第12話 愛と暴走

 

 下校のメロディを聞きながら、俺たちは校舎から外に出る。

 目に映るのは、朱く染まった美しい山々と夕焼空であった。俺は一旦ひまりたちと別れ、単独で体育館裏へと足を運ぶ。しばらく歩き到着すると、そこは薄暗くて人気がなく、たくさんの茂みと一本の大きな桜の木がそびえ立っている。桜木の下には、遠近法を狂わせるほどの巨漢……鬼瓦先輩が待っていた。

 

「おっ、弓塚。来てくれただか。呼び出しに応じてくれて感謝すっぺや」


「はあ……」


 鬼瓦先輩から殺気立ったものは感じられず、取り巻きの連中も見当たらない。どうやら暴行を加えられる心配はなさそうだな。


「それで鬼瓦先輩、大事な話って何なんですか?」


「うむ……その話の前に一つ、質問があるだ。弓塚……おめえは真桜院と付き合ってるだか?」


「は? ひまりとですか? いやいや、よく間違えられますけど、あいつとはただの幼馴染で、恋人とかではないっす」


「そうか……」


 何だ? 小、中学生の時にクラスメイトからその手の質問はよくされたけど……何だって、ほぼ初対面の鬼瓦先輩がそんなこと聞いてくるんだ?


「……なあ、知ってっか弓塚? うちの学校にある伝説でな……この桜の木の下で告白するとな、幸せなカップルが誕生するんだや」


「はあ……」


 え、何その伝説のゲームにあったような伝説……てか、恋バナ? 俺と? なぜ?

 ……あっ! そうか、わかったぞ!! 鬼瓦先輩は、ひまりのことが好きなんだ。だから最初、俺にひまりと付き合ってるか確認したんだ。そして俺に近づいて、ひまりのことを色々と聞き出そうって魂胆なんだな。うん、そうだ。そうに違いない。まあ、ひまりは顔だけは可愛いからな。鬼瓦先輩が惚れるのも無理はない。でもちゃんと教えないとな、ひまりの凶悪な部分を。それ込みであいつを愛せるなら、あんたを一人前の漢として認めてやるよ。うんうん。

 などと超上から目線で訳のわからんことを考えていた俺に、鬼瓦先輩は真っ直ぐな瞳でその言葉を紡いだ。


「好きだ弓塚。オラと付き合ってくれ」


「………………ひょ?」


 矢で心臓を撃ち抜かれた程度の衝撃が、俺の全身を駆け巡る。それは決してキューピットが放った愛らしい小さな矢ではなく、熟練の狙撃手がバリスタを用い殺意満々で放った超弩級の矢であった。


 え? は? いやいやいや、ちょちょちょ、待て待て待て。俺、今、生まれて初めて告白されたんだが。しかもその相手は、美少女でも不細工でもなく、つーか女の子ですらない、筋肉で制服がはちきれそうなムキムキの大男なんだが。


 ……あっ! そうか、わかったぞ!! これはきっとドッキリだ。そこらの茂みに不良どもが隠れていて、俺の混乱している様を見てほくそ笑んでいるに違いない。しばらくしたら『ウッソよねーん!』とか言って、ドッキリの看板を掲げこの場に登場するんだろう。あはは、もう先輩方ったら、ぶつかった時の仕返しをしたい気持ちはわかりますけど、そのネタは時代錯誤にもほどがありますよ。おっと、これはもしかすると、ひまりと勇介も一枚噛んでいるかもしれないな。もし共犯だと分かったら、あいつらのスマホを奪ってソシャゲのデータを全消去してやろう。


 そんな思いと決意を胸に、俺は苦笑いを浮かべながら先輩に真実を聞こうとする。


「あはは、えっと、その……冗談っすよね先輩?」


「冗談じゃね。オラ本気だ」


 アカン、目がマジや。

 この感覚は、赤髪のルージュや魔王アンジェに襲われた時のそれに近い。いや……むしろこの恐怖感は、色んな意味で彼女たちを超えていた。

 理由を……俺はとにかく理由を知りたかった。


「その……鬼瓦先輩、どうして」


「一目惚れだ……入学式の時、パンをくわえた弓塚とぶつかって、オラ、キュンとときめいちまったんだ」


 うそやん。それギャルゲーでよくあるパティーンのやつですやん。え? マジで? そんなんで男の心って奪えるものなの? ギャルゲーは数多くクリアしてきた俺だが、乙女ゲームは全く手を付けたことがなかったので、その辺の男心は理解不能であった。俺も男のはずなんだけどね。HAHAHA。


「…………」

 

 鬼瓦先輩がまっすぐな眼差しでこちらを見ている。

 ダメだ、脳内でふざけている場合ではない。

 俺が今からやらなければならないこと……それは至極明白だった。先輩は真剣に自分の想いを俺に伝えたのだ。その純粋な想いに真摯に応える。それが今、俺がやらねばならないことだ。例えその答えが残酷なものだとしても……


「……すみません、先輩。俺、女の子が好きなんです。ロリから若妻、無乳から巨乳と守備範囲は広いですが、男は……男は、無理っす。すみません」


「……ああ、そうか。残念だどもしがだね。こっちこそ、すまかったな弓塚。気分悪くさせちまったべな」


「いえ、そんなこと……」


 俺はとてつもない罪悪感に襲われる。人を拒絶する、ということがまさかこんなにも辛いことだとは思わなかった。目の前で鬼瓦先輩は笑顔を見せているが、苦しさは俺なんかの比ではないだろう。経験したことのない切なさに捕らわれている中、茂みからガサッという音が聞こえ、小さな影が一つ現れた。


「話はきかせてもろたで」


「真桜院……」


 ザッザッとゆっくり俺たちの方へ歩みを進めるひまり。その表情は、普段のアホ面とはまるで違う凛としたものであった。


「鬼やん……あんたの侠気、見せてもろたで。見事なもんやったわ」


「真桜院……ずっとそこにいただか?」


「ああ、聞き耳立ててすまんかったな……」


「がはは……こりゃみっともねえ所見せちまったなあ」


「そんなことあらへん。好きな人に告白するのって、相当の覚悟と勇気が必要やったと思う。うちにはとてもマネ出来へん。その……結果は報われなくて残念やったけど……あんたのこと、潔くてカッコええ男やと思ったよ」


「真桜院……」


 優しいそよ風が吹き、桜の花びらがヒラヒラと舞い落ちる。、

 若干シリアスな空気になっているので口にはしないが、とりあえず表現だけはさせてもらおう。


『こいつは一体どこ目線で、何をそんな偉そうなこと言ってんだ?』と。 

 

 そんな俺の思いなど露知らず、ひまりはこちらに向かって柔らかな笑顔を見せてくる。その愛らしい表情は、何かに対し安心したように思えた。


「むっ……もしかして真桜院……おめえ、弓塚のこと、好きなんか?」


「「え!?」」


 俺とひまりは同時に驚きの声をあげる。

 マズい……その質問はマズい。


「そ、そそそ、そんなことあらへんよ!?」


「そうですよ、先輩。こいつは大の面く……」


「ガハハ、いやいや、オラの勘はよく当たるべさ。うむ、二人ともいいカップルになりそうだで。オラ応援させてもらうだぞ!」


「…………」

 

 どこまでも男前な鬼瓦先輩に感嘆しつつ、恐る恐るひまりの方を見てみる。

 すると彼女は、顔を真赤にさせ頭からシューと湯気を放出していた。

 ヤバい……先輩の見当違いな発言に業を煮やしているのか……いや、でもこいつ顔が若干にやけてんな……何にせよ、この状態のひまりは力の制御が効かなくなる。今すぐ半径十メートル以上離れないと、とんでもないことに……


「……も、も~鬼やんったら! 変なこと言わんといてや!!」


シュッ! スッパーーーーーーーン!!!! 


「ぶへらっ!!!???」


 俺の目には映っていなかった。ひまりの音速を越える、ツッコミという名の平手打ち。理解したことといえば、もはや手遅れということだけ……先輩の断末魔をかろうじて認識した直後、辺りにドンという爆音が鳴り響いた。


「…………あ」


 顔を青ざめさせる俺とひまり。

 ミサイルのごとく飛んでいった鬼瓦先輩の着弾地点は、体育館の固い石壁……激突の衝撃により石壁は瓦礫の山となり、その僅かな隙間から、鬼瓦先輩の右手だけ視認することができた。


「どど、どうしよノア……うち……うち……」


「落ち着けひまり。やっちまったもんは仕方ねえ。とりあえず救急車を……」


 スマホを取り出そうとポケットに手を伸ばした瞬間、遠くの茂みからガサガサッという音が聞こえ、複数の影が現れる。そして悲鳴にも似た、野太い叫び声が周囲にこだました。


「番長!! 鬼瓦番長ーーー!!」


「ちくしょう、なんてこった!!! 番長が……鬼瓦番長がーーー!!!」


「鬼瓦さん!! しっかりしてくだせえぇえ!!!」


 俺たち以上に顔を青ざめさせた不良たち十数名が、鬼瓦先輩の元へ駆け寄る。どうやら彼らも、大切な仲間である鬼瓦先輩の様子を見守っていたようだ。


「よかった、脈はある……」


「おうコラ、テメエ!! 番長になんてことしてくれとんじゃいゴルああぁあ!!」


「は!? いや、俺は何もしてな……ぐっ!?」


 俺は不良Aにいきなり胸ぐらを捕まれ、凄まじい剣幕で怒号を浴びせられる。

 そうか……こいつらも俺と同様、ひまりの一撃があまりにも速すぎて見えなかったのだ。しかも結構遠くにいたもんだから、俺たちの会話もあまり聞けていない。だから、俺が鬼瓦先輩をぶっ飛ばしたと勘違いを……


「てめえ……どうやら鬼瓦さんの一世一代の告白を断ったみてぇだな」


「鬼瓦さんはなあ……この三日間、必死に悩んでいたんだぞ!! 自分の気持ちをてめえに伝えようか、本気で迷っていた!!」


「それなのに弓塚……てめえは自分の彼女を見せつけたあげく、ぶん殴って吹き飛ばして、鬼瓦さんの身も心もボロボロにしやがった!!」


「許さねえ……オレはてめえを絶対許さねえぞ!! 弓塚ーーー!!!」


 ブン! がっ!!


「ぐはっ!?」


「ノア!!?」


 不良Bから渾身の右ストレートを左頬に貰い、俺は後方へと倒れる。口内から血が滲み出ており、プチ脳震盪のためか視界が若干歪んでいた。


「くうっ……」


 殴られた痛みにより、俺は苦悶する。

 先輩方……まず色々とおかしいことに気付きましょう。巨漢の鬼瓦先輩が、あんな弾丸みたいな速さでぶっ飛んで、その衝撃で石の壁がぶっ壊れたんですよ? 俺を殴る前に、まずその超常現象を驚きましょう。というか、俺が番長をぶちのめしたというのなら、あなた方はもっと俺に対し恐れおののくべきでしょう。あなた方が慕う番長よりずっと強いってことになるんですから。だからもっと落ち着きましょう? ね?

 といった冷静なセリフをつらつら並べても、どうせこいつら聞いてくれねえんだろうなあ。完全に頭に血が上ってるもの。まあ、一つだけ分かることは、この不良どもは鬼瓦先輩にとことん心酔してるってことだ。


 倒れた俺を介抱するひまり。どこか悲しげな表情だったが、すぐさまその顔は悪鬼羅刹へと変貌する。そして、俺を殴った不良Bの前へと向かっていった。


「おいコラ、ドサンピン……うちの前でノアど突くたぁ、エエ度胸やないか」


「何だ嬢ちゃん? てめえもこのクソと一緒にぶほあっ!!!?」


 ゴッという不鈍い音が聞こえ、右手を天高く伸ばしたひまりが目に映る。あわれ不良Bは数メートル上空へ殴り飛ばされ、無残にも地面へと落ちていった。

 あっ……これはもうダメだ。抗争待ったなしの展開だ。

 不良たちが『な、なんだこの女は!?』とどよめいてる中、またも茂みからガサッと音が聞こえ、一つの大きな影が現れた。


「あっはっは、何だい楽しそうじゃないか! 僕も混ぜてくれないかな?」


「おっしゃ、勇介! あんたも加勢せい!! こいつらボコしてノアの仇取るで!!」


「いや、まだヤラれてねーから。つーかちゃんと手加減しろよ、ひまり」


「わかっとる!!」

 

 さて……不可抗力とはいえ、先に手を出したのはこっちだ。俺たちが悪者なのは百も承知。でもそんなの知るかボケ。ここで反撃以外の選択をしたら、俺たちは間違いなく病院行きだ。覚悟を決め立ち上がると、『悪ガキ三人』対『不良十数名』の大乱闘が始まった。


「!!? うおおぉ!!? な、何だこの女!!? 瓦礫に埋まってた鬼瓦さんを引きずりだして、片手で持ち上げてぶん回してやがるぞ!!?」 


「か、完全に化け物じゃねーか!!! ああっ!! しかも鬼瓦さんを投げ……ぎゃあああああああ!!!」


「助けてお母さん!! お母さあああああん!!!」 


「ぶはははは!!! ひれ伏せボンクラどもがあああ!!!」


 不良たちの悲鳴と、ひまりの悪魔じみた叫び声が戦場を支配する。自分より遥かに大柄の男どもを、笑いながら一方的にぶちのめしていくその姿は、もはや魔王と言っても過言ではなかった。不良チームのメンバーが応援に来たため、最終的に三十名くらいになっていたが、ひまりの力を持ってすれば、そんなものは焼け石に水。一応俺と勇介も二人ずつ倒したけど、まあ、うん。魔王様に比べたら大した戦果を上げることはできなかった。


 そして三十分後……体育館裏は、うめき声を上げた男たちで埋め尽くされていた。美しかった桜の花びらも、戦いの後の虚しさを表すかのごとく、一枚残らず全て散っていた。


「あはは……お、終わったね、ノア」


「ああ、そうだな……色んな意味で終わったな……なあ、ひまり?」


「せやなあ……てへっ☆」


「てへっ☆ じゃねーよ!! どうすんだよこれ!! 明らかにやりすぎだろ!? 元はといえば、お前が鬼瓦先輩をぶん殴ったのが原因なんだぞ!!?」


「ぶ、ぶん殴ってなんかあらへん!! ちょっとポーンて叩いただけや!! そしたら思ってた以上に鬼やん飛んでってん!!」


「あはは……何はともあれ、これは退学コースかなあ……」


「そうだなー……はあ……短い高校生活だったな……これからは別の進路になると思うけど、また三人で集まって遊ぼうな」


「あ、諦めたらアカンて!! 心配せんでも、うちが何とかするから!!」


 いや、どう足掻いたって無理だろう……と思っていたが、翌日、俺たちは何のお咎めもなく登校することができた。どんな手段を使ったのか知らないが、ひまりのやつ、あの乱闘事件を完全にもみ消したのだ。以前と変わったことといえば、不良たちの態度が柔和になったことだけであった。



「はあ……」


 とため息をつきながら、そんなことを思い出す。

 あの告白と大乱闘からもう三ヶ月か……時が経つのは早いもんだなあ。


「……? ノア、何ボーっとしてるん?」


「何でもねーよ。早いとこ教室行こーぜ」


「うん、そうだね。急ごう!」


 あんな暴動を起こしたにも関わらず、どうやって真実を闇に葬り去り、俺たちを無罪にすることができたのか……ひまりはその答えを教えてくれなかった。かなり気になったが、あまり足を踏み入れるとヤバい気がしたので、深くは問い詰めなかった。まあ細かいことはいいか。死者は出なかったし、今もこうして無事に高校生活を送れてるんだから。


 爽やかな朝風と共に、俺たちは駆け足で自分たちの教室へと向かった。 


  

 

 



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