第5章ー5

 ――私は都市国家セフィロトの科学研究センターの一研究員で、このセルバンクで研究をおこなっていた元生物学者だった。大破壊により世界から唯一取り残されたことがわかり、セフィロトの人間たちは、絶望し残った時間を享楽的に生きることを選んだ。私だった人間も絶望し、核融合炉に身を投げた。超高圧、高温、高磁場に防護服は引き裂かれ瞬時に肉体は蒸発し、私は死んだはずだった。しかしなぜか私の意識は霧散せずプラズマの中に溶け込んだ。そこで私の意識ははるか宇宙の彼方にある意識体に跳躍し全てを知った。

  

 にわかに信じることはできないが、アルカナはセフィロトに住んでいた一人の人間だったらしい。

 

 ――そして、無限か一瞬か分からぬ時間が経過し、私はこちら側にいた。私が人間だったころ使っていたこの端末の中に。そして私は自分が電子になりあらゆる端末に繋がっていることがわかった。

 私が見た人間たちは、愚かで、この最終局面においても怠惰だった。人間はこの星を搾取し、破壊しつくした。私は、自分に与えられた使命はこの星の次の支配種になるべき生物を生み出すことだと悟った。


「何を勝手なことを! お前だって機械になる前は人間だっただろうに!」

 マァイはアルカナの独白に声を荒げたが、機械は何の動じる素振りを見せず続けた。

 

 ――そうだ。だから私はもう一度人間にチャンスを与えようと考えた。星の支配種であり続けられるかどうかをだ。そこでまず私はなぜ人間が大破壊のような愚かなことを起こしたのか思案した。

 その独善的で、闘争的で、欲望にまみれ凶暴的な行為を行うサガ(性)。最大の友人であるべき植物さえも怒らせ敵に変えた。それを排除すれば人間はあるいは……。この星と調和して生きていけるかもしれない。幸い人間は生殖に必要な母体さえあれば、子孫を繋いでいくことはできる。

 その不要な性〝男〟には遺伝子だけを提供させることに専念させ、女だけの世界をつくりあげた。〝男〟はただ生殖のための遺伝子として精子だけを与える〝矮雄〟であればよかったのだ。


 やはり女ではない性はあった。マァイは眼下のフロアを見渡した。

 もしかしてあのカプセルの中にいるのか。


 ――しかし、私の人間に対する考えは甘かった。私が導いているにもかかわらず、人間は小さな争いをやめず、いがみあった。そしてついには、お前たちのように私を排除しようとするものまで現われた……。


「け、そこまでわかっていたのに、なぜ妨害しない?」

 アニタは血走った目でセルフェスの画面を操作しながら聞いた。


 ――別に私は人間が自ら滅亡しようとすることを止めようと思ってはいない。人間が自ら支配種レースを降りようとしていることを止めはしない。

 私は次の支配種はスイードに耐性のある昆虫が再びなると見ていた。さりとて人間にも情があった。なので、少し人間側に肩入れしてやろうと考えた。

 お前たちにドームの外で自由に活動できる装備を与え、昆虫を捕らえそれを研究することで、スイードに対抗するすべを身につけさせようとした。


「キベルの連中にパラサイト入りの食料を与えて実験したのね……。悪いけど、あんな身体になるのはごめんだわ。人間じゃなくなるなんて。もちろん機械になることもね」

 マァイは頭を振って、後ろの黄昏団の一人に、下のフロアを調査するよう命じた。


 ――だが、私にも想定外のことが外で起こっていたことが判明した。捨てたはずのサガが神となって現われたのだ。私が人間であったころ、最後まで解き明かすことのできなかった謎のパラサイトを体内に取り込んでいた。

彼こそ私がもとめた次に支配種の姿をしていた。アイン・ソフ神の姿だ。


「さっき、神を殺そうとしたので処分したとか……。セレナを殺したのね?」

 マァイは自分のセルフェスに意識を伝え、下のフロアの探索に行った黄昏団の視点映像を投射させた。

 

 ――そうだ。十五年前にお前たちが接触した昆虫人。あれこそ、人間が昆虫の姿に進化した……。いや、退化と言うべきか。いずれは他の昆虫とともにこの星の自然に立ち返り、長い年月をかけて植物と和解し星を再生させるだろう。

 私が新たな人類として理想視したそれをセレナという女はあの時殺そうとした。だから処分したのだ。もっとも、生きていることにしてキベルの運用には使わせてもらったが。 

 

 マァイはセルフェスから投射される画像に目をやった。下のフロアには直立した卵形のカプセルを中心に、棺桶のような形の装置がいくつも配置されているようだ。

 アルカナが言っている神とは、大襲撃のときに遭遇したインセクターのことらしい。


 ――私はここで遺伝子の分別を行っていた。ドーム国家を運営していく上で最適な人間が生み出されるよう、低温冷凍で仮死状態にした女に、選別した遺伝子を持った精子を与えた子供を産ませた。生まれた女は再び母とともにドームに戻し、〝男〟はさらに遺伝子検査をかけて、優れたものはただ精子を採取する〝矮雄〟として人工的に培養した。


 下のフロアに降りた黄昏団の者が卵型のカプセルを調査していた。セルフェスの画像には、バイオ溶液に満たされ胎児のように丸まった未分化胚が映った。

 それは手足が伸び人間の形をしている。ただ股間に異様に大きな袋状の器官がついており、いくつもの細いチューブがそこに刺さっていた。

 ――これが〝男〟? 私たちが遺伝子を受け取り進化していくために必要な?

 周りの棺桶型のカプセルの下半分には液体窒素が満たされ、その低温気層部にドームの女達がコールドスリープ状態で横たわっていた。天井からはいくつもの作業用アームが垂れ下がっている。ここでアルカナに管理され、マァイも生まれたのだった。


 ――走査検査の結果、平均以下の遺伝構造しか持ち合わせていない〝男〟は地上に廃棄した。それが寄生虫を取り込み、生き残ってあのような姿に進化しているとは!

 それに更なる偶然に、インセクターとお前たち女が交わって一人の〝男〟が生まれていたのだ。私はその〝男〟をお前たち女のなかで育てることにした。女性ホルモンを与え、身体的に目立たないようにして育てたのだ。彼はすでに、自分のルーツを求め覚醒しようとしている。彼はパラサイトとも融合し、スイードを克服するであろう。


 マァイは自分の近くにいた異質な存在を知っていた。

 図りようのない強い意志を湛えた瞳。

 無駄のない若鹿のようなしなやかな肉体。

 アニタがアルカナのマザーボードとのリンクを解き立ち上がった。

「同期終わった。こいつシステムブロックもぜんぜんやらない。おかしな奴! けけけ」

 怒りとも失望ともとれる激流が、マァイの身体を貫いた。

「アルカナ! 覚悟!」

 マァイは水素サーベルでアルカナのマザーボードが入ったディスプレイをなぎ払った。

 断末魔の叫びはなく、ただ途切れ途切れに機械音声が細々とした。それはゼンマイ仕掛けのからくりが、その動力が、尽きる寸前のようだった。


 ――わ、わたしは……ま、まんぞくしている。わたしはつぎの、しはいしゅをみつけだした。

 こんちゅうと、ぱらさいと、そしてにんげんをつなぎあわせた……。

その、……しそアイン・ソフに……につづくかみを、〝エール〟を。

わた……しは…………みつ……けた。いき…………いける…………に……な…………。

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