第8話 猶予

「さて、それでは私も先ずは自己紹介をさせて頂きましょう。時空魔術の研究機関クロノスにて魔術師長を努めているアーノルド・クロノスと申します。非礼をお許し下さい、賢人よ。貴方が倒れられるまで、貴方の持ちうるものに気がつくことが出来ませんでした。………貴方が持ちうるのは間違いなく、叡知に他ならない。そんな貴方が、彼と一緒にいるのであれば何か理由が有るのではないか、と私は考えます。少なくとも、彼が悪魔に取って代わられている可能性は限りなく低くなると。故に、貴方が目覚めるまでは連行するのをやめた方が宜しいとスクリムジョー殿に申し上げました。裁判所の者達は良くも悪くも仕事が早い。手遅れになってしまった後では遅いですから」

 クロノスの言葉に、ティーナは頷く。先程得たのは間違いなく、彼らの戦いだった。彼が、悪魔などではないと証明できる過去。クロノスに促され、ティーナは話し始めた。ゆっくりと、決して間違わないように。

「彼は、此処にいるのは間違いなく英雄ルーカス・マーフィーです。彼は、最後の戦いの折………悪魔の呪いをその身に受けました。悪魔と同じように容姿が変貌していく呪いです。彼が元に戻る方法を得る為に私は、再びなければなりません。時間が掛かってしまうかも知れませんが、どうか、彼を罪に問うことをしないとお約束頂けませんか。……生憎、で何が起こっているか全く分からなくなってしまうものですから」

 ティーナの言葉を受けて、クロノスはスクリムジョーに向き直る。目の前に他ならない英雄が存在していると言うことが信じられないのだろう、感極まって放っておけば泣き出してしまいそうなスクリムジョーは、視線を感じ慌てて表情を取り繕った。

「スクリムジョー殿、如何だろうか。私は待っても良いのではないかと思うのだが。しかし、これは貴方が与えられた命だ。貴方に決定権がある。私はそれに従おう」

 クロノスの言葉に、スクリムジョーはううむと眉間にしわを寄せて悩み始める。英雄の命は間違いなく救わなければいけない。しかし、悪魔と同じ容貌をした男をそのままにしておけないのもまた事実。スクリムジョーは王の命に背くことは決して出来ない。それならばと、ティーナへ問うた。

「貴方は、間違いなく英雄が救われる術を見つけ出せるのだろうか」

 意識せずとも、スクリムジョーの声は固くなる。声が震えないように必死で堪えているのだろう、僅かに唇が戦慄いていた。

「ええ、必ず」

 迷い無くティーナが答えたことに、安心したスクリムジョーは表情を緩め、手近にあったソファーにドサリと腰をかけた。

「ならば、待ちましょうぞ。貴方が英雄を救う方法を探し当てるその瞬間を。しかし、我々は悪魔が消えるその瞬間を見届けなければ、王宮へは戻れませんからな。そこの所は、ご理解頂きたい。………クロノス殿、それで宜しいか」

 スクリムジョーの言葉に、クロノスも頷く。今選び取れる最善の決断だ、拒否する理由はない。

「ええ、ええ。勿論です。私も共に、待たせて頂くと致しましょう」

「お前達も、槍を収めろ。家の周りとぐるりと取り囲んで、何者もこの家の中に入れぬように。英雄の姿が戻らぬうちに、別の追っ手が庫内とも限らないからな」

 兵士達は、威勢良く返事をすると家の外へ出て行った。

「ティーナ、君にばかり負担をかけてしまう。だが、頼めるかい」

「ええ、ルーク。勿論よ、少し待っていてね」

 そう言って、ティーナは再び目を閉じた。



 ぴくりとも動かなくなったティーナの手をしっかりと握りしめながら、ルークはスクリムジョーに目を向けた。

「………寛大な措置に感謝するよ、エリオット。君は、いつだって国の為になる選択をしてくれた。それなのに、今回は何故?」

「これが、最善だと判断したまでです。少なくとも、私は貴方を討ち取ることなど出来ません」

 いつだって、国の為に最善を尽くしてきた男の下した決断だとは思えないとルークは苦笑する。その様子を見ていたクロノスは、合点がいったとばかりに頷いた。

「成る程、お二人は以前にも交流があったのですね」

「ああ、僕が所属していた部隊の隊長殿だった。剣を振るうことしか能が無い英雄の尻ぬぐいを任された不運な部隊だ。前線にかり出されるのに、肝心の悪魔には手を出せない。武勇は全て僕がさらっていくのだから」

 肩をすくめて言うルークに、エリオットは懐かしさに表情を緩める。そうだ、英雄は、ルーカス・マーフィーという男はこういう男だった。

「何を言っている、私達は、手を出したくても出せなかったのだ」

 あれ程恐ろしい怪物に、立ち向かえるのは、立ち向かえたのは、英雄唯一人だったのだから。

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