第5章ー4
――最後あいつは何を考えていたのだろうか?
マァイ・ヴァジャノーイは、インセクターの刃に腹を刺し貫かれたミロの最後を思い出した。都市国家セフィロトの廃墟に入って探索を始めて三日がたっていた。ヘリオスーツのヘルメットをかぶり、展開していた野営用の簡易ドームをたたみ廃棄して外に出た。
常にあの時の光景が頭を離れない。
いつも機械みたいに冷静だったあいつが、急に駄々っ子みたいなことを言い出した。あのアンとかいうマルクトの女に情でも移ったのか。あんな奴等、足手まといなるだけだっていつも自分で言っていたくせに。
「マァイ。今までずっと一緒で嬉しかった」
生命反応の消失をトリガーとして、ミロからセルフェスに送信されたメッセージ画像は、そう切り出されこう締めくくられた。
「……みんな……一緒かも。ケテルもマルクトも関係なく、みんな同じ人間として生きられるのかも……」
ミロが殺された朝に記録されたであろう立体画像は、背後の物音に気取られたように後ろを振り返りプツリと途絶えた。
――一緒なはず、ない。
でも、つるし上げたあいつの目は、決して狂って死んでなかった。むしろ生きていた。目を閉じると、最後の「早く行って」と叫んだミロの声が再生される。それは何度も何度も繰り返すと、テープのように伸びて声色が変わってしまい、思い出せなくなってしまいそうで怖かった。もともと、作戦では身動きできなくなった者は置いていくことになっていた。もし自分がそうなっても……。
実際、ミロがあの時ディセプターを構築して、インセクターの動きを止めてくれたからここまで来ることができた。あいつの死を無駄にしないために……。マァイはもうそれ以上考えることをやめた。
今はそれより任務が優先される。黄昏団の施設で子供の頃から育ったあいつらなら、きっとそれも分かっているはずだ。マァイはそう何度も繰り返し自分を納得させた。
都市国家セフィロトの廃墟のビル群は、黒い粉塵の衣をまとい、朽ち果てようとしていた。手で触れると砂でできたお城のように、バラバラと崩れ落ちていった。蓋外性生物の姿はなく、マリーナから渡された古風なマイクロチップに記録されているセフィロトの地図データを検証しながら、慎重に探索を進めた。中心街にあたる区域からやや離れた場所にあるひときわ高いビルだけが、表面だけが煤で塗られたようになっているだけで内部の損傷はなかった。マァイは、進入口として昨日発見した扉を開き中に入った。
病院か何かの研究機関だったと推測される建造物の廊下は、光をあてると光沢が反射し、真っ直ぐ奥まで伸びていた。この建造物だけがスイードに対して耐性があるらしく、内部は在りし日の姿を留めている。
マイクロチップにはこの建物の中のデータも存在していた。その記録にあった通り、侵入した廊下の先、突き当りのパイプシャフト内にある分電盤を操作して、核融合炉からのエネルギーを確保することができた。だが過去の記録と違い、オレンジ色の非常灯が灯るだけだった。マァイはサーチライトの灯を消して動く影に近づいた。
パイプシャフトの横にあるエレベーターにアクセスしようと、朝からアニタが操作スイッチの樹脂カバーを外し、セルフェスから蜘蛛の糸のようなコードを出しシステムに結線していた。マァイが覗き込むと、画面にここが地上八階であり、地下に二十階まであることが表示されていた。アニタはすでにロックが解除されたことを伝えた。
地下二十階に到着し、エレベーターのドアが開いた。地上に見張りを残し、マァイとアニタ、他三名の黄昏団が最深部に降り立った。そこは大きなホールとなっており、薄暗いルシフェリン灯の光が、列を成して無数に並ぶ旧式のデスクトップ型のパソコンを浮びあがらせていた。アニタが直ぐ傍らの一台のキーボードを操作した。ディスプレイはスタンバイになっていただけらしく、直ぐにログイン画面が表示された。それは生体バイオリズムを感知して、知識を出し入れできるレコードディクショナリーだった。ここはおそらく研究所のデータ庫だったのだろう。あるいは世界が滅亡すると憂いたセフィロトの住人が人類の記録をここに詰め込んだのだろうか?
「アニタ。ケーブル皆あっちに繋がっているみたいよ」
マァイは自分のセルフェスでマイクロチップの情報を確認した。そこにもこのデータ庫の情報までしかなかった。あの奥の扉の先には何があるのか。その扉はいざなうようになんのロックもなく、マァイが前に立つと自動で開いた。
部屋の照明は薄く、必要最小限だった。
ぼんやりと浮かぶ光源が一つだけ見える。
マァイはヘリオスーツの頭部にあるサーチライトで辺りを照らした。天井は高く、地下の何階層もぶち抜きで、広さは野球場一つ分くらいありそうだ。
マァイは目の前にある落下防止の鉄柵をつかんだ。一段下のフロアを囲むように、壁に沿って通路が続いており、正面にある光源に向っては真っ直ぐ進めない。マァイたちはゆっくりと壁沿いを歩いた。数メートルある高さの下のフロアには、蒲鉾型や円筒状のカプセルや設備が、所狭しと置かれていた。
――一体ここは……?
それも彼に聞けば全てが分かるだろう。
マリーナがマァイに託したマイクロチップには、彼女がアルカナと謁見したときの様子が密かに収められていた。その中でみた、骨董的なデスクトップコンピューターのディスプレイが今マァイの前で煌々と光っていた。ディスプレイの画面は砂嵐から一面の青に変わり、横においてあるスピーカーから聞きなれた機械音がマァイに語りかけた。
「私に直接会いに来たのは、あなたたちが始めてですよ」
マァイは何か言い返そうとする言葉が喉につまった。ドーム国家を統べる万能のシステムのマザーボードがこんなものだったとは。
「はじめまして、アルカナさま……とでも言って欲しかったのか? 機械に感情があるかどうかわからないが、レーザーで撃ち抜かれるか、サーベルで切り裂かれるかぐらいはえらばせてあげるわ。命乞いするシステムはあるのかしら? 怖い?」
青一面だったディスプレイの画面が、瞬きするように一瞬黒くなりまた青に戻る。
「やはり人間はそうなる。私はもう疲れた。好きにしてよいぞ」
マァイは疲れるという表現をした機械に違和感を抱いた。
「何? けけ。ダアトを介入させて無理やりにデータを奪おうか? システムは全部引き継げるし」
アニタが自分のセルフェスを、アルカナに向ってチラつかせる。
「そうだな。私はここから全てにつながっているからな。そのセルフインターフェースも、メインドームにあるすべての設備も、その集積回路が私の意識だ。その私で作ったシステムならばそれも可能だろう。せっかくだ、これまで国家をすべてきたものとして、お前たちに最後の生きる指針を、この者の姿で指し示してやろうか」
アルカナから立体画像が投射されセレナの姿が映し出された。マァイはいきなり左手を差し出して、セレナの顔を握りつぶすようにして映像をかき消した。
「もうとっくに死んだ女に用はない」
機械は笑っているような擬音を発した。こいつは感情をもっているとでも言うのか?
「その女は私が処分したのだ。神を殺そうとしたからな」
「処分? どういうこと? あの時本当はもう戦死していたんじゃなくて?」
アニタがアルカナのマザーボードに自分のセルフェスをリンクさせた。他の黄昏団の者は何らかの警戒システムが作動しないか周囲に気を配った。
マァイは尚も嘲笑を浮かべつつ、沈黙したアルカナを問い詰めた。
「怖いの?」
アルカナのディスプレイの色は変わらない。
「怖い? 全ての中に私はいる。消えることはない。もともと、私はこの都市国家セフィロトの住人だった」
「うるさいわねぇ。黙らす?」
アニタはアルカナのマザーボードへの接続を開始していた。
「いいよ。好きにさせてやりな」
マァイはアルカナの言葉に耳を傾けた。
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