第9話 泉

 ごぼり、と隙を突いてはティーナを溺れさせようとする水面に抗いながら、必死にルークの呪いを解く方法を探す。見なければいけないのは、遙か昔の光景。魔術師達が呪いを封じる前の、悲劇が起きた時代。

 ………泣き叫ぶ、子供の声が聞こえる。

 ………父母の引きつった悲鳴が聞こえる。

 じいっと目を懲らしてみれば、ルークと同じように身体のあちらこちらが岩のようになっている子供達がボロボロと大粒の涙を流していた。大人達は、焦り、惑う。町一番の医者に頼るも原因は分からないと首を振られる。為す術なく、恐ろしく変貌していく姿を嘆くことしか出来なかった。

 そこへ現れたのは魔術師達だった。手に背丈よりも高い杖を持っている。魔術師達は、呪いに掛かった子供達を集め森の中へ入る。険しい森の獣道は、子供達にとって決して楽なものではない。大の大人でさえ値を上げてしまうような厳しい道だ。しかし、子供達は笑い声すらあげながら進んでいく。もうすぐ自分たちは治るのだと、ニコニコと遠足にでも出掛けているかのように魔術師達の後をついて行った。

 目的地は、泉だった。この場所を果たして泉と呼ぶものだろうかと何人かの子供は首を傾げたが、大人がそう言うのであればそうなのだろうと納得した。魔術師達は、子供達に泉の中央の像に手を触れるように言った。泉の底には大きな岩が転がっており酷く浅かった為、背の低い子供達でも難なく中央まで行くことが出来た。

 子供達が、像に手を触れる。

 そして、みるみるうちに呪いは解かれ子供達は大はしゃぎで泉の中を駆け回った。

 ――――本当に良いのか、と問いかけられる男がいた。ああ、勿論。そう言って、男は泉の中心まで泳いでいった。魔術師は涙を流しながら杖を振った。泉の回りには、ゴーレムのような人間達がぐるりと泉を取り囲むように立っていた。魔術師が杖を振る度に、泉を取り囲む人間達は一人、また一人と本来の姿を取り戻していった。魔術師が杖を振る度に、泉の中央で男は膨れ上がる自分の肌に張り付いた岩を眺めていた。泉を取り囲んだ人間全てが、元に戻った時には泉は男から生み出された岩でいっぱいになっていた。泉を取り囲む人間達は、皆手を合わせて拝んだ。ありがとう、ごめんなさい、と繰り返し続けた。

 ごぼり、という音と共にまた苦しさが増した。このままでは、飲まれてしまうとティーナは慌てて大きく息を吸い込む。肺いっぱいに吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出しながら、徐々に瞼を持ち上げた。



「………見つけたわ」

 目を覚まし、そう言ったティーナの言葉にルークとスクリムジョーは身を乗り出した。一体どのような方法で呪いを解くことが出来るのかと期待に満ちた表情をティーナに向けた。

「石像のある泉が森の中にあるわ。この森を、北へずっと進んだ所。その石像が呪いを受け入れてくれれば、ルークの呪いは解ける」

 呪いを解く方法を見つけたというのに沈んだ表情のティーナにルークは問う。

「ティーナ、一体どうしたんだい?」

 戸惑いながらも、ティーナが此処まで落ち込むのにはそれ程の理由があるのだろうと、ルークは優しく問いかけた。ティーナは堪えきれずに涙を流す。その姿に、クロノスは呪いを解く方法について悟ったのか目を伏せティーナの言葉を待った。スクリムジョーは、石像のある泉に覚えがあったのか僅かに眉をしかめた。

「呪いはね、誰かに肩代わりして貰うことでしか貴方の身体から追い出すことは出来ないの。その泉の石像は、遠い昔に自らの身を犠牲にして国中の呪いを引き受けて眠った者のなれの果て。彼は、不死の呪いをその身に受けた。………その呪いが今も尚働いていたのなら、彼が………いたのなら、きっと貴方の呪いも受け入れてくれるはずよ」

 ルークは目を見開いた。

 ぎゅっと唇を噛み締める。

 そして、震える声で言った。

「………その泉の場所に、案内してくれるかい。ティーナ」

 ルークの笑った顔が、泣き顔に見えた。でも、それに気がつかない振りをしてティーナは首を縦に振る。

「ありがとう、ティーナ。それじゃあ、お願いするよ」



 森の中を歩く、歩く。ルークやスクリムジョーがすいすいと歩いて行くのは分かるが、意外にもクロノスも疲れた様子を見せずに道を進む。ティーナは、息も絶え絶えに男3人を先導していく。こんな場面で、自分の体力のなさを恨むとは。

 スクリムジョーからの提案で兵士達は家をそのまま警護していて貰うことになった。道、と呼ぶことさえはばかられる様な所を甲冑を身につけた兵士に歩かせるのはあまりに無謀というものだ。家の周りを取り囲み、万が一別の追っ手が来た時に少しでも足止めをしてくれればいい。

「ティーナ、大丈夫かい? なんなら、僕が君を抱き上げて行こうか」

 心配そうに顔を覗き込んでくるルークに、ティーナは微笑み返す。クロノスもスクリムジョーもいるというのにそんな恥ずかしいことを頼めるはずがなかった。大丈夫よ、と返すがルークは納得出来ないと言わんばかりにティーナをなんとか説得しようとする。

「ティーナ、そんな苦しそうな君を黙って見ていろなんて、残酷なことを言わないで。何も恥ずかしいことはない。苦しんでいる女性を助けることは、当然のことなのだから」

 ルークの言葉に、ティーナは前方を指差しながら答えた。

「ありがとう、ルーク。でもほら、もうすぐ着くわ」

 ざぁっと、一気に視界がひらけた。頭上を覆っていた木々が一切なくなり陽光が惜しげもなく降り注ぐ。その空間の中心に、その泉はあった。

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