、やはりそれはそれで悔しい思いはあるものだ。
私の場合は、この仕事しか知らない。趣味らしい趣味もないし、特技らしい特技もない。仕事が私の全てだったのだ。だから、会社に恨みはないが、それでも仕事自体をすっかり捨ててしまえるわけがない。
会社を去ってから、私はしばらく考えた。これから何をすべきかを。そして退社後1ヶ月ほど考え込んで、やっと結論が出た。道が開けたのだ。
私は「作家」になる! いや、某海賊漫画のノリじゃない。そういうんじゃないんだ、本当に。
話を戻すが、どうやったら出版という業界と繋がっていられるのかを考えた。もう少し小さな出版社に再就職することも、当然考えた。しかし、59歳という年齢を考えると、それは現実的ではないだろう。どこもかしこも、出版不況真っ只中なのだ。
退職金もしっかり出たのだし、しばらくお金の心配は必要ないだろう。当面は、小説を書くことに没頭するのだ。
しかし、このことは家族には内緒だ。理由はやっぱり恥ずかしいから。いい年して何やってんだ、って言われるのがオチだろう。キチンと成果が出て、それなりのものになってから言おうと思う。
それにしても先日、息子の啓太がパソコン画面を覗いていたことに気がついた時は流石に焦った。暖房の効かせすぎで、ちょっとだけとドアを開けっ放しにしていたのを忘れていたのだ。パソコンの画面には書きかけの小説が表示されていた。
素早く用意していた計算表ソフトに切り替え、難を逃れたが、念には念を入れておくことにした。その後、わざとトイレに行くように見せかけて、息子が部屋を覗きやすいようにドアも開けっ放しにしておいた。もちろん、パソコンの画面には「エロ」で検索したエロサイトを適当に表示させておいた。
案の定、息子は足音を忍ばせながら、私の部屋をチェックしていた。私のことをエロオヤジだと思っているに違いない。甘いな、息子よ。これが年季の違いというものだ。
ん? でも、エロオヤジはいいのか?
「娘の事情 2」
今から2ヶ月前のその日、私は数学の問題でちょっと分からない箇所があったので、お兄ちゃんに参考書を借りようと部屋に行った。なんか、あんまり勉強してなかったのに、参考書だけはたくさん持っているんだよね。
部屋のドアを開けると、お兄ちゃんはいなかった。またコンビニにバイトに行っているのだろう。「お邪魔しま〜す」と一応断ってから部屋に入る。家族とは言え、人の部屋に勝手に入るのはどうかという人もいるが、うちの家族はその辺は実にアバウトだ。
部屋に入り、本棚でお目当ての参考書を探していると、ふと机の上に一冊の本が置いてあるのに気がついた。表紙が下に置かれていたので、何の本なのかなと思って、何の気なしに手にとってみた。
それが「ラノベ」との出会い。表紙にアニメっぽい絵が描いてあって、一瞬「なんだこれ?」と思ったけど、数ページ捲った所で、私は完全にラノベの虜となった。
立ったまま夢中でページを捲ってた。でもお兄ちゃんが玄関で「ただいまー」という声が聞こえてきて、ハッと我に返って慌てて自分の部屋へと戻った。部屋に戻ってベッドに腰掛ける。まだ胸がドキドキしている。
続きが気になってしょうがない! フィーネちゃんと結衣ちゃん、これからどうなっちゃうのよ!? 早くお兄ちゃん、どこか行って! むしろ今すぐ消えて!! と思わず不謹慎なことも考えてしまう。
とりあえず、息を整えて机の上にあったノートパソコンを起動させる。検索サイトで、さっき見たラノベのタイトルを検索すると、どうやら最近出たばかりのもののようで、公式サイトに混じって「感想文」とか「レビュー」とかのサイトもある。
そのうち一個をクリックしてしまい、うっかりネタバレを見てしまった。思わぬ不覚。自分のバカ。まぁでも、その続きは思ってたほど面白くなさそうだったし、なんとなくモヤモヤしたのが消えたので、気持ちを入れ替えて、ぼんやりと検索サイトを眺めていた。
その時目についたのが「ヨメカケ」というウェブサイト。
『誰でも投稿できる。みんなの作品を読んでもらえる。君も作家デビューだ』
なんてことが書いてあった。始めは「へぇ」っていう程度で見ていたんだけど、ふと「書籍化」という言葉が、私の目に飛び込んできた。そこから夢中で調べてみたら、ヨメカケに投稿するだけではお金にはならないらしい。
でも、ヨメカケは出版社……あれ? これ、お父さんの会社じゃなかったっけ? 「元」だけど。ま、いっか。とにかく出版社が運営しているらしくって、コンテストで賞を取ったり、うまく編集部の目に止まれば、書籍化もされたりするらしい……。
私は思わず「これだっ!」と思った。普通の女の子が成り上がって行くには、これしかない。家族を救うには、この道しかないんだってね。
「母の事情 2」
前回は義弘さんの話ばかりだったわね。愛する夫のこととは言え、ちょっとしゃべりすぎちゃったかも。そうそう、我が家には、他にも愛する人はいるのよ。それが息子の啓太、と娘の雫。
啓太は一昨年に高校を卒業してから、フリーターっていうのをやってるの。雫なんかは「ちゃんと定職に就かないと」と言っているみたいだけれど、まぁ啓太には啓太なりの考えがきっとあるんだろうし、別に家に引き篭もっているわけじゃないから、その内やりたいことも見つかるはずよ。
雫はほんとうにしっかりした子。部活も頑張っているし、勉強だって手を抜かないで頑張ってるのよ。この間なんて、学年で5位だったんだって! 本当に凄いよね、って褒めてあげたんだけど、本人はちょっと悔しそうだったな。負けず嫌いなんだね、きっと。
そうそう、この前の話の続きよね。お友達に教えてもらって、ハマっちゃったこと。それはね、小説を読むことなの。知ってる? 携帯……今はスマホって言うのかな? それで小説が読めるのよ。
えぇっと、何て言うのだったっけ……あ、そうそう「ヨメカケ」。誰でも投稿できて、誰でも読めるんだって。お友達にアプリをスマホに入れてもらってからは、もう夢中になって読んでいるわ。
まず無料っていうのが良いよね。それにもの凄い数の小説が投稿されているのよ。家事の間にちょくちょく読んでいるんだけど、とても読み切れないのよね。
中には連載っていうのをやっている人もいて、続きが気になって、お料理している間もぼーっとしてしまうこともあるくらい。ついこの前も、うっかり調味料の分量を間違えちゃったみたいで、お味噌汁がちょっとだけ辛くなっちゃった……。
主婦失格よね、とちょっとがっくりしたけど、でもヨメカケは面白いから、そんなことくらいじゃ止められないの。これからは、少し分をわきまえて、楽しむことにします。
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