家族編集部
しろもじ
第1話 家族の事情
「息子の事情 1」
うちの親父は去年リストラされて以来、ずっと家に引き篭もりっきりだ。まぁもう58歳……59歳だったっけな。どっちにしても定年間際だったから、リストラ自体はしょうがないだろう。退職金も、はっきりとは言わないけど、相当もらったみたいだし、今まで頑張った分ゆっくりするのも悪くない。
でも、一日中ほとんど家にいるのはどうなんだろう? もう少し外に出かけたらいいのにと思うが、たまに母さんに付き添って買い物に出かける以外は、ずっと自分の部屋に篭っている。
一体何をしているんだ? この前部屋のドアが開いていたので、チラッと見たら、パソコンを使っているようだった。俺に見られたのを感じたのか、一瞬でパッと表計算ソフトに切り替えて、必死で「うーむ」と唸っていたが、あれはフェイクだろう。
その後、トイレに行く音が聞こえたので、こっそり部屋に入って確かめてみたら、パソコンの画面にはエロ動画サイトがデデーンと表示されていた。おいおい、いい年して一体何やってんだよ、エロオヤジ。
かく言う俺も、親父をディスれない有様なのだ。俺は高校を卒業後、進学もせず、かと言って定職にも就かず、いわゆるフリーターをしている。コンビニで時給850円。大したお金にはならないが、実家暮らしなら、家に食費を入れてもそこそこ残る。まぁ、たまに友達とかに会う時に「フリーター」っていうのは、やっぱり言いにくいけど。
でもただのフリーターじゃ、ないんだぜ。
「父の事情 1」
私は36年間勤め上げた会社を、定年直前で退職した。「超」は付かないが、そこそこ大手の出版社で、そりゃもう忙しい毎日だった。取材に行ったり、原稿を取りに行ったり、印刷所に駆け込んだり、たまには自分で記事を書いたりもした。
身を粉にして働いたが、それでも世の中の流れは止められない。出版不況なんて言葉もあるが、まさにその通りで、会社は発行している雑誌や書籍を次々と縮小していき、遂に私の仕事もなくなってしまった。
息子の啓太は「親父はリストラされた」なんて、私の目の前でも気を使わない様子で言うが、本当のところは違うのだ。「早期退職者制度」というのが会社から通告されて、それに応じれば通常の退職金に上乗せされて、結構な額が支給されるというのだ。
ちょうど定年まで一年だった私が飛びついたのは無理もないこと。後日、一緒に辞めた同僚に「武田さん、リストラリストのトップバッターだったらしいですよ」と聞かされた時には、面白くない気分にもなったが、もらえるものはもらったのだし、まぁいいとしよう。
それにしても最近、家の中での風当たりが変わってきた気がする。誰も「仕事をしろ」とは言わないが「たまには外に出たら?」と、先日も啓太に言われた。心配してくれるのはありがたいが、私にはやることがあるのだ。
これをやらずに死ねるか、というやつが。
「娘の事情 1」
高校に入学してそろそろ1年が経つ。「歳を取ると、月日が早い」ってお母さんが言っていたけど、若くっても十分に早いよ、と私は思う。
部活の弓道部にも随分慣れてきて、最近では一緒に入った友達よりも、少しだけ上手くなっている気がしている。学校の勉強も怠りなしで、学年トップとまではいかないけれど、それなりの上位には入っているよ。私は自分で言うのも恥ずかしいけれど、結構頑張り屋さんなのだ。
それに引き換えウチの家族ときたら。お父さんは去年会社をリストラされて、毎日自分の部屋に引き篭ってゴロゴロの毎日。お兄ちゃんは、3年前に高校を卒業したものの、コンビニでアルバイトをしていて、一向に定職に就こうとしない。進学しないのなら、高校卒業後が一番就職に有利だって言うのに。
お母さんは、そんな二人に厳しく言う……わけもでなく、今日もニコニコしながら晩御飯の準備をしている。もうちょっとしっかりしてもらないと、このまま二人とも駄目になっちゃうよ?
そういうわけで、この家族には、まともな人間がいない。せめて私がしっかりして家族を支えないと、いつかこの一家は崩壊してしまうだろう。かと言って、女性進出が叫ばれているこの世の中でも、女が社会でやっていくのは、なかなか難しいらしい。ましてや一家を支えようとなると、これはもう無理な話だ。
何か手がないものかと考えていた。それを思いついたのが2ヶ月前のことだった。
「母の事情 1」
武田家の母親としての、唯一の願いは「家族がみんな幸せでいること」。私はみんなに多くは望まない。ただ、毎日幸せで楽しく暮らせていければ、それでいいのよ。
義弘さん……と呼ぶのは二人の時だけにしろ、と言われているけど「お父さん」って呼び方は、あまり好きじゃないの。だって、義弘さんは、私のお父さんじゃないのだから。だから、どんなに言われても、私は「お父さん」とか「パパ」とかじゃなくって、ちゃんと義弘さんと呼んでいるのよね。
義弘さんは、去年会社を早期退職……制度っていうのかしら? とにかくそういうのを活用して、定年を1年早くしたの。退職した時は、流石にちょっと寂しそうな顔をしていたけれど、それでも後で銀行に振り込まれていた退職金を見た時は、二人でとっても驚いたし、なんだか少し元気も出てきたみたい。
義弘さんは、今まで一生懸命働いて、それはもう朝から晩まで働いてきたのだから、これからは少しくらいゆっくりしてもいいんじゃないかな? 啓太や雫は「ちょっとは外に出たら?」と晩御飯の時なんかに、言ったりしてて、確かに私もそう思うけど、もしかしたら、少しでも私と一緒にいたいのかも……なんて、キャー何言わせるのよ。恥ずかしいじゃない!
ま、実際にはそんなことじゃなくって、ほとんどの時間を自分の部屋で過ごしているから、何かしたいことがあるんじゃないかな? さっきも言ったけど、少しはゆっくりしてても良いと思います。
そうそう、義弘さんの話ばかりじゃなくて、私の話も少しだけ。私はあんまり趣味とかなかったんだけど、最近お友達に教えてもらったことがあって、すっかりそれにハマっちゃっているのよ。
本当に面白いんだから!
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